ロボットに憧れた、ある男の記録

@yanagi4201

ロボットに憧れた、ある男の記録

 人生とはなにか


 私にとって、その答えは『落胆』だ。


 高校生あたりからこの思いが表れ、頭の片隅を占領した。

 年を重ねる度に、どんどんとその思いが大きくなり、常に体全体にまとわりついている。

 『落胆』の対象は他人に、そして自分に当てはまる。


 子供の頃はそんな人間ではなかった。


 小学生の頃は、友達と山や川へ行き、日が暮れるまで遊んだ。

 アニメを見て、このロボットがカッコいいねとはしゃぎ、両親がほほ笑んでいた。

 GWでは家族とよくキャンプや遊園地へ出かけた。

 どこにでもいる、普通で幸せな家庭だった。


 中学生に上がり、両親が離婚した。

 詳細は分からないが、自分は父に引き取られた。

 父は仕事に逃げて自宅にあまり帰らず、話そうとしても生返事ばかり。

 母に連絡を取ろうとしたが1度も繋がらず、折り返しの反応もない。

 家に会話と笑顔がなくなった。


 高校生に上がり、接客のアルバイトを始めた。

 家にいる時間が辛くなったことと、すぐにでも自立できるように働きたかったからだ。

 仕事に厳しい店長で、金勘定で失敗すると烈火のごとく叱られたが。

 頑張っていると、誉められとても嬉しかった。

 これが自分の父と違う、立派な社会人なんだと感動し、その店長を尊敬した。


 店長が横領で逮捕された。

 警察に連れていかれる時、たまたま自分も立ち会ってしまい、店長の顔を見た。


 背筋が伸び、目線はまっすぐ相手を見る、強く堂々としていた姿ではなく、

 背筋は丸まり、目線は下に向き、誰も見ようとしない、情けない大人の姿があった。


 無意識に店長に何かを叫んだが、

 ついぞこちらを見てはくれなかった。

 その後は人とあまりかかわらないアルバイトをして高校時代を終えた。

 大人とかかわるのが怖くなったのはおそらくここからだ。


 大学時代は、他者との交流で大きく失敗した。

 それ以来、恋愛も人間関係も避けるようになった。


 社会人になってからは目まぐるしい日々を過ごす。

 仕事やプライベートで些細な失敗をするたび、 自分へ小さな失望がつみ重なる。

 自信というものが分からなくなり、消極的な考え方が板についてしまった。

 死にたいわけではないが、常に偶発的な死を願う。

 他人とつながりを持つ勇気はなく、自己啓発する気力もない。

 日々、社会の歯車として心の中で愚痴をこぼしながら過ごしていた。


 ある日の深夜、自宅でぼんやり酒を飲み、テレビをBGM代わりに流していた時、

 昔好きだったロボットアニメが1分ほど紹介された。


 その番組を見終わり、強いノスタルジーを感じたときに、ふと思った。

 いっそ、感情がないロボットのように生きることができるとしたら、

 こんな鬱屈した思いすら抱かなくなるのではないだろうか。


 そう思い始めたら、いてもたってもいられなくなり、行動を始めた。






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 実験記録-0001


 1,研究目的

 -人間性(特に感情)を完全に排除または停止し、機械的かつ合理的思考のみで行動する存在になるための研究方針を決める


 2,研究手段

 -脳に関するアプローチを考える

 -感情コントロール訓練による、思考を機械的に変容

 -日々の記録を機械的に残し、分析することによる感情のコントロールを行う

 -感情排除装置の開発、実験


 3,研究結果

 -脳の仕組みや実験装置の製作に関する参考書の購入

 -心理学セミナーの参加登録

 -日記帳とペンの購入


 4,課題・考察

 -社会人との両立が可能か検証し目標とスケジュール作成をする

 -時間と資金の確保についてアプローチを複数出す

 -普段の生活での感情コントロールについての訓練を行う必要がある

 -基礎的な知識を付けたのち、装置作成の予定、費用の算出を行う


 5,結論

 -感情排除を科学的か心理的か、それともほかのアプローチがあるかをこれから検証していく

 -心理学セミナーの参加条件等の調査を行う

 -人体実験を行う予定のため、工作知識も必要になる


 6,次回・備考

 -参考書の購入と研究時間確保のため、日常生活スケジュールの作成

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 この記録は私の決意表明である。

 感情に振り回されることなく、

 他人に、自分に落胆することが無いようにしたい。

 困難なことは分かっている。

 たとえ、この研究が無駄になったとしても、今の状況よりはマシであるからだ。

 それが、過去のトラウマを掘り起こし、さらに絶望・落胆を感じたとしても。


 あの昔見たアニメのロボットのように

 そのためには、感情は不用だ






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 実験記録-2127


 1,研究目的

「感情排除実験と記憶削除実験の実践的な結果」


 2,研究手段

 -不意に不安要素と遭遇したときの、自身の感情の振れ幅の確認


 3,研究結果

 -心拍数の上昇、および記憶削除の失敗


 4,課題・考察

 -過去の実験上では上々の結果を出していたが、不意を突かれると感情が揺れ、不必要な記憶が呼び起こされた

 -記憶削除ではなく、記憶改変にシフトした方が良い結果が得られるのではないか、今一度方向性を見直す必要があるか


 5,結論

 -現段階で解決できる様なアプローチは思いつかない  

 -感情排除を科学的か心理的か、それともほかのアプローチがあるかをこれから検証していく


 6,次回・備考

 -1度時間を置き、考えを整理するため、3日後に改めて研究内容を検討する

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 好事魔多し、ということわざがあるが、今回はまさにそれそのものだった。

 研究時間と資金確保のために、仕事のリスクを極力減らし、副業に手を出した。

 その結果、社会的地位や資金が同年代より優遇されるようになり、研究に集中することができたことは、とてもありがたいことだと思う。


 しかし、私の社会的成功を聞きつけ、大学時代のあの女が接触してきたことは、青天の霹靂だ。

 興味の無い身の上話を浴びせられ、不躾にこちらの懐事情をうかがい、

 挙句のはては、復縁を申し込んできた。


 いや、こういった事態を予測できなかったことは、一応反省点として挙げるべきだろうか、難しいところではある。


 しかしこんな出来事を受けて、喜ばしいこともある。

 まず、顔を見ても誰か思い出せなかった事。

 そして以前の私なら、顔を見ただけで怒鳴り散らかしていただろう相手に、

 事実確認と永久の拒絶を相手に伝えて冷静に対処できた。


 ただ、気づけば、強く握りしめていた拳の中に爪が食い込み、手のひらから血がにじんでいた。

 けれど、それすらもただの反応としてとらえた自分に、少しだけ安堵した。


 今回の結果を踏まえても、感情排除はうまくいっているはずだ。






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 実験記録-11839


 1,研究目的

「最後の研究」


 2,研究手段

 -今までの研究結果をすべて集め、感情排除装置を自身に使用し効果を検証する


 3,研究結果

 -研究の断念


 4,課題・考察

 -今後、もしこの研究を受け継ぐ者が表れるとしたら、その研究者に任せる


 5,結論

 -私一人では、感情を完全に排除することはできなかった


 6,次回・備考

 ついぞ感情を排除することができなかったが、今まで行った研究・検証は決して無駄ではないと、胸を張って言える。

 願わくはこの研究資料を、私と同じように感情に振り回されている人に引継いで欲しい。


 憧れのロボットのようになれず、私の人生は終わりに近づいてきた

 このような結果になってはしまったが、これまで抱いていた『落胆』とはまた違う思いを抱いた。


 ここまで突き進んできた満足感なのか、感情の排除を達成できなかった後悔なのかはわからない。


 夢中に研究を続け、ここまで走り続けてきた。

 まだまだ検証したい内容は山ほどある。

 それがもうできないほどに、年齢という壁は厚かった。

 書きたいことはまだまだ沢山ある。

 あるが、キリがないため、これで研究ノートの記載を終えよう。


 しかし、ただ一つ、今の気持ちを伝えるとしたら


 それはやはり



 無念だ

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           ロボットは夢を見ない

       ロボットは指示がないと自ら動くことはない

           ロボットは努力をしない


              では彼は?


        ロボットのようになるという夢を見て

         夢を叶えるために自ら計画を立て

        感情を排除するための努力をする



     ロボットになろうとしたその歩みこそ、人間の証だった。

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