第01話_Dパート_火星のヤドカリ、航行中

「Good afternoon your heighness!そして、ごきげんよう熊鷹高校の皆さん。今日はわたくし、ミロが火星の都市間クルーザーからお送りしています。」

 

 ミロによる拍手を促すジェスチャーに対して元気な拍手と仕方なくやっている拍手が相混じって聞こえる。


 やや細身の中東系男性だが、妙にテンションが高く、そこに見事な発音の日本語でなんだかちぐはぐだ。


「熊鷹高校の皆さんはこれからグレースカレッジに飛行機で移動になるかと思います。順調に最短経路なら10時間は切るかな?安心快適な空の旅、きっとお楽しみいただけると思いますよ。

 一方、わたくしども火星の民にとって都市間移動はなかなかの大冒険でして、現在乗ってるクルーザーでざっくり一週間くらいかかります。さて、ここからは英語で失礼しますよ。」


 字幕で簡単な補足が入る。

 総走行距離 約2,700km

 平均速度 約30km/h

 所要日数 90時間走行 ≒ 24時間走行であれば3.5〜4日

 停車/整備時間込み 最大6日で完走可能



「この旅の主役は運転手の・・・AI!ジョニーくんですっ」


 火星の運転室内と思しき空間に笑い声が満ちる。


「そりゃねえすよボスぅ~」

「はははカレイ君、運転席のキミの貢献は大変大きい!尊重しているさ。けどね、出資者の皆さんにハイテクアピールせよとのお達しだから・・・って今日は留学生の皆さん向けでした。あははは。

 実のところ何でもかんでもAIといわれる中、自動運転はAIではありません。独立駆動可能なロボットに汎用AIを積むと危ないからね。

 この自動運転システムもあくまでデータを記録していつものメソッドで動きます。勝手に学習していつもと違うコースを走ったり、エネルギーが余ったからってほかの作業を頑張り始めたりはしません。

 一方で僕のカスタムAIはお客さんの気持ちをほぐすため即興で僕と漫才もするし、未知のウイルスなんかが出ても僕と一緒にあれこれ対策を考えられます。」


「もしかして、そのカスタムAIもミロさんが調整しているのでしょうか。」


 エリナがモニタを見つめながら静かにつぶやく。当然だが返答はない。火星との距離は大きく、声が届くまでは比較的条件のよい今回でも5分ほどかかるのだ。


 しかし、現地でも同じ疑問を持った者がいたようだ。


「ドクター・ミロ、医療用AIのチューナーも貴方がなさるんですか」

「ふふん、グッドクエスチョンだ、レヴくん。だが、既にユリシーズ地溝帯脱出で力を合わせた僕らにドクターは余計かな。このクルーザーに乗ってしまった時点で運命共同体、できることはなんでもやって全力で生き残るんだ。ドクターもカーペンターもないよ。」

「Yes, we are! All for the cruise! All for the survival!」

 ミロの返答に色黒の南国風の顔だちをした兄弟が合いの手を入れる。


「LISAでは分業がしっかりしていて、あまり意識しなかったかもしれないけどさ、戦場、ド田舎、火星では、できることは何でもやらなきゃいけない。医者がAIチューナーの真似事もやるし、土建屋さんが看護師になったりする。

 ねえ、マヌ君」

「イェア!この前も整地手伝ってくれてさ、レヴ兄弟だぜっ」


 しかし、この色黒の二人、リアクションが大きい。多少の作業を席で行うことを考慮してかそれなりに広い車内だが、ミロが振り返ると格納庫らしき壁を背景に変な角度で腕や足が映り込む。


 そして視界の隅にはマイペースに祈りをささげている白人中年と適当に合いの手を入れているアラサーと思しきこれも白人系の男性。


「では、簡単ですが今回の搭乗者を紹介しましょう。グレースカレッジの皆様にはお馴染み、レポーターのわたくしミロ。重機と爆破と電気工事が得意なサモア系ツインズ、カレイとマヌ。あとは──」

「整地と配線、両方いけるぞ」

 カレイが片手を上げる。

「重機の修理・建材の溶接も俺たちの出番さ」

 マヌが自慢げに付け加える。


「そして今日のゲスト、ユダヤ系の電装エンジニア、ギデオンさん。後ろで祈ってるのがラビのシュロモさん。今回はエクソディーンまで、思想とケーブルを一緒に運びます!」


 解説字幕がエクソディーンについて補足する。イスラエルが主に出資している火星基地で、ミロの所属する医薬品生産業者も基地内に間借りして拠点を運営しているとのこと。



「おや。ご質問ありがとうございます。熊鷹高校から秋月エリナさん。なになに・・・おお、レヴ君がもう聞いてくれてるね。AIチューナーのことでした。

 そうそう、当方使用中の医療用AIはグレース・カレッジ様協賛のロイヤルチューニング済みの素敵なアシスタントです。質問グッジョブレヴ君。協賛者様を忘れずアピール、グッジョブぼく。

 そんなわけで火星の流儀にもちょっと触れたし熊鷹高校の皆さんに現在僕たちの乗っている、火星の誇る都市間運搬車にして工事車両、ハーミットクラブくんを紹介したいと思います。

 というわけで早速、相乗りだけのお客様を許さない火星の流儀で、レヴくんおねがいしまーす!」


 一瞬戸惑うレヴ、しかしミロの方へ向き直り、解説を始める。覚悟が決まったのか、事前の打ち合わせがあったのか、意外に澱みはない。乗り込むからには予習を十分してきたのか、

 それとも呑み込みは良いにしても裏でミロが上手く補助しているのだろうか。


 もともと地球での物資運搬船を火星用に転用したため、過積載にも耐えるが見た目はごつい。

 2本のクレーンは積載作業用でなく、転倒・スタック時に“自分を掘り起こす”ための自己復旧装置でもあるいった由来や機能に始まり、機械的な諸元を説明していく中で、

運転室から続く乗員室までのブロック、クレーン、そして着脱可能な運搬ブロックがついていてその中にカプセルホテル的な居住ブロックもあるらしい。ヤドカリの由来分かったところで、予定されていた時間となりミロの挨拶で締めくくられた。


「それではみなさん、よい英国留学を。そして、次回も私たちの冒険にお付き合いと、出来ればささやかでもいいのでご支援、いただけたら嬉しいです。それではご機嫌よう」


 冒険、と言った。

 エリナの過ごす整えられた現実と全く違う、生存をかけて駆け回る日々。それは社会の枠組みで囲みに囲まれる学校生活から見て、まさに別の星の日常だった。

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