第4話 自主トレ

 5月。今年も玉ねぎの収穫シーズンが来た。休みの日は一日中畑に出る。世間はゴールデンウイークなんて言ってるけど多真恵たまえのような農家には関係ない。学校が休みになるからその分家業を手伝えるのがありがたいくらいだって多真恵たまえは思っているが、同じ農家の子には年がら年中休みがなく、旅行に連れて行ってもらったことがないって文句を言う子も多い。


 三奈も日曜日には手伝いに来てくれる。三奈いわく、

「私もタマちゃんみたいに凄く速いフットワークできるようになりたい。だから玉ねぎ収穫で大腿四頭筋だいたいしとうきんを鍛えるねん。お手伝いしながら筋トレできるって一石二鳥やん」 なのだそうだ。


 多真恵たまえは正直そんなことを考えて農作業をしたことはなかった。三奈の前向きな思考には頭が下がる。そんな風に言われるといつもの農作業がなんだかバドミントンの筋トレしてるみたいな気がして楽しい気持ちになってくる。今までだって別に嫌だって思ったことはなかったんだけど。


 そんなある日、多真恵たまえは産直所の柱の間に梱包用のナイロンひもを153cmの高さで張った。

 その紐から約2m離れたところに石を置く。その位置からバックハンドでシャトルを打つ。紐の上すれすれを通過して向こう側約2mのところに置いた石を少し越えたところにシャトルが落ちるように何回も繰り返す。サービスの練習である。

 バドミントンはシャトルを打ち合う競技である関係上、少しでも風があるような野外で出来る練習には限りがある。でも多真恵たまえのように工夫をすればできる練習だって結構あるのだ。

 

「やあ、タマちゃん。やってるねえ!」

 日曜日。三奈がラケットを持って自転車でやって来た。二人で互いにネットに見立てた紐を向かい合わせに挟んでサービスの練習をする。二人だとヘアピンの打ち合いの練習をすることもできる。


 それをみた近所や野菜を買いに来てくれたおじさんやおばさん、おじいさん、おばあさんが声をかけてくる。そりゃそうか、こんなとこでなんか変なことやってるんだもん、目立つよね。


「儂も昔バドミントンやっとったんじゃ。懐かしいのう。フットワークが肝心なんじゃよ、こうやって…… おわ!?」

「おじいちゃん!」

 周囲の全員の声が重なった。フットワークを披露しようと後ろ向きに下がろうとしたおじいさんが地面でつまずいて転んだのだ!

 その場に居合わせた全員が騒然となった。でも結果、大事はなかった。よかったー。後ろ向きに転んだから地面に頭をぶつけたり腰を打って骨を折ったりしたら大変だもん。


 みんな引き上げて誰もいなくなったところで三奈が吹き出した。

「あはは、面白い! ご近所さんとかお客さん、みんな仲良しって感じでいいなー」

「ご近所さんはともかくここでお店番してて顔見知りになった人とかいるし。無人にしてたら知り合えない人たちもいると思うんだ」

「うん…… そうか、なるほどね。タマちゃんがここで店番してるのって営業でもあるんだね」

「そんな大層なもんじゃないけど…… 家で作ったお野菜、どんな人が買ってくれるのかなって。前に買ってもらったお野菜はどうでしたかって顔を見て話したいなって思うんだよね。お金だけ入れてもらうのってちょっと寂しいじゃん?」

「うちはご近所さんなんてお隣と向かいくらいしか知らないよー。それも挨拶する程度だし。こんな感じ、いいなーって思う」

「そうかな? 私は小さい頃からこんな感じだからよく分かんないけど…… でもさー、何でもすぐ伝わっちゃうって嫌なこともあるんだよ。どこの誰それに彼氏が出来たとか、どこそこのおばあちゃんが痴呆になったとかって」

「わー、それも分かる。ご近所付き合いが濃いのって諸刃の剣だねー」


「タマちゃん、部活がお休みの日曜とか祝日とか、夏休みの部活の休止期間とかって練習できないじゃん? H市バドミントン連盟っていうのがあるらしいんだ。会費さえ払えば誰でも参加できて、体育館でシャトル使って基礎打ちや練習試合やり放題らしいんだよね。ねえ、うちらも参加しない?」

「うち、学校が休みの日は畑の手伝いあるから無理、かなあ……」

「そうか…… うん、まあ、しゃーないなあ」


 三奈はバドミントン連盟に参加して部活がない休日も練習を積んでいるらしい。

 三奈、シャトルのハンドリング随分と上手くなった。フットワークも完璧だし。見えないところでめっちゃがんばってるんだろうな。なんかペア組んでて私、足引っ張ってばっかりな気がする。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る