第4話 裏切りの理由

 騎士団庁舎の一室。三年間住んでいた部屋を思い出に浸りながら片付ける。


 机の引き出しにはボロボロになったノートが数冊。表紙は擦り切れ、角はめくれあがっている。中には自分の筆跡でびっしりと書かれた指導案や、それに対するみんなの反応が記したメモが現れる。

 指導案に対して部隊長と衝突したこともあれば、素直に受け入れてもらった時もある。頑なにオレの指導を拒否していた団員が、いきなり頭を下げて鍛えなおしてほしい、とお願いしてきた時は驚きと同時に認めてくれているんだと嬉しくなったものだ。


 中身が半分ほどの酒は八番隊と飲んだ時の残り。


 鞘に納められた短剣は、任務中に死んだ仲間の形見。


 どれも思い出の品で、片付けるには時間がかかり過ぎる。


「早くしろよバカ」


 感傷に浸っていたオレにそんな言葉を浴びせてきたのは扉に寄りかかっているバッツ。下手を起こさないように見張っているのはいいが黙っていて欲しい。三年間過ごした場所から追い出されるんだ、少しぐらいセンチメンタルな雰囲気させて欲しい。


 本音を言えば暴れまわって騎士団を無茶苦茶にしたい。だが、部屋の外には六番隊の騎士達が取り囲んでおり、すぐに鎮圧されるだろう。何かが起きて全員ボコボコに出来たとしても、いま以上に立場を悪くするだけ。追放どころか軟禁されて終わり。


 今回の件、オレが指導していた騎士団の成果に関しては納得していないし、バッツが言っていた依怙贔屓も、勘違いしているか、ただの言いがかりだとしか思っていない。


 しかし、騎士団長と教官長、それに部隊長が何かしら企んでいるのだとしたら、オレはそれに抗うすべはない。


「手が止まってんぞ。俺様も暇じゃねえんだよ雑魚」

「わかってるよ」


 抗わないから少しぐらい融通を聞かせろ、と言っても無駄だろう。さっさと荷物整理を終わらせ部屋を出る。辺りを見渡すと、姿は見えないが刺すような視線を感じる。六番隊は肉体集団。隠密なんて出来るわけないだろうに。


「ほら。早くいけ」


 背中を蹴り飛ばされた勢いで、そのまま歩き出す。人払いでもしているのか、庁舎を出るまで誰にも出会わなかった。いつもなら誰かしら訓練している中庭にも、いまは鳥一匹いない。


「用意周到なんだな」

「今更俺を持ち上げたところでお前の追放はかわらねえぜ?」

「知ってるよ」


 言葉短く返し、庁舎を出る。


 気分が悪いのに、今日も王都は活気と喧騒に満ちていた。石畳の道の両脇には色とりどりの店が軒を連ね、香ばしいパンの匂いや、香辛料の刺激的な香りが風に乗って漂ってくる。露天の商人たちは大きな声で商品を売り込み、旅人や地元の人々が行き交う中、楽師の奏でる軽やかな旋律が街角を彩っている。


「憎たらしいな」

「自業自得で追い出されたんだ。民に当たるなよ」

「……悪い。オレは器が小さいんだ。許してくれ」

「許さねえよ、雑魚がよ」


 いちいち突っかかってくるなよ、面倒な奴。それに、憎らしいと言ったは賑わっている街に対してじゃない。高圧的に仕掛けてくるバッツに言ったつもりだったんだが、どうやら気付かなかったらしい。


 そんなこんなで馬車が並ぶ王都の外れまでやってきた。これからどうしようか、どこに行こうかと悩んでいると。


「お前に選択肢なんてあるわけねえだろ?出発時間が近いのに乗るんだよ!」


 冷たい空気が背中に触れる。その感覚に反応し、身体を前に倒して背後の蹴りをかろうじて避けた。そのまま身体を反転させて、バッツと対峙する。


「最後なんだから聞かせてくれよ。オレを追い出す理由を」

「なんだ突然」

「王都からの追放と、金輪際お前らとの接触の一切を禁じられたんだ。もう会うことはないんだし、いいだろ?」


 最後に、これぐらい聞いても罰は当たらないだろう。

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