桜源郷シリーズ

霧影一族の桃花(つきげ)

その枝、折れども

 あるところに桜原郷という名前の街があります。その街には樹齢千年を超える桜があります。その桜の樹は特殊で、その樹の周りには様々な花が咲いています。本来共存できないような花たちでも、その桜の樹の近くでは仲良く咲き誇っています。その特殊な環境からか、その辺り一帯に精霊が宿るようになりました。もしくは、精霊が宿っているから特殊な環境になったのかもしれません。昔の人はこれに感謝し、祈りを捧げました。それが今の教会の名残です。これはそんな教会に引き取られた孤児二人とその神父の話です。


「おい、起きろ!」

「むにゃぁ〜あと5分……」

「おい、起きろって!お祈りに間に合わなくなるぞ!」

「ポカポカお布団……」

「はぁ……神父さんの長い説教……」

「はふぅう!それは絶対やだ!」

「やっと起きたか」

「もう!せっかく気持ちよく寝てたのに!ひどい起こし方じゃない!」

「いや、どんだけ神父さんの説教嫌なんだよ」

「もう半日反省室でお祈りを捧げるのはいやだよ……」

「ほら、そうならないためにも早くいくぞ」

「あ!ほんとだ!もうこんな時間!なんでもっと早く言わなかったの!」

「いや、そりゃぁお前が寝てt……」

「ほら!いくよ!」

「聞いてねぇし……」


「二人ともギリギリですよ」

「でも間に合ったからセーフよね!」

「まったく、お前は……反省しような?」

「次からはギリギリにならないように気をつけてくださいね。それでは朝の祈りを始めましょう」


『皆さん、では祈りましょう。地におります全ての精霊たちよ、その名と土地が常に聖なるもので在らんことを。ものごとの全ては精霊の赴くままに。

 では、本日の精霊のお言葉です。わたしは葡萄の木で、あなたたちはその枝です。わたしはあなたたちを支え、あなたたちは豊かな実を結ぶでしょう。

 この言葉は、精霊はわたしたちを見守っているので、私たちは努力してより良い人生を生きましょう、というお言葉です。皆さん心に留めましょう』


「朝のお祈り終わったね〜今日は何する?」

「今日はあの森に行って冒険しようぜ」

「うん!いいね〜!行こ行こ〜!」

「二人とも気をつけていってくるんですよ」

『は〜い』


「最近日照りが酷いですね。このままでは飢えが起こってしまいます」

「よう、神父さん、邪魔するぞ」

「あなた方は……何しに来たのですか?」

「神父さんもわかってるだろ?最近の異常気象を」

「それはもちろん知っていますが……」

「俺たちはこう思ったのさ。精霊は贄を求めてるって」

「そんなことはありません!精霊は贄など求めていません!」

「でもさ、ここには一人、巫女のようなガキがいるだろ?」

「そんな!まさか!」

「目が見えないが、神秘的な雰囲気だよな?」

「あの子は普通の女の子です。何も変わりません!」

「目が見えないから街のためにもならない。それぐらいなら贄として出して、この状況を打開してみるのもいいんじゃねぇのか?街のみんなもそう言い始めてるぜ?」

「そんな……」

「よく考えておくんだな」


「私はまた奪われるのですか?」


 私には愛する娘がいました。しかし、娘は病にかかってしまいました。私は神父として祈りを捧げながらも、可能な限り娘の面倒を見ていました。街の人からも不安にされましたが、私は娘のことで精一杯でした。そんなふうに街のことを蔑ろにしたせいなのでしょうか、娘の回復の兆しは見えず、娘は精霊様の元へ向かってしまいました。そんな時でした、私があの子を拾ったのは。出会った当時のあの子は、髪が汚れ、肌も傷ついて、ボロボロでした。しかし、教会で保護し、身をきれいにすると印象はガラッと変わりました。彼らのいうとおり神秘的でした。しばらくして、あの子の目が見えないことがわかりましたが、幸いにもうまく友達ができているようで、あまり心配するようなことではないと感じました。この時、私は気づいてしまったのです。私はあの子のことを娘に重ねてしまっていると。そう意識し始めると、あの子のことを一人の孤児としてみることができなくなりました。もちろん教会で預かっている子たち全員に愛情を注いでいますが、やはり特別意識してしまいます。だから、私はあの子のことを強く守ってやりたいと思ったのです。


「なのに……」

「神父さんどうしたの〜?」

「はっ!帰ってきたんですね。おかえり二人とも」

「うん、ただいま。僕から見ても変だったぞ?大丈夫か?神父さん」

「うんうん!」

「あっ、心配させたみたいですね。大丈夫ですよ心配ありませんよ」

「そっか〜なら安心だね!」

「全くお前は……神父さん、何かあったら遠慮せずにいってくれよな」

「ありがとう。では、お昼の用意をしましょうか」

「はいは〜い!」


「神父さん、僕だけ呼び出して、やっぱり昼、何かあったのか?」

「えぇ、そんな感じです。私は明日、年に一度の水やりの儀式をしなくてはいけないんです」

「そっか、もうそんな時期か。いつも朝にいうことをなんで今、僕だけにいうんだ?」

「あの子を見てやって欲しいからです」

「あいつか?いつも一緒にいるけど?」

「あの子に不幸が訪れるかもしれないんです。頼みます」

「それなら神父さんが儀式をずらして、あいつのことを見てやればいいじゃねぇのか?」

「儀式はずらせないですし、行わないわけにはいかないんですよ」

「え?それはなんでだ?」

「昔からの精霊様の言い伝えで、儀式をやらなければ、あの桜が朽ちるからです」

「そう……なのか……」

「はい、そういうことですから本当に頼みます」

「まぁ僕にできることならやるけどさ」

「えぇ、ありがとう。助かります」


「皆さん今日私は年に一度の水やりの儀式をしてきます。皆さんきちんと留守番してくださいね」

『は〜い』

「では、いってきます」


「よう、神父さん答えを聞きにきたぜ」

「あなたたちですか。答えは変わりません。あの子は教会の子です。たとえ街のためであっても渡すわけにはいきません。それにもう一度言いますが、精霊様はそのようなことを望んでいません」

「そうか、それが神父さんの答えか。あの時と同じにならないといいな?」

「何を!」

「ククッ、神父さん。そろそろ儀式の時間じゃねぇのか?」

「っ……」

「神父さん、あんたは結局儀式を優先してしまうんだな」

「…………」

「じゃあな、神父さん」


『精霊たちよ、これまでこの豊かな地を育んでくださってありがとうございます。これからもこの地が豊かであるようお祈り申し上げ、この水を捧げます』


「ねぇねぇ!今日は何して遊ぶ?」

「今日は神父さんがお仕事だからおとなしく待ってような?」

「えぇ〜つまんないの〜」

「そんなこと言うなって……ん?お祈りにきた人か?」

「私が出るね〜」

〈あの子に不幸が訪れるかもしれないんです。頼みます〉

「おい!待て!」

「ん?な〜に?」

「こりゃ驚いた。向こうから来てくれたぜ」

「ん〜!」

「お前ら、その子を放せ!」

「うるせぇガキだな」

「ガフゥッ……」

「ん〜!」

「お前には役割を果たして貰うぞ」


『この水を以って、またこの大地に大いなる恵みをもたらさんことを』


「皆さん、ただいま。どうしましたか?」

「あいつが、あいつが、連れられてしまったんだ」

「え?」

「神父さん、僕、言われたのに……」

「大丈夫、大丈夫ですよ。私がなんとかします」


「わたしを連れて何をするんですか!」

「うっせぇな!目も見えないのに俺たちに意見すんじゃねぇよ」

「うぐぅ〜!」

「さて、準備は整った。お前には贄になって貰う」

「ヒィ!」

「雨を降らすための犠牲になってくれ」


「これは、間に合わなかったのですか?私はまた……」

『うぅ……うぅ……』

「これは、精霊様が、泣いている?」

『うぅ……うぅ……』

「雨が……降り始めて……」

「雨が降ったな。あ、神父じゃん。神父さんよ、俺たちの言った通りじゃねぇか。贄を差し出したら……この通りだぜ?」

「あなた方は間違っています。これは精霊様が悲しんでいるんです」

「結果はなんも変わんねぇだろ」


 その後、雨は止まなかった。作物は過度な水によって傷み、飢えは結局起きてしまった。私は祈りを捧げ続けたが精霊様は応えてくれなかった。


「私はどうすれば……」

「なぁ、神父さん。僕にできることあるかな?」

「はっ!大丈夫ですよ。子どもは大人に甘えるものですよ」

「いや、僕が、僕が何かしたいんだ。あいつの分までも……」

「そうですか、なら……」


 そうです。私はまだ生きています。私はまだ葡萄の枝です。折れてはいません。娘の分もあの子の分も折れてしまったけれども。私はまだ……。だからこそ、私は実を結ばなければならないのです。まだ私にしかできないことはあるはずですから。悲しんでばかりはいられません。ずっと娘のこともあの子のことも引きずってはいけません。もう街を疎かにしてはいけません。まずは精霊様の感情を街の皆に教え伝えなければ。そして、また晴れを、笑顔を、咲かせなければ。

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