第10話 タマエの退部

 お父さんはぎっくり腰の後の無理がたたってついに入院してしまった。私は農繁期のうはんきが終わるまで中学を休学すると言って母にしたたか叱られた。でも私だって高橋農園の一員だ。発言する権利はある。

「そやかて、どうするつもりなん?」

「アルバイトの人を雇うからあんたは心配いらん」

「今どきアルバイトなんて雇ったら自給高いし、採算とれんって父さん、言ってたやん!」

 お母さんは痛いところを突かれた顔をして一瞬言葉に詰まった。家の事情を理解している娘は頼もしいが、こんなときには一番やっかいな相手となる。

「タマエ。家のことを心配してくれるのは嬉しい。そこまで心配してくれてほんまにありがたいって思ってる。でもな、家業のためにお前に学校を休学させるなんてそれこそ本末転倒や。私らはあんたらの親や。あんたや真治を養うために私たちは働いているんや。そやから、心配するなとは言わんけど、私たちを信じて欲しい」

 お母さんはじっと私の目を見つめてそう言った。これ以上言いつのったら返って両親を傷つけてしまうことになると多真恵たまえは直感的に理解した。

「分かった……」

 不承不承ではあるがそう言うほかなかった。

 

 休学することは諦めたが、多真恵たまえは部活を辞めることにした。学校から帰って夕方ちょっとの間だけでも畑仕事のお手伝いができる。少しでも両親の助けになりたかった。そう決めた翌日、多真恵たまえは顧問の吉田先生に退部届を提出した。

 


「わあ! タマちゃんってトラクターも運転できるん? すげー、すごすぎる! めっちゃかっこいい!」

 日曜日の朝、私はトラクターに乗って田植えに備えて「代掻しろかき」しているところだった。

 「代掻しろかき」とは、田植え前に田んぼの土を均平にして苗を植えやすくするための作業である。田んぼに水を張って土を砕き、かき混ぜて表面を平らにすることによって水深を一定に保ち苗の生育環境を均一にするのである。

「こんなの誰でもできるよ」

 そう言いながら首に巻いたタオルで汗をぬぐう。おっさんくさいけどこれが一番実用的なスタイルなのだ。

「いやいやいや! 田舎の子、最強やん!」

 三奈は目をキラキラさせて多真恵たまえを見た。

 


「タマちゃん、バドミントン部辞めるってほんと?」

 作業が一段落してトラクターから降りた私に三奈が話し掛けて来た。やっぱり、その話だよね。

「うん…… 吉田先生に退部届出した」

「先生、何て?」

「別に何も……」

「そんな…… ほんなら私のペアはどうしたらええん?」

「中山さん、とかええんとちゃう? あの子、めっちゃ上手いし、ペア組んでないし」


「私、まともに部活できてないし、全然うまくならないし。だいたいスマッシュも打てないようじゃさ。私とペアじゃミナに悪いって前から思ってたんだ」

 それを聞いた三奈の目がすっと細められた。私は慌てて付け加えた。

「ミナだったら中山さんとでもちゃんとペアやれるって思う」

「本気で言ってんの?」

 三奈の声音こわねが低くなる。こんなドスの効いたような声で睨みつけて来る三奈を私は初めて見た。思わず引きそうになったけど私だって一生懸命に考えた上で出した結論だ。引き下がるつもりはない。

「うん」

 私は三奈の目を見つめ返してそう言った。三奈は「ふうー」とため息を付いて諦めたように肩を落として俯いた。

「分かった……」


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