婚約破棄だと追放された公爵令嬢の弟のひとりごと

なつめ猫

第1話 姉さんが婚約破棄された。

「エリーゼ・フォン・メレンドルフ公爵令嬢。貴女との婚約を破棄する!」


 唐突に聞こえた声。

 誰もが息を飲んだ中で俺は婚約破棄されて立ち尽くす姉さんを見て頭を抱えた。


 ――5分前


 シュワルツ高等貴族院の卒業パーティ会場。 

 今日は、随分と騒がしいな。


「何かしっているか? エリック」


 俺は近くにいたアベル子爵の次男坊のエリックに話しかけた。


「――いや、何もしらないな、ラインハルト」

「そっか」


 今日は、エリーゼ姉さんが参加しているパーティなのだが、王太子殿下の姿見えない。

 婚約者をエスコートしないとか少し嫌な予感がするな

 まぁ、そんな悪い予感は当たらないよな?


「レオン王太子殿下のご入場です!」

「ようやくか……。いくら王家とは言え、ここは貴族院だぞ? 表面上では、王族も貴族も身分に対して拘らないようにという校風だというのに」

「まぁ、ラインハルト。そこまで気にする必要はないだろ」


 エリックが俺の肩を軽く叩いてくる。


「まぁ、そうだな」

「エリーゼ・フォン・メレンドルフ公爵令嬢。貴女との婚約を破棄する!」


 レオン王太子の言葉に、会場が一瞬静まり返る。

 そして……会場の貴族の子弟の視線は、エリーゼ姉さんと一斉に向けられた。

 エリーゼ姉さんは、婚約者であるクラウディール王国の第一王位継承権を持つレオン王太子殿下の発言に首を傾げていた。


 あー、これは姉さん、よくわかってない系だなと、俺は心の中でツッコミを入れる。

 だって姉さん、周りをキョロキョロ見てるし。

 そんな姉さんの様子が周囲の貴族には小動物が戸惑っているように見えるのだろう。

 誰もが庇護欲に駆られている思うが、王太子の目の前だから誰も声をかけられないし固唾を呑んでいる。

 このあと、どうなってしまうのかと、貴族の子弟は心配しているのかも知れない。


「なあ、ラインハルト、ヤバくないか?」

「相当ヤバい!」


 俺とエリックの心配を余所に姉さんが、「えっと……」と口を開くのが見えた。


「エリーゼ。君が何を言おうと、婚約を破棄する事実は変わらない! 俺は、真実の恋に目覚めたんだ!」


 おいおい、真実の愛って何だよ。

 王家のトップである国王陛下と、公爵家当主が決めた婚約に関して何を考えているのか。

 あの王子は馬鹿なのか?

レオン様王太子は、力強く力説してるし。

そんな中で、多くの貴族の子弟が見ている中で、一人の煌びやかなドレスと過剰なまでの装飾をした女性が、姉さんの婚約者であるレオン王太子殿下の隣に立つと、レオン王太子殿下の手を――、婚約者の姉さんが居る目の前で触れていた。

 それは、貴族の中ではタブーとも呼べるほどのもの。

 その様子を見て、俺は唖然としてしまっていた。


「彼女が、俺を本当の恋に目覚めさせてくれた女性――、アデリナ男爵令嬢だ!」


 レオン王太子殿下の言葉に頬を赤く染めたアデリナ男爵令嬢が「レオン様」と媚びるように寄り添うのを見る。

 それを、レオン王太子殿下は満足そうに抱きしめていた。

 その光景は、まさしく恋人同士。


 それを見たパーティ会場に出席していた貴族の子弟の間から「どういうことだ?」と、言う声が漏れてくると同時に、姉さんとレオン王太子殿下を交互に見る貴族たち。

 

 それは、そのはず。

 いくら王族と言っても、まだ王太子止まりであり、国王陛下や王妃様が決めた婚約者をパーティ会場で一方的に、婚約破棄するなんて前代未聞のことだからだ。

 少なくとも、王国の歴史の中には、こんな事はなかったはず。


「レオン様……そんな……」


 エリーゼ姉さんが、目を大きく見開く。

 それは、信じられないと言った演技を醸し出すように。

 だが、俺は知っている。

 姉さんはきっと心の中では「これで王妃という余計な重責や面倒事から解放される!」と心の底から喜んでいることを。


「すまない。エリーゼ、だが、もう自分を偽ることはできないんだ」


エリーゼ姉さんは、本当に困ったような表情をしたまま、顔を伏せる。

 

 ――10年前、まだ俺が小さかった頃。

 公爵家長女のエリーゼ姉さんが偶然に回復魔法を使えるという事が分かった時。

 魔法の才能は母から子に遺伝するという事で、魔法を使える血筋を取り込みたいという王家の意向で、姉さんは未来の王妃としてレオン王太子殿下の婚約者になってしまった。

 そして未来の王妃として英才教育と言う名の拷問に10年も耐えた。

 家族を誰よりも好きだった天真爛漫な姉さん。

 そんな姉さんが両親から引き離されて。


「……分かりました。お幸せに――」


 当然、姉さんのことだから絶好の機会だからと婚約破棄を受け入れることは分かっていた。

 そして次の手は、もう分かっている。

 この会場から速やかに脱出することを姉さんは考えているに違いない。

エリーゼ姉さんは目元を抑える仕草をしながらパーティ会場から出ていった。


「まずい! 早く――」


 姉さんを捕まえないと! と思い会場から出ようとしたところで、周辺で事の成り行きを見守っていた貴族の子弟たちが、取り囲む。


「ラインハルト様、どういうことですか?」

「当主様はご存じなのですか?」


 次々と質問攻めされるが、そんなことは俺が知りたい!

 くっ、このままでは公爵家と王家の間で確執が出来てしまう。

 誰か、そこをどいてくれ!

 エリーゼ姉さんとレオン王太子殿下が婚約破棄になったら精霊の加護が消えてしまうんだ!




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