永遠の花嫁

恐竜洗車

永遠の花嫁



 結婚式場は来賓客で賑わっていた。広大なホールの中、老若男女が丸テーブルに着き、あるいは立ち上がって、各々とりとめもない世間話に花を咲かせていた。

 その式場の裏で、花嫁はウエディングドレスの着付けを終え、後は登場を待つだけとなっていた。華美な衣装に身を包んだ、青春まっさかりの花嫁。しかし彼女の表情は浮かなかった。

 暗い面持ちでワインを一杯引っかけると、そのグラスに人影が映った。彼女が振り向くとそこには牧師が立っていた。


「こんにちは。何やら浮かないご様子で」


 いきなり現れた上に自分の心理を言い当てられて、花嫁は一瞬おどろいたが、すぐに牧師の慈愛に満ちた眼差しに気づいて、ほっと警戒心をといた。

 この人になら、いろいろ打ち明けても良さそうだ。花嫁は語りだした。


「牧師様、この結婚は、私が望んだものではないのです」


 彼女いわく、この結婚は、婚約者二人の親によって、なかば強引に取り決められたとのことだった。新郎は大企業の御曹司なのだが、彼はたいへん醜い容姿をしており、恋愛というものに無縁だった。一方の花嫁は貧しい家の生まれだったが、たいへん美しい容姿をしていた。そんな彼女が偶然仕事で営業に赴いたのが、新郎の父が経営するその大企業だった。

 父は美しい営業職をいたく気に入った。この女性こそ我が息子の伴侶にふさわしい。そして彼女の両親にアプローチをかけ、あれよあれよと話は進んでしまったのだ。


「こんなこと、私は望んでいません。結婚などしたくない。私はまだ自由に生きたいのです。それに相手の男の、なんと醜いこと。あんな醜悪な怪物と生涯添い遂げるなんて、考えただけでも吐き気がします」


 花嫁は牧師に跪き、涙ながらに訴えた。厚化粧が落涙に崩れる。

 牧師は花嫁の震える淡い肩にそっと手を置いた。そして優しく語りかけた。


「大丈夫です。自分の人生を決めるのは他の誰かではありません。あなた自身のご意志です。それにまだ、チャンスは残されていますよ」


 牧師はいつのまにか大きな花束を取り出していた。花嫁はそれを受け取ったが、その両手には花束のものとは思えない重みがずっしりとのしかかった。


「牧師様、これは……。ああそんなこと、そんなこと私にはできません!」

「いいですか、全てはあなた自身です」


 狼狽する花嫁に最後まで優しく語り、牧師はその場から去って行った。


 花嫁は迷った。こんな結婚はしたくない。しかし自分にそんな大それたことは出来ない。そして迷った末にある答えを見出した。

 彼女はこっそり式場の表にいき、その隅で一人ワインを飲んでいた男に声をかけ、連れ出した。その男は彼女の同級生だった。

 その同級生は学生時代、自分に好意を寄せていたことを、花嫁は知っていた。そこで彼の好意につけこもうと思ったのだ。


「お願い。これを使って、式をめちゃくちゃにして!」

「なんでそんなことを」

「お願いよ! そうすれば私がなにか一つ、あなたの望みを叶えてあげるから!」


 花嫁は花束を男に押しつけた。男の胸にその重みがのしかかった。


 式場はたいそう盛り上がっていた。一足先に新郎が姿を現し、来賓客たちに挨拶をして回っていた。一通り挨拶し終えると、彼は自分の両親のもとへ行った。

 親子の会話ははずみにはずんだ。結婚相手を見つけてくれたこと、あんな美しい女性を伴侶にできること、これからの未来、生まれてくる子供……。ありとあらゆる喜ばしい話題が飛び出てきた。いつのまにか花嫁の両親も近寄ってきて、親族総出で盛り上がった。

 その時、突然式場の扉が勢いよく開かれた。場内の全員が扉の方に注目する。そこには大きな花束を持った一人の男がいた。なにかの演出か? と誰もが思ったが、そんな意識は次の瞬間消し飛んだ。

 男の持つ花束から、無数の弾丸が乱射された。花びらとともに、式場内にたむろしていたいくつもの命が散っていった。胴を貫かれ、頭蓋を割られ、筋繊維をずたずたに破壊され、赤い血しぶきを盛大にまき散らして、踊るように死んでいった。新郎とその両親、そして彼らと話していた花嫁の両親も例外ではなかった。場内にいた誰もかれもが、その飛び散った血痕と肉片を混じり合わせて、鮮血の赤い海の中に沈んでいった。

 花びらは全て散った。花束の中に隠されていた機関銃は、もう露骨にその銃口を現していた。男が無数の死体を無言で眺めていると、開いた扉から花嫁が姿を見せた。


「ああ! やってくれたのね!」


 花嫁は歓喜する。男の手をとり、身体をすりより、猫のように媚びた。彼女は解放の喜びに満ち満ちていた。


「ありがとう! 約束どおり、あなたの望みを叶えるわ!」

「どんな望みでもいいのかい?」

「ええ! 私にできることなら、なんでも!」


 花嫁の言葉に、男はふっと笑った。彼女の身体を抱き寄せ、その胸に銃口を突きつけた。


「じゃあ、僕のために死んでくれるね」


 引き金が引かれた。花嫁は踊り狂い、そして死んだ。白いウエディングドレスに弾痕が刻まれ、赤い血が流れ出るのが、さながら薔薇のつぼみのようだった。


 変わり果てた来賓客たちが転がる結婚式場で、新郎新婦が登壇していた。


「それでは、誓いのキスを」


 牧師が告げると、男は事切れた花嫁にくちづけした。

 こうして彼女は永遠の花嫁になった。





 

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