届かない手紙と、募る焦燥 (ライル視点)
ティアをアルカディアへ送り出して以来、俺は故郷の浮島で、ただひたすらに風術の修行に打ち込んだ。あの日、ティアを見送った埠頭に佇んだまま、俺は誓ったんだ。あいつに置いていかれないよう、誰よりも強くなって、必ず追いつくと。けれど、俺の心は常に、その誓いとは裏腹に、焦燥感に焼かれていた。
祖父が教えてくれる風の技は、今まで以上に深く、難解に思えた。基礎を繰り返し、応用を試す。時には風に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられることもあった。体が軋むような痛みに耐えながら、それでも俺は朝から晩まで、来る日も来る日も、風を操ることに没頭した。修行を終え、疲労困憊で眠りにつく瞬間だけが、ティアのことを考えずに済む唯一の時間だった。
時折、アルカディアからティアの手紙が届いた。風の伝令が持ってくる、あの小さな巻物を見るたびに、俺の心臓は期待で大きく跳ねる。開く手は、いつも少し震えていた。彼女が綴る都での華やかな生活、新しい学び、そして、ゼフィールという男の名前が、行間に、いや、文字の一つ一つに染み込んでいるかのように感じられた。
『ゼフィール様が、私の修行を手伝ってくださるんです。彼の指導はとても的確で、新しい風術が使えるようになりました』
『ゼフィール様は、都のこと、風術のこと、何でも教えてくださいます。とても頼りになる方です』
文字を見るたびに、俺の胸に重い石が積まれていくようだった。ゼフィールの優秀さ、人当たりの良さ、そしてティアを支える彼の姿が、ありありと目に浮かぶ。ティアの隣には、もう俺ではない誰かがいる。俺の不器用さが、言葉の足りなさが、彼女を遠ざけている。そう思えてならなかった。
アルカディアへティアを訪ねようと、何度も考えた。何度も、本当に何度も。だけど、故郷の浮島を守る俺の役割が、足を引っ張った。まだ、俺は故郷から離れるわけにはいかない。それに、旅費の問題もある。何より、今の俺が、ティアの隣に立つに相応しい人間なのかという不安が、俺の心を縛り付けていた。彼女は今、都の聖女として輝いている。そんな彼女の隣に、口下手で、まだ半人前の俺がいていいのだろうか?
ティアに連絡しても、返信は相変わらず遅かった。たまに届くものも、事務的で簡潔な内容ばかり。俺が送る、拙い文字で書き殴った故郷の様子や、日々の修行の進捗は、彼女にとって退屈なのだろうか。
「俺はもうティアにとって必要ない存在なのかもしれない」
空を見上げ、そう呟いた。都の空は、故郷の空よりもずっと遠く感じられた。ティアは、あの広大な空の下で、俺の知らない世界を生きている。彼女の傍には、俺よりもずっと立派で、言葉を尽くしてくれる男がいる。俺はただ、この場所で、変わらず風を操り続けることしかできない。この焦燥感は、どこまで行っても俺を苛み続けるのか。風は、何も答えてはくれなかった。
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