それは'あい'なのか

弥彦乃詩

序章:日常の終わりと亀裂の予兆

1. 幼馴染の絆と変わらぬ日常

春の陽光が、真新しい大学のキャンパスに降り注いでいた。新緑が目に鮮やかな並木道を、俺、悠真と、隣を歩く幼馴染の美咲は、他愛もない会話を交わしながら進んでいた。幼稚園の頃からの付き合いで、物心ついた頃にはもう互いの存在が当たり前だった。まるで、呼吸をするのと同じくらい自然なこと。


中学二年生の時、俺たちは恋人になった。告白なんて大層なものはなく、いつの間にか手をつなぎ、いつの間にかキスをするようになっていた。高校入学前の春休み、初めて美咲の温もりを肌で感じたあの日から、俺たちの関係は、もはや言葉では言い表せないほど深く、確固たるものになっていた。


「ねえ、悠真。今日の新歓コンパ、本当に一緒に行けなくて残念だね」

美咲が少し寂しそうに、しかしすぐに気を取り直したように言った。

「ごめん、美咲。どうしてもバイトのシフトが動かせなくてさ。でも、美咲は楽しんでこいよ。俺の分まで」

俺は美咲の頭をくしゃっと撫でた。美咲は少し頬を膨らませたが、すぐににこりと笑った。

「うん、わかった! じゃあ、私、行ってくるね。悠真もバイト頑張って!」


美咲の笑顔は、いつだって俺の心を温かく照らしてくれる。彼女が隣にいることが、俺の日常であり、俺の全てだった。同じ中学、高校、そして大学へと進学した俺たちは、これからもずっと一緒にいるのだと、疑いもしなかった。この平穏な時間が、永遠に続くものだと信じていた。


2. すれ違う予定と新歓コンパの夜

その日の夕方、俺はいつものカフェでバイトに勤しんでいた。コーヒー豆の香りが漂う店内で、忙しく動き回りながらも、俺の心はどこか落ち着かなかった。美咲は今頃、新歓コンパで新しい友達と盛り上がっているだろうか。酔っ払って、誰かに絡まれていないだろうか。そんな、ありもしない不安が頭をよぎる。しかし、すぐにその考えを打ち消した。美咲はしっかり者だし、何より、俺たちの絆はどんな困難にも揺るがないはずだ。


一方、美咲は大学近くの居酒屋で開かれている新歓コンパに参加していた。初めての一人での参加に、美咲は少し緊張していた。テーブルには、見慣れない顔ぶれが並び、皆が楽しそうに談笑している。

「美咲ちゃん、こっちこっち!」

テニスサークルの幹事長を務めるという、大学三年生の間男が、美咲に手招きした。彼は、人当たりの良い笑顔と、どこか人を惹きつけるような雰囲気を持っていた。

「あ、はい!」

美咲は促されるまま、彼の隣に座った。


「美咲ちゃん、お酒強い?」

間男が、にこやかに美咲にグラスを差し出した。

「いえ、あまり飲んだことがなくて…」

美咲が戸惑いながら答えると、間男は「大丈夫、大丈夫! これはジュースみたいで飲みやすいから!」と言って、美咲のグラスに透明な液体を注いだ。それは、カクテルの一種だったが、美咲にはそれがどれほどのアルコール度数を持つのか、全く分からなかった。


3. 飲み慣れない酒と忍び寄る影

美咲は、勧められるままにそのカクテルを口にした。確かに、甘くて飲みやすい。まるでジュースのようだった。周りの学生たちも次々とグラスを空にしており、美咲もつられてペースが上がった。普段あまりお酒を飲まない美咲にとって、そのカクテルは想像以上に効いた。


次第に、美咲の頭はぼんやりとし始め、視界が揺れる。周りの声が遠のき、体が熱くなるのを感じた。

「美咲ちゃん、大丈夫? 顔、真っ赤だよ?」

間男が心配そうに声をかけてきた。美咲は、呂律が回らない口調で「だ、大丈夫です…」と答えるのが精一杯だった。

「無理しなくていいから。ちょっと外の空気吸いに行く?」

間男はそう言って、美咲の腕を取り、席を立たせた。美咲は、彼の腕に支えられながら、ふらふらと店の外に出た。


夜風が心地よく、少しだけ頭がすっきりしたような気がした。しかし、足元は依然としておぼつかない。

「もう遅いし、送っていくよ。近くにホテルがあるから、そこで少し休んでいこうか。落ち着いたら家まで送るから」

間男は、優しげな声でそう言った。美咲の意識は朦朧としており、彼の言葉を深く考える余裕はなかった。ただ、彼の優しさに身を任せるしかなかった。美咲の脳裏には、悠真の顔がぼんやりと浮かんだが、それを呼び止める力は残っていなかった。間男は、美咲の体を支えながら、ゆっくりと夜の街へと歩き出した。その背後には、煌々と輝くネオンサインが、不穏な光を放っていた。

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