破壊者が、この世界にいるのなら。

玄花

第1話 邂逅 壱▶︎僕は家に帰りたい。

 ある日突然世界が未曾有の危機に巻き込まれる事無く生きること13年。


 今日もまた、一人で学校へと自転車を漕ぎながら向かいながら感じるのは、虚無な一年、日常への嫌な安心感と拭いきれない一抹の不安。


 満開の桜が示すのは、今日はクラス替えと進級の季節。


「……どうせ、また知ってるヤツなんかいないし」


 ネガティブめいた発言をしながらも、前のクラスの駐輪場に自転車を止めて目立たないように昇降口へと早歩きで移動する。毎年新クラスの張り出されるあの玄関へ。


 いつもよりも早く家を出たものの、考えることは皆同じで、昇降口前には既に信じられないほどの人だかりが出来ていた。お陰でまだ僕の行くべき教室は分からない。それどころか、末にはその波に囲まれた僕は歩むべき方向すらも見失ってしまう。



 廊下、少し遠くでは、仲の良い人と同じクラスになれて喜んでいるヤツ、なれなくて肩を落としてるヤツ。もう早速女子と連絡先を交換して笑ってるようなヤツ。


 ……しょうもない。

 別に中学の同級生とだなんて残り2年もないうちに別れて話すことも一生無いんだ。下らないことに一喜一憂してる暇があるなら、そんな暇があるのなら……。


「なあ、かいざき?だよな。海崎かいざき葉介ようすけ

 後ろから雑音に紛れて身長の高い男子生徒が僕に声を掛てくる。やけた肌に、センター分けの男子生徒。人の荒波の中で、わざわざ僕なんかに話しかけに来たのか?


「……うん」

「おお、合ってたか。あそこの女子に聞いてよ。今年、一年よろしくな」

 僕の身長からは全く見えないのだが。どうやら早くも新しいクラスメイトと僕は出会ってしまったらしい。


「そ、そうなんだ」

「一緒に教室行くか?」

「大丈夫、他のクラスメイトの名簿見ておきたいから……」

「ああ、分かった。んじゃまた教室で!」

 僕はそうして、また一人聞きそびれたクラス名簿で自分のクラス探して確認する。



 2年5組。


 他の人の名前は正直言えばどうでもいい。


 名前を聞きそびれた生徒のことを思い返して靴箱から出る。


 また人混みに飲まれながら、脱した僕は教室へと歩み始める。一つ上の一年生の階、登る階段が減った。その地味な喜びを感じながら僕はゆっくりとゆっくりと前進する。さっきの男子生徒が教室に入ったのを確認してから数分後、廊下の角から僕は重たい足取りを再び動かす。


 教室の中は騒がしく、知らない人間で満ちている。それはいつものこと……ただ場所が変わっただけ。



 教壇には、体格のいい教師が立って教室を見渡す。男、20代後半の体育教師。去年とは違うがまさかの二年連続だとは……。


 体育教師、それは個人的に苦手としている生物の一種であると同時に、現状としての教室内の静寂を生み出した張本人。僕が教室に入ってからまた数十分ほど経ったのだけれど、仲の良い友達やグループを持っている皆は顔見知り同士のようで楽しそうに話していたのであった。


「え〜、はい。それでは皆さん。この2年5組の担任になった担当科目保健体育の山原やまはら慎吾しんごだ。これからありがたい話は後々校長先生がやって下さるのでカット。体育館に行くまで近くの席のやつとでも懇親深めとけ〜」


 ああ……体育、確定だ。僕の勘の証明なんて全く嬉しくないのだが。


 担任もどうやら緊張していたようで生徒の様子を見てから一息つく。


 また徐々に教室内が騒がしくなる。

 僕はポケットに忍ばせておいたスマホを見ながらその時間が終わるのをただ待つ。別に持ち込が禁止されているわけでも、校内での使用が禁止されているわけでも勿論無い。

 でも僕は、それを隠すようにして外の世界から乖離する。


 どうせ、話した所で返ってくるのは同じものばかりだ。他クラスの話とか、アイドルとか、流行ってるメイクとか、有名なだけのライト層向けのアニメとか。


 僕も大してそんな高尚な話のネタを持っているわけじゃないけど。だからと言ってそんな話に入って自らも同じ人間にはなりたくない。


「隣のクラス、レベル高くね?」

「レベルって何だよ」

「顔面偏差値だろ顔面偏差値」

「うわ、確かにそうだわ。さっき見に行ったら大分だったぞ」

「でもうちのクラスも居るだろ」

「誰だよ」

「ほらさっきあの運動部のヤツと話してた」

「あーね、つかヤバいだろ!すっげえぞアレ」

 だとか、聞き慣れた話からSNSでの身内ネタ。


 時間の経過と共に近くの席から大量の情報が入ってくる。


 聞きたくもないのに下手な陰口に下世話な話。信じられないほどに勝手に聞こえてくる。こんな事になるならイヤホンでも持ってくればよかった。自分でも分かっていた筈なのに。


「なあ、さっきの……」

 席の後ろから声を掛けられる。もしかしたら違うかも知れない。でも僕の背後に感じる気配は消えそうにもない。スマホの黒い画面に映る、僕の方向を見る姿に僕は返事を返す。


「海崎……」

「そうそう、海崎洋介!俺は笠島かさじま鳩希あつきだ。改めてよろしくな」

「うん」

「ああそうだ、LINE交換しね?あとインスタ」

 連絡用のと写真投稿用のSNSだったか……?正直いえば後者はあまり詳しくない。


「……あ、ごめん。スマホ充電切れてるから」

「全然大丈夫だぜ!じゃあな」

 そう言って彼は刈り上げた後頭部を見せて去っていく。


 そうして僕はまた自分の世界に入り浸る。


 ホームルーム終わりの鐘が鳴る。


「あ、死んだ」

 僕は手元のゲームオーバーの画面に反射した僕を見てぽつりと言葉を漏らす。


 体育館への移動。

 今日はあとは昼寝をして帰るだけ。



 そして──


 放課後、誰もいなくなった教室で帰りの準備を始める。去年の反省を活かしての待機だ。入学式当日、早く帰ったという理由だけで変な質問攻めに遭い、絶望にさいなまれた僕だ。それはあくまでもその日の翌日の短い間だけであったが、団結力の異様に強いクラスの中で悪目立ちをしてしまった感があり一年間の本気疲れの大きな要因となってしまった。


 外では忙しい部活の音が聞こえてくる。


 帰宅部では無いにしろ、異常に緩いソフトテニス部では始業式早々、午後から部活を始めるなんてことは無い。


 靴箱を出た僕は、前年度で身につけた回避技術より僕は正門方向に対して思考を挟むことなく背を向ける。今は、バスケ部が部活をやっている時間だ。


 僕ははっきり言って苦手なのである、良く言ってクラスで目立っている人間というものは。だから、僕は裏門へ回る。だからと言って、裏門に回ったからと言ってまさか……。


 僕は咄嗟の判断で、思わず体を捻り後者の影に身を潜める。


「せんぱい!」

 裏門近くの階段下から声が聞こえる。明るい茶髪の一目で分かる顔の良い先輩と、温厚そうな顔をした同学年らしいショートの女子。


「私……、先輩のことが好きです!いつも格好良くて優しくて」

 まさか告白に遭遇するとは思ってもいなかったのであった。赤面しながら彼女は言う、近くにいるこちらが恥ずかしくなる。


「大会の時、お弁当も自分で作ってるって聞いてて私も最近料理ハマってて一緒に作りたいなって思って。あとスマホに着いてるストラップって映画の限定のストラップですよね!私、お揃いにしたくて転売ヤーさんとお話しして……ほらここに!……」

 以下略。あまりにも長過ぎる。数十分に渡るフルバージョンは気になる人が居たらでいい。徐々に雲行きが怪しくなっていく。何処から仕入れたのか分からない、その先輩の血液型をはじめとした出典不明の個人情報の数々。うんうんと笑顔で先輩はそれに頷いていく。


 聞いているだけでこちらの気がおかしくなりそうだ。僕はこんな空間を素通りして帰る勇気もまた持ってない。かと言って頑張ってる部活の横を通ることなんて同じくらい無理な話だ。早く立ち去りたいのにも関わらず、後ろの方からは何処かの部活の声とボールの弾む音が聞こえ始める。これが俗に言いう八方塞がりというものなのだろうか。


 暫く様子遠目から終わらないかと見ていると、その先輩と呼ばれる人物にターンが回る。


「そうか……、キミはそんなにボクのことを見てくれていたんだね。それに話を聞いていると分かる。すごく分かる ──をそこまで愛そうと思ってくれるだなんて。本当に嬉しい限りだ。光栄に思うよ」


「ん……?」 

 今なんて言った?あの金髪の先輩。

 確実に恋愛に疎い僕でも分かるぞ。

 スマホを見て、流石に終わったかと思えば碌でもない発言が聞こえた気がした。


「付き合ってください!!」

 だが、彼女はそれを気にしない。それどころか怖いくらい澄んだ瞳で先輩を見つめる。


「いいよ。軽々しくそう答えることは出来ない。でもキミの熱意はボクの心にしかと伝わった。だから、ボクもまたキミのことを愛せるように頑張っておくれよ」

 この流れで振っているのか否かよくわからない返事して、二人は共に歩き出す。

「はい……!」


 そして体感時間数時間に渡る告白はついに幕を閉じた。僕はその二人が居なくなるのを察知してやっとの帰宅への一歩。

「だわっ!?」

 鈍器が頭にぶつかる。なんだ?悲鳴のような声は僕のものではない。攻撃を仕掛けた張本人だ。それにこのスイングの音……。


「ってて……」

 後ろを振り返るとそこには見覚えのあるような無いような女子が一人。僕よりも勿論名前は覚えちゃいない。コナンの第一話かよと、言いたいけれど通じそうにも無いので割愛。


「だっ、だだだだだ大丈夫!?」

 緑のラケットを振り回しながら慌てる少女。セリフと相まって太鼓の◯人をしているようにも見えてしまう。長い結んだ髪が揺れて、肩が揺れて……。そして、近くにいると色々危ない。

「……ああ、はい。だいじょうぶです。さよなら」

 不覚ながら多少の痛みは感じるけれど、流石に命に別状は無いし、それよりも一刻も早く立ち去りたい。


「う、うん、ま」


「あ、ちょっと待って!!」

 僕は腕を掴まれる。急な動きに僕はそのまま引っ張られて彼女とほぼゼロ距離へと。

「もしかしてさっきの見てたりした?」

 耳元でそう囁かれる。

「明日、一緒に登校してくるかな」

 こんな風に続けて。


「れん〜!流石にボール見つかったでしょー!次うちらコートの番だからはやく来て〜」

「あ、うん!分かった!!じゃね!」

 耳元で大きい声でハキハキ返事をするな、と言いたかったがもう遅く、僕は一人、心臓が抜き取られてしまったような感覚で暫くその場で放心してしまう──


 僕は知らない。ある日、僕の世界に生きて13年、たった一人の人間によってその世界が跡形も無く破壊されてしまうというその結末を。

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