第25話 政を支える絆と進む道
冬の陽光が差し込むクラヴィス邸の応接室には、朝から客人が続いていた。
カトリーナ・クラヴィスは静かな笑みを絶やさず、訪れる貴族夫人たちを丁寧に迎えていた。
お茶や料理長自慢の菓子類でもてなしながらの話題はもっぱら、先日から注目を集めている「女性官吏登用制度」に関することだった。
「……お話を伺って、少し印象が変わりましたわ。最初は荒唐無稽と思っていましたけれど、選抜や評価が厳正に行われるのなら、案外――」
「私たちのような家の娘でも、“政”の道を考える余地があるというのは、確かに未来の広がりを感じさせます」
貴族夫人たちは一様に、戸惑いと期待の入り混じった表情を浮かべていた。
その中央で、穏やかに話を進めていたカトリーナは、ひとつ頷いてこう言った。
「制度とは“形”であると同時に、“物語”でもあります。それをどう語るかは、私たちの責任ですのよ。
私も自身ではその道を諦めましたが、こうした形で娘の支援ができるというのは喜びです」
「確かに、私自身は学んでこなかったですけれど、いま学ぶ娘の応援をすることができるわけですわね」
* * *
一方、王宮の執務室では、マリアベルが膨大な資料と格闘していた。
来月に予定されている王宮審議会。
そこでは、「女性官吏登用制度」の本格的な議論が行われる。すでに制度案は公式文書として整備されつつあり、王政事務局や法務局との擦り合わせも順調に進んでいる。
「これが最新の修正案です。試験の公平性に関して、前回議論のあった『受験資格における実務経験の有無』について、追加条項を設けました」
アイリスが読み上げながら、丁寧に資料を並べる。
「文言も分かりやすい。これなら“現場経験”がない女性でも、理論と記述試験で十分評価されるわね」
セラフィーナが、修正案を頷きながら確認した。
「でも、結局は実行の段階で反発が強まる。貴族層の支持をどう繋ぎ止めるかが勝負よ」
「その部分は……お母様が、動いてくださっているの……」
マリアベルの声は、わずかに感情を帯びていた。
「カトリーナ様が?」
「そうなの。お母様が開いた“茶会”で、制度についての丁寧な説明をしてくださったそうよ。
反対だった伯爵夫人や侯爵家の奥方も、一定の理解を示してくれたんだとかで……」
アイリスとセラフィーナは目を見合わせた。
「さすがカトリーナ様……本物の“社交”ね」
マリアベルは小さく頷いた。
「……社交界という舞台で、お母様がこれほど力を持つ人だと、初めて実感したかもしれない」
* * *
同じ頃、クラヴィス家の別棟では、従兄のディランが手紙を書いていた。
それは、彼が懇意にしている若手官僚たちへ向けた制度の要点をまとめた簡易資料だった。
「……これなら、“制度を分かっていない”という批判は回避できる。あとは現場の支持をどう得るかだな」
若干の疲労を見せつつも、ディランは実務的な支援を惜しまなかった。
そこへ、カトリーナが顔を見せた。
「噂には聞いていましたけれど、ずいぶん本格的に動いているのね。あなたにしては。でも……ありがとう」
「……彼女が、本気で“変える”つもりなら、こちらも応えなければ筋が通らないですからね」
ディランの声は、いつもより少しだけ優しかった。
カトリーナは微笑みながら、言った。
「私も全力で整えておくわ。“審議会の空気は前日までに八割が決まる”とクラリッサが言うの。それが政治なのですって。」
* * *
夕方、王宮の一室にて。
マリアベルは政務審査局次長である父・レオンに、進捗報告をしていた。
「女性登用制度、思ったより根は広がってきているな」
「はい、お母様の働きかけと、皆さんの支援のおかげです。――ありがとうございます、お父様」
不意にそう言われたレオンは、一瞬目を伏せたが、すぐにいつもの落ち着いた声音で答えた。
「礼などいらん。君が“歩き続けている”から、支える価値があるだけだ」
マリアベルは、少しだけ目を潤ませた。
(……お父様に、こうして支えてもらえる日が来るなんて)
それは、ただ制度の成功を意味するものではない。家族が“政”というものを通じて、同じ未来を見はじめているという証だった。
* * *
夜、王宮の政務棟では、クラリッサがマリアベルと短い打ち合わせを終えた後、こう告げた。
「来週、ある貴族家の代表が“理解者”として名乗りを上げる予定よ。私たちが何もせずとも、制度の意義が少しずつ浸透し始めてる証拠」
「ありがとうございます、クラリッサさん」
「礼は不要。あなたが正しいと証明するのは、これからよ」
その目に浮かんだのは、かつて彼女が夢見て、そして叶わなかった「政治の中心で声を持つ女性たち」の未来だった。
* * *
その夜。
執務室でひとり資料を整理していたマリアベルは、ふとペンを止めて窓の外を見つめた。
月明かりが雪を照らし、王宮の中庭が仄かに光っている。
(――皆が、力を貸してくれている)
(母も、父も、ディランも、クラリッサさんも。アイリスも、セラフィーナも)
その一人ひとりの顔が、静かに浮かんでくる。
(でも――決めるのは、私。歩くのも、私。
これから書く法案は訂正させたくない)
マリアベルは再びペンを取り、審議会の議事進行案に目を通した。
来月の王宮審議会は、制度の是非が“本格的に問われる場”となる。
彼女は、静かに覚悟を決めていた。
* * *
その頃、王都の裏通りでは、仮面の男が一通の報告書に目を通していた。
「……順調に“世論”は動いている。ならば、こちらもそろそろ“最後の矢”を放つ時か」
不気味な笑みを浮かべながら、男は報告書を炎にくべた。
火の粉が舞い、暗闇の中でただひとつ、真っ赤に揺らめいていた。
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