第8話 ガット・カット
ラケットを入れたケースが開いている。それにラケットが上下逆さまに突っ込まれている。絶対誰かが取り出して戻したことは明らかだ。私は嫌な予感がしてケースからラケットを取り出してみた。
ラケットのガットが、切れてる。ううん、切られてる。
唖然とラケットを見つめる私を不審に思って近づいて来た翔子がそれを見咎めた。そして、
「ひかり先輩にガット張りお願いしよう。私、予備のガット持ってるから、とりあえずそれ使っていいから」
そう言うと私の腕を取って強引に2年生の教室へと早足に引っ張って行った。
ひかり先輩はバド部内の希望者のガット張りを請け負っている2年生の先輩だ。報酬は食堂のA定食の食券1枚。A定食は1食400円だが10枚綴りで購入したら11回分の食券が買えるから実質は400円よりいくぶん安い。ショップで張ってもらったら1000円以上は取られるからひかり先輩にお願いした方が各段に安い。おまけにお願いしたら翌日には出来ているという速さ。しかも各自のレベルに会わせて適切なテンションで張ってくれるから素人の1年生にはありがたい。いいとこづくめなので、1年生は
2年生の教室でラケットをひかり先輩に差し出しながら私は切られたガットは取り除いておくべきだったと後悔した。ひかり先輩は自然に切れたものではなく人為的に切られたものであることを見て取った。
「これ、誰かに切られた?」
「たぶん。でも確証はないので……」
「ふーん…… 放課後までにはやっとくよ」
ちょっと眉を
そんなことがあった翌日のことだった。昼休みが終わって5時限目開始の予鈴がなった。校庭で遊んでいた男子も教室に戻って来て、みんな自分の席へ着いたところだった。前の扉がガラっと開いて先生が、って思いきや女子学生が入ってきた。みんなの目が教壇に立つ女子学生に釘付けになる。 あれ? ひかり先輩? その後ろにいるのは早苗先輩。なんで!? 一部の女子が騒いでいる。たぶん、ひかり先輩のファンの子たちだ。長身でショートヘア、きりっとした目鼻立ちでちょっと中性的にも見えるひかり先輩は、女子、ことに下級生女子に絶大な人気があった。
ひかり先輩が静かに口を開いた。一瞬にして静まりかえった教室にその声は響き渡る。
「高橋タマエのラケットのガットを切った奴、よく聞け。バドミントンをする者にとってラケットは命の次に大事な物だ。お前は高橋タマエだけじゃなくてこの学校のバドミントン部全員を敵に回したんだ。誰かは知らない。でも見つけたら許さない。よく覚えておけ。以上だ」
そう言うと2人はさっき入ってきた扉から出て行った。扉のところで我がクラスの担任の鈴木先生と鉢合わせした。ひかり先輩、早苗先輩は軽く頭を下げて急ぎ足で去って行った。ちょっと驚いた顔で2人を見送った鈴木先生は教室に入って教壇に立つと、いつになく静まり返ったクラスを怪訝な顔で見回した。
鈴木先生はそれで(ひかりの奴、何かやらかしたみたいね)と察してちょっとほくそ笑み、いつも通り授業を始めたのだった。
私はその話を放課後の部活で三奈に話した。
「あのときのひかり先輩、まじ迫力あった。声が怒ってるなんてもんじゃなかったよ!」
その場にいっしょにいた翔子も言った。
「ひかり先輩のラケット愛ってバドミントン・ファミリーなんかとは次元が違う気がする」
私と三奈は力強く頷いた。
そんなことがあって以来、私へのあからさまな嫌がらせは嘘のように影を潜めた。私に嫌がらせしてた子たち、ひかり先輩のファンだったのだろうか。誰だったか見当は付いてるんだけど。でももう蒸し返す必要もないだろう。
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