第26話 決戦の王宮審議会


 重厚な扉が開く音が、王宮審議会の開会を告げた。


 陽光が差し込む円形議場には、各部門の高官や貴族たちが一堂に会していた。ここで、「女性官吏登用制度」の是非を問う本格的な議論が行われる。


 王政事務局の一角に立つマリアベル・クラヴィスは、心の中で深く息を吸った。


(今日という日は、この国の“未来”に繋がっている)


 その隣には、宰相ヴァレンティス、クラリッサ・リース、そして王太子カザエル・グランレイドの姿があった。


「緊張しているか?」


 小さく囁いたカザエルに、マリアベルは笑みを返した。


「していないといえば嘘になります。でも、やるべきことは決まっています」


「――その覚悟、見届けよう」


* * *


 冒頭、制度の概要が宰相より説明されたのち、王政事務局より正式な法案草案と審査要項が提出された。


 質疑応答の時間となり、まず立ち上がったのは旧来派の男性貴族であるバルメラ侯爵だった。


「聞くが、この制度は“平等”を謳っているが、実態は“優遇”ではないのか?

 現場経験が乏しい者を登用するのは、国政にとって危険では?」


 それに対し、マリアベルは席を立ち、丁寧に答えた。


「登用試験は男女同一内容、同一基準に基づき行われます。“優遇”ではなく、“門戸”の問題です。

 これまでは、女性には門がなかった。その扉を開けるための制度です」


「だが、実務が伴わぬ者が政策を担うことに、民は納得するか?」


「実務は訓練によって補えます。重要なのは“参画の機会”であり、責任を負う意志です。

 それがなければ、誰であっても“政”には立てません」


 議場がざわめいた。


 そのとき、中央席からひとりの老臣がゆっくりと立ち上がった。法務長官であり、かつてマリアベルの父・レオンとも幾度も議論を交わしてきたという男だ。


「若き補佐官見習いよ。そなたの言葉に誠はある。だが、制度の導入によって生じる“男の不満”にはどう対処するのか?」


 マリアベルは一瞬目を伏せ、静かに答えた。


「不満は当然です。これまでの仕組みの中で努力してきた方々にとって、変化は恐怖でもある。

 だからこそ、私は制度と共に“説明責任”を果たし、丁寧に“信頼”を築きます」


「……信頼、か。失われたものは、なかなか戻らぬがな」


 それでも老臣は着席し、静かに頷いた。


* * *


 午後。


 審議は一時中断し、各派閥ごとの討議が行われることになった。


 その間、マリアベルは王政事務局の控え室にて、アイリスとセラフィーナと共に次の展開を見据えていた。


「いけると思う?」


「空気は五分五分ってとこかな。けど、あの長官が黙ってくれたのは大きいわ」


「でも、まだ“決定打”が足りない。……いっそ、最後に何か“彼女たち”の声をぶつけられればいいのだけど」


 その言葉に、マリアベルはふと立ち上がった。


「――用意してあるの。署名です。女性たち自身が、制度に対して賛同の声を上げた証拠が」


 それは、王都の各地でクラリッサやディランの支援のもと集められた「女性側からの嘆願署名」。約三百名以上が、自らの名で制度に賛意を示していた。


「これが……!」


「王政事務局の記録部に正式に保管されたものよ。無記名ではなく、“個人の意志”として記された声。これを、最後に提示する」


* * *


 再開された審議会の終盤。


 宰相からの発言要請を得て、マリアベルが再び議場の中央に立った。


「最後に、これをご覧ください」


 机上に広げられたのは、ひとつひとつの署名が並ぶ文書だった。


「これは、この制度に対して“可能性”を感じた女性たちの声です。彼女たちの中には、貴族の娘もいれば、商家の姉妹や、小規模な村の記録係もいます」


「彼女たちは、制度が施行されるからといって、皆が受験するわけではありません。

 でも、“選択肢がある”ことが、生き方を変える。制度はすべての人の希望ではないかもしれませんが、何かを選ぶ“自由”を保証する道です」


 その言葉に、議場の一角でうつむいていた貴族の男性が、ふと手を挙げた。


「……私の妹も、かつて“女に学問など”と笑われ、筆を折った。だが今、彼女がもし制度の話を聞いたら――と思うと、答えたくなる自分がいる」


 静まりかえった空間の中で、意外にもそれは“賛意”として受け止められていった。


「……変わるのかもしれないな、この国は」


「まだ変わってはいないけど、“始まった”のかもしれん」


 その呟きが、いくつもの口から漏れ始めていた。


* * *


 数時間後。


 審議会の採決が行われた。


 女性官吏登用制度――本採択。


 但し、初年度は「試行導入」として、秋に一度限りの登用試験を実施し、結果と影響を踏まえて翌年度以降の拡大を検討する。


 その判断は、マリアベルにとって“完全な勝利”ではなかったが――確かな前進だった。


* * *


 夕暮れの政務棟。


 マリアベルは、議場を出た後もなかなか言葉が出なかった。


「……決まったのよ、マリアベル」


 アイリスの声に、セラフィーナがそっと背中を押す。


「おめでとう。ここからが本番よ」


 マリアベルは、静かに頷いた。


「ありがとう。――皆のおかげ。でも、私はまだ何も成し遂げてない。試験が行われて初めて、本当の一歩だもの」


「その言葉が出るうちは、大丈夫ね」


 クラリッサが後ろから現れて、口元に微笑を浮かべた。


「――ようやく、政の“入口”に立ったのよ。ここから、あなたの本当の試練が始まるわ」


 マリアベルは、はっきりとした足取りで政務棟の階段を上りはじめた。


 その瞳には、遠くに見える秋の空が映っていた。


(さあ――次は、試験を整える番)


(まだ道は、終わっていない)

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