目が合った瞬間

森川 隼人

第1章:深淵の光



壁に掛けられた古い時計は、22時06分を示していた。


彼女が座っていた小さな部屋の壁にはひびが入り、カーテンは破れ、今にも消えそうな弱々しい電球がちらついていた。使い古された木のテーブルの上には、シンプルなケーキが一つ。すでに自分で消えてしまった一本のろうそくが立っていた。


彼女はそこに座っていて、ケーキの正面で、あごを手に乗せ、チョコレートの薄いコーティングをじっと見つめていた。


— お誕生日おめでとう、私…

彼女は微笑もうとしながらつぶやいた。


彼女の隣には、片方の目のボタンが外れ、縫い目がほつれた古いぬいぐるみのクマがあった。彼女はそれを手に取り、胸に強く抱きしめた。


— まったく、スヌーギーさん…このケーキ、買ってくれたの?

と、少し皮肉交じりの声で言った。


— あなたは本当に、誰よりもいい友達だよ…


でも本当は?彼女自身が買ったのだった。両親からもらったお小遣いの残りで。


彼女は本気で信じていた。印刷機で招待状を作り、学校のすべてのロッカーに貼った。その招待状にはこう書かれていた。「今日、21時。あなたのプレゼントと、あなたの存在。」


今はもう、夜の十時を過ぎていた。


誰も来なかった。


突然、静寂を破る音がした ― 外で足音が引きずられている。彼女は跳ねるように立ち上がり、希望に胸を高鳴らせた。


だが、窓の方を振り向いた瞬間、その希望は砕け散った。


学校の3人の女子が、そこに立って笑っていた。


— 見てよ…

と、ひとりが毒のある笑みを浮かべて言った。


— この負け犬、まだ誰か来ると思ってたんだ。

彼女は笑顔を浮かべながら言った。


— 時間の無駄だって言ったじゃん、

と、もうひとりがコメントした。


— 悲しいね…いや、哀れかな?

彼女たちはまるでショーでも見ているかのように笑いながら、満足げな顔で立ち去った。


誕生日の少女の心は崩れ落ちた。


最初は静かに涙を流していたが、すぐに耐えきれなくなり、泣き始めた。再び椅子に座り、スヌーギーを抱きしめ、声を上げて泣かないように努めていた。


そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。


しっかりとした、何か違うノックだった。


彼女はためらいながらも素早く涙をぬぐい、玄関へと歩いた。その一歩一歩が永遠のように感じられた。


ドアを開けると…


…彼がそこにいた。


白いパーカーに黒いズボン、そして彼女の痛みを見透かすような赤い瞳を持つ少年が、闇の中に立っていた。風にそよぐ彼の乱れた黒髪。


彼はすぐには何も言わなかった。


ただ、じっと彼女を見つめた。


そして彼女は、その夜初めて、完全に一人ではないと感じた。


少年はためらいながらも部屋に一歩踏み出した。彼の目は質素な部屋を見回した ― 壁に寄せられたベッド、窓、そしてケーキと消えたろうそくのある唯一のテーブル。


— あの…この招待状のパーティーって、ここ?

と、少女の涙目に気づきながら、不安げな声で尋ねた。


ユメは驚きのあまり、手に持っていた招待状を落としそうになった。イツキ・ミヤザキ ― 人気者の少年が、彼女のドアの前に立っていたのだ。


— う、うん…ここだよ…

彼女は恥ずかしそうに答え、ドアを少し広げた。

— は、入ってもいいよ…もしよければ。


イツキは、緊張した空気を和らげようと、少し笑みを浮かべた。


— ありがとう。最初に来たのが僕だなんて…光栄だよ

と言いながら、周囲を見渡した。


彼は数歩歩き、気まずい沈黙を感じ取って、こう言った。


— でさ、なんかゲームある?


彼の口調は軽かったが、その瞳にはこの場所に染みついた孤独を見抜いていた。


— あ、あるよ!えっと…今持ってくる

ユメはそう言って、クローゼットの方へ向かった。


扉を開けて、ほこりをかぶった箱を取り出し、そっと息を吹きかけた。それは古いチェスのセットだった。彼女はそれをケーキの隣のテーブルに丁寧に置いた。


— よかったら…やらない?


— やろうか

とイツキは自信ありげな笑顔で座った。

— でも、手加減はしないからね。


— い、いいよ…かかってきて

ユメは向かいに座り、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


駒が動き始めた。緊張感は一手ごとにほぐれ、すぐに笑い声がこの蒸し暑い部屋を満たしていった。


— すごい…上手いね!まるでプロみたい

と、イツキはユーモアを交えて褒めた。


— あ、ありがとう…あなたもとても上手だったよ — 彼女はそっと笑いながら答えた。


試合は続き、気づかないうちに夜が更けていった。


— ごめん… — 突然、イツキがうつむいて言った。


— え?どうして?


— もし…もし僕のためにパーティーを開いてなければ、他の人たちもここに来れたかもしれない。ごめんね。


ユメは彼を見つめた。彼女の目が少し細くなった。


— き、気にしないで…私の誕生日なんて、あまり…大切にされたことないの。なんとなく…もう慣れちゃった。


彼女は微笑んだが、その笑顔には痛みが宿っていた。弱さを見せまいとしていたのだ。


— 何言ってるの?よく知らなくても…君はきっと素晴らしい人だと思う — 彼は真剣な眼差しで言った。


彼女は固まった。


— ほ、本当に…?そう思うの?


— もちろん。


穏やかな沈黙が流れた。


— あ、ありがとう、イツキ…こんなこと言うなんて思わなかったけど…今日が人生で一番の誕生日だった。


— まあ…長くは続かないけどね — 彼は駒を動かしながら言った。— チェックメイト。


ユメは目を見開いた。予想外の展開に驚いた。しばし敗北の衝撃を感じたが、イツキのいたずらっぽい笑顔を見て、


まるで魔法のように、彼女も笑顔になった。


— も、もっとゲームに集中すればよかった…


— でもね…君に負けても構わない — 彼女は目を伏せて、恥ずかしそうに言った。


— 見つけてくれてありがとう、イツキ。ここにいてくれて。すべてに感謝してる…


彼は手に顎をのせ、彼女を真っすぐ見つめた。


— 決めたんだ。


— 決めたって…何を?


— 君の誕生日だし…僕のプレゼントは、僕の友情。


— ゆ、友情? — 彼女はほとんど息ができないほどに繰り返した。


— そう。もう僕たちは友達だ。


ユメはもうこらえきれなかった。涙があふれ出た。


イツキは一瞬、動けなかった。


— き、気に入らなかった…?変なアイデアだったかな?僕たち、まだ—


— 違うの! — 彼女は涙の中で笑顔を見せて遮った。— この涙は…嬉し涙なの。


— 友達ができるなんて…思ったこともなかった…これが、誰かからもらった一番素敵なプレゼント…


イツキは安堵の笑顔を見せた。


— ところで…名前、なんだっけ?


ユメは驚いて瞬きをした。自己紹介を忘れていたのだ。


— ご、ごめんなさい!私は…黒沢ユメ。


— よろしく、ユメ。僕は宮崎イツキ。イツキって呼んでいいよ。


— そ、それじゃあ…明日、出かけない?2時に。


— いいね。じゃあ、また明日。


イツキはドアへ向かったが、途中で振り返り、にやりと笑った。


— ねえ…僕が入ったとき、鍵かけてたよね?


— あ、あっ!ごめんなさい!今開ける! — 彼女は恥ずかしそうに言った。


出る前に、イツキはケーキの一切れを取った。


— このケーキ、すごくおいしそう。また明日ね、ユメ。


— また明日、イツキ…


彼女はドアを静かに閉めた。顔にはまだあの幸せそうな笑顔が残っていた。何年も見なかった自分の笑顔。数秒間、ドアを見つめたまま立ち尽くしていた。信じられなかったのだ。


そして、何かが爆発するような喜びとともに、ぬいぐるみのスヌージーさんに飛びついて抱きしめた。彼女の表情には喜びが溢れていた。パジャマに着替えたが、眠れなかった。ほんのひとときでも、自分が「見られた」こと…「理解された」ことを感じたのだから。


そのころ、外では…


イツキは手をポケットに入れ、考え事をしながら、人気のない道を歩いていた。


「…あの子は他の子と違うな…」

彼はそう思いながら、心の中の奇妙だが心地よい感覚を整理しようとしていた。


その時、夜の静けさを破る声が響いた:


— イツキーー!!


3人の少年が彼の方に走ってきた。明らかに彼を探していた。


— おい、お前、なんで祝いのパーティーから逃げたんだよ!? — 真ん中の少年が、困惑と怒り混じりの声で言った。


イツキは立ち止まり、冷たい目で振り返った。


— ちょっと散歩しただけだよ。それともう一つ。何度も言ったよね、僕のことをイツキって呼ぶなって。宮崎って呼べ。


— あ…うん、わかったよ、宮崎、好きにしなよ — 少年は目を転がしながら答えた。


— じゃあパーティーに戻ろうぜ? — もう一人が作り笑いを浮かべて言った。


イツキは深くため息をつき、不満げにうなずいた。


— はいはい…戻るよ。


そして、4人は歩道を歩いて、夜の闇に消えていった。


翌日…


朝日が窓から差し込み、部屋を柔らかく照らした。ユメは体を動かし、顔に当たる光に目を細めた。徐々に目覚めていき、昨夜の出来事を思い出しながら、再びあの「バカみたいな笑顔」を浮かべた。彼女のような人間には起こり得ないと思っていた瞬間を思い出しながら。


彼女は伸びをした。その拍子にパジャマが少し上がり、お腹が少し見えた。ベッドから足を下ろし、鼻歌を歌いながら、ゆっくり準備を始めた。普段より丁寧に。黒いワンピース、指なしの手袋、そして長年大事にしていたバラの飾り。今日はなぜか、それをつけるのにふさわしい日だと感じていた。


時間になると、家を出て、イツキが向かってくるのが見えた。彼もユメを見て、微笑んだ。


— すごく…きれいだよ

彼は心からそう言った。


— あ、あ、ありがとう…

彼女は顔を赤らめて答えた。


— あなたも…かっこいいよ…

彼女は目を逸らして言った。


— ありがとう

彼は素直に返した。


イツキは昨夜と同じような服装だった。白いパーカー、黒いズボン、白い靴。でも今日は違うものが一つあった。彼の腕には、上品な時計が光っていた。


— さて、どこ行く?

彼が尋ねた。


— えっと…近くに公園があるんだけど。い、行きたいなら…


— よさそうだね。行こう

彼は笑って答えた。


公園に着くと、2人は昨夜のこと、特にチェスが楽しかったことを話しながら歩き始めた。


— ミヤ…宮崎!

背後から声がした。


イツキとユメが振り向くと、昨夜の3人組がいた。


— よう、ライアン…

イツキは不快そうに言った。


— おいおい…マジでこいつのためにパーティー抜けたのかよ?ゾンビみたいなやつじゃん

ライアンは冷酷に笑った。


ユメは目を伏せ、その言葉に傷ついた。


— うるさい雑種犬…吠えるのはもう終わりか?

イツキは抑えた怒りで言い放った。


— 今なんて言った!?

ライアンは激怒した。


空気が一気に張りつめた。


— 何だよ?耳も悪いのか?雑種犬さん?

イツキは軽蔑を込めて挑発した。


— 金持ちだからって調子乗んなよ

ライアンは拳を握った。


— この辺じゃ俺の言うことが一番なんだよ。だからもっと敬えよ、小金持ち!

そう叫んで、拳を振りかざした。


ライアンはユメに殴りかかろうとしたが、イツキが間に割って入って止めた。


— お前、誰に手出してるか分かってんのか?

イツキは低く唸った。


— 分かってるよ…お前とお前の家族もな…

ライアンは驚きながらもそう言った。


— よかった。なら今、自分が何したかも分かってるよな

イツキは冷たい威圧感を放って言った。


— こうしよう。さっさと消えろ。そしたら何も起きない。わかったか?犬ども。次に俺かユメに触れたら…地獄を見せてやるよ

彼は傲然とした眼差しで言い放った。


— 行こう…

ライアンは悔しさと恐怖の混じった顔で言った。しかし、その目には「これで終わりじゃない」という沈黙の誓いが宿っていた。


3人は去っていき、ユメとイツキだけが残った。


— はぁ…ギリギリだったな

イツキは安堵の息をついた。


— あいつら、もうしばらくはちょっかい出してこないよ。僕が保証する。


ユメは、守られたことに胸を打たれ、そっと涙を流した。


— あ、ありがとう…誰も今まで私のためにこんなことしてくれなかった。みんな、私のことなんて見えてないふりばかり。でも…あなたは違う、イツキ…ありがとう…あなただけは—


— もう説明しなくていいよ。君がたくさん傷ついてきたことは…わかってる。過去のことはもう、置いておこう。ね?


ゆめは目を拭きながら頷いた。


「じゃあ…近くにアイスクリーム屋さんがあるんだけど、行ってみる?」


「え、ええ、もちろん!一緒に行きたいわ。」


アイスクリーム屋さんで、ゆめは何かに気づいた。


「あ、あ…すみません、お金を持ってきていなかったんです。公園に行くだけだと思っていたんです…」


彼女は恥ずかしそうにうつむいた。


「気にしないで、ゆめ。」


二人はカウンターに近づいた。


「今日は何を注文しましょうか?」


店員が尋ねた。


ゆめが答える前に、樹が言った。


「チョコレートコーンをお願いします。それから、この素敵な女性には、彼女の好きなものを何でもおごります。」


ゆめは驚いて顔を赤らめたが、それを受け入れた。


「バニラコーンをお願いします…」


「合計700円です。」と店員は言った。


「大丈夫よ」樹は会計をしながら言った。


二人はアイスクリームを持って店を出て、また公園を歩いた。


― アイスクリーム、ありがとう…


夢は恥ずかしそうに言った。


― 何でもないわ。これは今日あったことへのプレゼントよ。


彼は少し微笑んで言った。


― でも、あなたの授業はどう? 私の授業は退屈なの…


樹は話題を変えようとした。


― 正直に言うと、私も退屈よ。でも、好きな授業があるの。美術。先生の教え方が独特で、大好き。


― わかる。歴史が好きなのは、先生のおかげ。先生はちょっと変わっているけど、私にインスピレーションを与えてくれるの。


― きっとすごい人なのね。


夢はその光景を想像しながら言った。


― そうだわ。でも…私も美術が好きなの。絵を描くのが好きなの。


樹はもっとリラックスして言った。


― マジ? 絵を描くの?見せてもらってもいい?一緒に絵を描くのもいいけど…


樹は自分が何を言ったのか気づき、言葉を止めて顔を赤らめた。


樹は思わず笑い出した。


「恥ずかしがらないで!いつか私の絵を見せてあげるわ。一緒に絵を描くのも、もしかしたら。」


ゆめはその考えに興奮して微笑んだ。


「わあ…もう遅くなっちゃった」樹は空を見上げながら言った。


「そうだね…」


「家まで送ってあげる。」


道中、二人は映画の話をして笑い合った。玄関に着くと…


「そうね…今日はいい日だったわね」樹は言った。


「うん…すごくよかった…」樹は何か計画を立てながら答えた。


「明日の休み時間、話さない?」


「え、ええ、もちろん!ぜひ…」


「じゃあ…じゃあね。」


彼が言い終わる前に、ゆめは彼を抱きしめた。


樹は驚いて凍りついた。


夢は慌ててその場を立ち去った。


――ご、ごめん!馬鹿な考えだった。どうしてそんなことをしたのかわからない!


――いいえ、大丈夫。ただ驚いただけ。では…じゃあね。


――じゃあね…


夢はドアを閉めると、すぐに心の中で自分を責めた。「このバカ!どうしてあんなことしたの?」


外に出ると、樹は考え込んだように歩き…そして微笑んだ。


「明日…ちゃんと話してあげるわ。」


家に着くと、その日の出来事が頭の中に渦巻き、なかなか眠りに落ちなかった。

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