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チョコチーノ

廃ビル

 町のはずれには誰も近寄らない、それでいて誰もがその存在を知っている廃ビルがある。塗装は剥がれコンクリートがむき出しになり、冷えた灰色に塗り潰された建物だ。まるで、来る者を拒絶するかのようであった。

 周囲は浅い木々に囲まれ、廃ビルに続く舗装ほそうされた道は最早もはやひび割れている。

 明らかに進むべきではない道を、その少女は歩いていた。黄色いテープが引っ掛かっている枝を払いのけようやくといった様子で廃ビルの入り口に立つ。


 ふと、少女が落ち着きなく周囲を見回す。そして、ついにあなたを見つけて晴れやかに微笑んだ。


「やっぱり来てくれたんだ。いるならいるって言ってよ」


 少女はあなたから目線を逸らし、廃ビルの中へと入っていく。

 床には瓦礫がれきや枯葉、小さな虫の死骸しがいなどが散乱し、既に自然へとかえり始めていた。

 少女は物怖ものおじすることなく、無遠慮に進む。


「ねえ、少し話をしてもいいかな」


 少女の声は明らかにあなたへ宛てたものだった。

 あなたからの返事を待つこともなく、少女は続きを喋る。


「私ね、絵を描いてたの。お仕事って訳じゃないんだけどね」


 少女は舞台のようにくるくると回り、まとっていた白色のワンピースをふわりと浮かせた。

 季節は既に晩夏ばんかも終わりに差し掛かろうという時期で、しかし不快感をはらんだ暑さが取り残されている。


「まだ学生だしね。でも、好きで描いてたんだよ」


 少女はゆるやかに止まり、地面に転がっていた石を拾う。

 おもむろに壁へと進み、がりがりと石を削っていく。ひっかき傷のような白色が積み重なり、形容しがたい形を作っていく。

 丸と線、曲線と直線、乱雑に描かれたそれと類似するものは思い当たらない。しかし、少女は出来損ないの模様を見て満足そうに頷く。


「あなたには何に見えてるのかな」


 分かるわけがない、とあなたは思う。その絵を見ていないのだから当然だった。

 少女は軽やかに笑う。


「うん、そうだよね。やっぱりそうだ」


 少女は石を投げ捨て、大きく背伸びをする。

 視線を巡らせた少女の目が、階段に留まる。手すりは錆に覆われ、踏み場も一部が欠けている。それでも、人が使うには十分であった。


「ねえ、ついてきてくれるかな?」


 少女は階段を上る。

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