第48話
ハッピーベリー騒動が世界中を幸せな甘さで満たした、あの贅沢な悩みの一件からしばらく経ったある日のこと。
俺たちのアトリエでは、リリアさんとアロイスさんによる世紀の大プロジェクトがついに最終段階を迎えていた。
それは俺が失われし大陸エデンから持ち帰った聖なる宝玉『星の涙』と錬金術の粋を組み合わせ、二つの世界を安全に繋ぐという壮大な試み。
『星の門(スターゲート)』プロジェクトだ。
「よし……!ついに最後の魔法陣の調整が終わったぞ……!」
アロイスさんが額の汗を拭いながら、満足そうに声を上げる。
「ええ。あとはレオンさんの『星の涙』の力を起動キーとして注ぎ込むだけですわ」
リリアさんも期待に満ちた表情で頷いている。
俺たちの丘の中央広場には、この日のために設置された巨大な円形のゲートが静かに佇んでいた。
ゲートはドワーフたちが鍛え上げたミスリル銀のフレームに、エルフたちが魔法を込めて編み上げた世界樹の蔓が複雑に絡みついている。そしてその表面には、アロイスさんが設計した無数の精密な魔法陣が刻み込まれていた。
まさに様々な種族の技術と魔法の結晶だ。
俺は集まってきたアカデミーの生徒たちや仲間たちに見守られながら、ゲートの中央にある台座に進み出た。そして首から下げていた『星の涙』のペンダントを静かにかざす。
俺が祈りを込めると、『星の涙』は眩い七色の光を放ち、ゲートに刻まれた魔法陣が一斉に輝き始めた!
ゲートの内側の空間がまるで水面のように揺らめき、そしてその向こう側に信じられない光景が映し出された。
そこはまさしく、失われし大陸エデン。天にはオーロラが舞い、見たこともない古代種の生物たちが雄大に闊歩している、あの神々の楽園だ。
「おお……!本当に繋がった……!」
「すごい!ゲートの向こうに別の世界が見えるぞ!」
生徒たちから大きな歓声が上がる。
ゲートの向こう側、エデンの地にも俺たちのこちらの世界の光景が映し出されているのだろう。星の民の長であるステラと、たくさんの古代種の生物たちがゲートの向こう側からこちらに向かって優しく手を振っているのが見えた。
『星の門』は、大成功だった。
この門の完成を記念して、俺たちはアカデミーの生徒たちを引率して初めての『エデンへの日帰り遠足』を開催することにした。
もちろん子供たちは大喜びだ。
「やったー!恐竜さんに会えるの!?」
「ステンドグラスの蝶々さん、捕まえられるかな!?」
遠足の前の日から、生徒たちは興奮して眠れない夜を過ごしたようだった。
そして遠足の当日。
俺たちは一人一人生徒たちの手を引きながら、キラキラと輝くゲートの中をくぐり抜けた。
一歩足を踏み出した瞬間、全身をエデンの清浄で温かい空気が包み込む。
「うわあ……!空気が美味しい!」
「見て!あんなに大きなお花が咲いてるよ!」
子供たちは初めて見る楽園の光景に目をキラキラさせて、あちこちを指さしている。
ステラと星の民たち、そして穏やかな古代種の生物たちは、そんな子供たちを心から温かく歓迎してくれた。
知恵の森のフクロウの長老は、子供たちに優しいなぞなぞを出して楽しませてくれる。岩のゴーレムは、その大きな手のひらに子供たちを乗せて高い高いをしてあげていた。
ブラキオサウルスの親子は、その長い首を優雅にしならせ、子供たちが安全に滑り台遊びができるように協力してくれる。
子供たちは最初はそのあまりの大きさに驚いていたが、すぐに古代種の生物たちがとても優しくて穏やかな存在だということを理解し、すっかり打ち解けていた。
『わーい!大きい亀さんだー!甲羅のお庭、探検してもいいー?』
フェンがオアシスガメの甲羅の上の庭園で、嬉しそうに駆け回っている。
そんな楽しい交流の時間もあっという間に過ぎ、やがて帰りの時間がやってきた。
「ステラさん、今日は本当にありがとうございました。子供たちにとって忘れられない一日になりました」
俺が礼を言うと、ステラはにっこりと微笑んだ。
「いいえ。私達もとても楽しい時間を過ごさせていただきました。いつでもまたいらしてくださいね」
俺たちはステラたちに別れを告げ、そして再び『星の門』をくぐり自分たちの丘へと戻っていった。
遠足は、大成功。子供たちは皆、満足そうで少し眠そうな顔をしていた。
だが、その時だった。
「あれ……?なんだろう、あの子……」
リリアさんがふと、生徒たちの列の一番後ろに見慣れない小さな生き物が紛れ込んでいるのに気づいた。
それは体長三十センチほどの、子猫のような姿をしていた。だがその全身は毛ではなく、まるでダイヤモンドでできているかのようにキラキラと様々な色に輝く、美しい宝石で覆われていたのだ。
その宝石の子猫は、どうやらエデンからこっそりと俺たちについてきてしまったらしい。
俺たちが近づくとその子はびくっと体を震わせ、そして慌てて一番安心できそうなフェンのもふもふの毛の中に顔をうずめて隠れてしまった。
『レオン、この子、僕のこと気に入っちゃったみたい。どうしよう?』
フェンが少し戸惑ったように俺を見上げる。
「まあ!なんて可愛らしい……!全身が宝石でできているなんて……!」
リリアさんとアンナは、そのあまりの愛らしさにうっとりと目を細めている。
だが、アロイスさんと、そしてその知らせを聞きつけて丘に遊びに来ていたドワーフのガンツさんは、全く違う反応を示した。
「な、な、な、なんだこの生き物は!?これほどの魔力密度と純度を持つ物質……いや、生命体は見たことがないぞ!研究対象として最高級の逸材だ!」
アロイスさんが鑑定用のルーペを片手に、興奮気味に叫ぶ。
「おおおお!これはまさしく神々の御業!このカッティング!この透明度!そしてこの輝き!職人としてこれほどの素材に出会えるとは!わしの生涯の傑作を作るチャンスじゃ!」
ガンツさんもまた愛用の槌を握りしめ、目をギラギラと輝かせている。
二人のそのあまりの剣幕に、宝石の子猫はますます怯えてフェンの毛の中に深く深く潜り込んでしまった。
俺は苦笑しながら二人をまあまあと宥めた。
「とにかく、この子を驚かせないでください。まずは仲良くなるのが先でしょう」
俺たちはその宝石の子猫に『ジュエル』と名前を付けた。
そしてまずはお腹が空いているだろうと、グランさん特製の栄養満点のミルクや最高級のお肉を差し出してみたのだが……。
ジュエルはそれらには全く興味を示さず、ただフェンの後ろに隠れてプルプルと震えているだけだった。
「困りましたわね……。このままでは衰弱してしまいますわ」
リリアさんが心配そうに呟く。
水も飲まない。食べ物も口にしない。一体この子は何を食べて生きているのだろうか。
俺たちが皆で頭を悩ませていると、俺はふとあることに気づいた。ジュエルが時々顔を上げて何かを求めるように、きょろきょろと周りを見回していることに。
そしてその視線はいつも、アカデミーの音楽室の方角を向いているようだった。
音楽室……?
俺は試しに『動物親和EX』の力を最大限に高め、そしてジュエルの心にそっと寄り添ってみた。
すると俺の頭の中に、直接その子の心の声が流れ込んできた。
それは言葉ではなかった。
キラキラ、とか、リンリン、とか、ポロロンといった美しい『音』のイメージ。そして『おなかすいた』『きれいなおと、たべたい』という純粋な想いだった。
俺は全てを理解した。
「みんな!分かったぞ!この子は食べ物じゃなくて、『綺麗な音』を食べて生きているんだ!」
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