第20話、神殺し


「なぜここに、なんてありきたりなことを聞いておくべきでしょうか」

「……」



 狂気的な瞳をした夢香へ、そんなことを問いかける。

 なんとなくだが、こうなるのが見えていた気がする。



「だっておかしいじゃない」



 それは嫌悪。現状に対するどうしようもない拒絶の想い。



「らいかは私の彼氏なのに、なんで急に浮気するか。

 少しは考えたことある?」

「いいえ、答えを求める必要がない問題に頭を使うことは避ける主義ですので」



 浮気、きっと彼女の中ではそうなっているのだろう。

 だからこそ、不快感がにじみ出る。



「それに、その問いの答えを得るだけの情報は持っていません

 会うのが二度目のあなたのことを、私は知らない」



 そして、この気持ち悪い生き物に対する嫌悪が止まらない。



「調べれば分かることだとしても、それに労力を割けるほど、私には余裕はないんですよ」




 腕をゴキリと鳴らし、殺そうとした瞬間。



「(––––––この神威)」



 どこかで、らいかが神威を放ったのが分かった。

 おそらく、新宿でドラゴンを殺したのだろう。



「……今の、は」



 夢香がぽつりとつぶやき、明後日の方角を見つめる。

 私も、遠くで、らいかが古竜を潰したのが分かった。



 今のに気付けたということは、間違いない。



「(加護の存在を、知覚してる。

 やっぱり––––––彼女は、誰かの指金みたいだね)」



 何故、記憶が戻っているのか。

 その原理まではどうでもいい、ただこれが誰かに選ばれた結果だと分かった––––––もう、逃がすわけにはいかなくなった。



「加護を使うたびに……全盛期のらいかに戻ろうとしてる」



 そして、私はこいつがこれからどうなるのか、薄々わかっていた。



「身体…凄い筋肉質だったでしょ」



 それは、彼の全盛期の肉体に近づけようとしているから。




「私もね」



 だからこそ、こいつはここで壊す。

 加護使いはまだ間に合うときに殺しておいたほうがいい。



「少しずつ、精神が不安定になってるのを感じる。

 私の加護は、私のそういった〝壊れかけの情緒〟を全盛期と、判断したの」



 心に殺意と、ぐちゃぐちゃになった情緒が溢れ始める。



「この身体はもう、成長しない。

 きっと百年先も、この身体が維持される」



 そして、それこそが呪いであり祝福。

 ドロドロと、殺意に満ちた情緒が、魔力となってあふれ出す。



「あなたもそう」



 この人間の、何を全盛期と定義されるか、そんなことはわからないが、どうしようもないことは分かる。


 身体にへばりつき、黒いコートへ変質する。



「そのままだと、その黒い衝動を、これからずっと抱えることになる」



 瞳が深紅に染まる。



「その力が種子であるうちに、破壊する」



 そして、身体中に傷が浮かび上がる。






「久しぶりの、この格好だ」





 漆黒のドレスに、片目を覆いつくす深紅の包帯。



「あな、た、は」

 


 この名を使うのも、本当に久しぶりだよ。



「私か、私は」



 腕に巻かれた血に染まった包帯、指など何本残っていたか定かではないが…加護はそこまでは奪う気はなかったのだろう。



「悪役令嬢––––––」



 嗚呼、殺意が、煩わしい––––––



「アラストール・レヴァンティア。

 ––––––神殺しなどと呼ばれているよ」



◆◆◆


 ふら、ふらとする夢香が私に震える声で問いかける。



「来夏のなんなんですか」

「らいかの幼馴染、とでもいうべきだろうか」



 あれ、なら君は、なんだったっけ?



「私は来夏と幼い頃からずっと一緒に居たんです」

「私もです、奇遇だな」



 同じ時間過ごした君は、なぜこんなにも違うのだろうね?



「ま、毎朝手握って登校」

「毎日おはようからおやすみまで一緒だ」




 ––––––くだらねえよ、何もかも。



「っ」


 歯噛みするように、表情をゆがめる。



「認めないっっ!!!」



 そう叫びながら、ナイフを取り出す。

 きっと、私を殺せば元通り、なんて思っているのかもしれない。

 それほどまでに、彼女の瞳は狂気に満ちている。



「例えばお前が傷付いたとしても来夏は私のことが好き」



 ナイフの切っ先を向けて、そう宣言する彼女はどこまでも壊れていた。



「くじけそうになった時も私のことが好き」



 まるで歌のように、自分が好かれていると思い込む。



「必ず来夏が側にいて支えてくれて私のことが好き」




「そうじゃないとおかしい、何もかもがおかしい」



 頭をがりがりと書きながら、夢香は目の前の状況を否定し続けた。



「世界中の希望を乗せた来夏は私のことが好きッッ!!!」


「あああああああああああああああああああああッッ!!!!!!

 今未来の扉をアケルトキイイイイイイイイイイイ」



 


「…」



 瞬間、向けられたナイフが真っ黒に染まり、灰のように空気に溶ける。



 浴びせられればその人間に何かしらの精神的な欠損を与える。



「透けていたよ、君の思考が」



 雷鳴を纏う、右の瞳の奥底に〝逆様の十字架〟が浮かび上がる。



「きっと、私によく似ていたから、そう思ったのかもね」



 嫌悪が溢れる、大地が養分を喰い殺されるように灰色に変わる。


 憤怒が滲み出る、周囲に精霊が浮かび旋回する。




「だから、この末路も必然なんだよ」




 世界が、彼女の怒りを知る。


 殺意一つで雷鳴を呼び起こす、超常の存在、それが神坂雫という少女である。



「らいかを戻そうとしたの……きっと、愛玩だけじゃないよね?」




 周囲にばら撒くように資料を空へ投げる。



「鍛治神ノ加護…らいかは不貞や、肉体関係に携わる裏切りに対する激情を強く嫌うんだよ。

 らいかの動揺が酷かったから、彼には悪いけれど少しだけ調べちゃった」



 床にいくつかの資料が散らばる。

 それはらいかが家にいたとき、何がされていたのか。

 何が起きていたのか。



「あなた方は…らいかの冤罪の真犯人と、その不良仲間と〝そういうこと〟をした…」



 資料の一枚に、写真が添付されている。

 見るだけで気色悪くて仕方ない。



「らいかに、どうにかしてもらおうとしたんだ」



 近くに落ちた資料を踏み潰すように足蹴にする。



「お腹の赤ちゃん、誰のものにする気だったのかな」

「.……」



 資料が漆黒に染まり、灰のように散り散りになる。



「嗚呼、そう…托卵する気だったんだ。

 確かにらいか、お義父さんの職場でアルバイトして、将来それを期待されてたもんね」



 その思考回路、逃げに走るのは人間の本能だ。

 それ自体を否定する気は毛頭ない。



「別に、騙されるのはいい。

 冤罪事件で幼馴染を信じられなくなるのも分かる」



 だから、それ自体に罪はない。



「快楽から平気で身体をゆだねるのも、セックスで子供ができるのも分かる」



 人の恋愛は自由なのだから、きっとそれだけでは私は怒らなかった。



「––––––それに、私の、らいかを巻き込んでんじゃねえよ」



 そこが、怒りの原点なのだろう。



「別に、らいかを巻き込むのもいい…けど」



 己のために誰かを不幸にする、それもまた一つの選択だ。

 私が今、それをしようとしているのだから、否定する気にもなれない。



「彼を巻き込んだら、当然、彼の仲間は殺意を覚える。

 つまりそういうことだよ、これは」



 なら当然––––––その選択を行うだけの覚悟があるのだろう?




「う、うるさい!!

 犯罪者の子供を妊娠してるなんて周囲に知られたらなんて思われるか…!」



 ————嗚呼、不快だ…駄弁を述べるしか脳のない蛆虫ならば、最早構うまい。



「––––––不快だな」

「っ!?」



 困惑する女に、不快感が止まらない。



「不快だと言ったんだよ、耳にも蛆が沸いてやがるのか、愚図」




 放たれる暴威、顔面に捩じ込まれたそれは前歯をぶっ壊し、二、三回空中を回転しながら近くのゴミ捨て場に顔面ダイブをさせるに至る。









 加護の種子、それがある以上、こいつは逃がさない。

 加護がはがれるまで殺し続けて・・・・・取り除く。ゆえに




「————迷子のアリスは、外にいた」




 ––––––真理の加護が、浮かび上がる。


 空間そのものの転移、家の前から駅前の広場へ瞬間的に移動する。



「————この場所に人はいなかった」



 私たちの登場にざわつく周囲の人間を、即座に消す。

 全員、どこか遠くに離れていく。



「————世界は初めから、夜であった」



 時間そのものを支配する超越魔法。

 右目に浮かんだ逆さの十字架が、瞳の奥で殺意と呼応するように輝く。

 



「世界に音は届かない、世界に傷は届かない」



 空間隔離、駅前広場は異空間へと変質し、外界とは隔絶させたものとなる。



「空は原初より、大地である」

「ひっ、あ、あ、ああああああああああああああああああああ」



 ––––––重力操作。

 空と大地に働く重力がさかさまになる。


 それに耐えられず、夢香は即座に、自分がどうなっているかすらわからず空へ落下・・・・し続ける。




「夜空に堕ちて————そのまま消えちまえよ」



 空に落下する絶望、それを味わいながら、宇宙空間で窒息死すればいい––––––そして、無重力の世界で殺されてから



「我が世界に神は無く————故、世界は世界へ到達しない」



 事象の否定、その究極。



「————世界を書き換える真理へ到達せよ



 ––––––時間の書き換え。


 それにより、死ぬ前の状態に戻り、失禁している夢香がその場に現れる。



「え。ぇ、え…え…?」


 何が起きているか、わからないだろう。だが、それで構わない。



「雷鳴よ、我が身に宿て神となれ」



 そのまま、殺されてくれ。



「〝この光はきっと、神にだって届くから〟」

「ちょ、ま––––––」



 空から放たれる超熱量のレールガン、それにより夢香の延ばされた腕以外のすべての部分が消滅する。



「プログラム・ゼロ」



 これだけで済ませると思うな、殺されても殺す、それだけの殺意が渦巻いていた。


機神駆動エクス・マキナ・逆行する世界for,while



 だから、また時間を巻き戻す。

 記録された瞬間まで、ロードするように世界は巻き戻る。




「嫌悪、おいで」



 腕にどす黒い瘴気があふれ出す、それは嫌悪に呼応するように何もかもを強化する、単純な個の究極。



「〝殺す、唯殺す。

  殺意と嫌悪を撒き散らす〟」



 指をはじくように、人差し指を親指で抑えて


「〝この嫌悪は、神さえ殺す悪意となる〟」

「ぁ、ぁあ、ぁ」




 パァンッ!! 指をはじいただけであらゆる臓物をぶちまけながら絶命する夢香。



「この世界を嫌悪する」



 頬にこべりついた血と臓物を不快に思いながら、その世界そのものを破壊する。


 定められた時間を破壊する〝概念の殺害〟により、世界は巻き戻る。




「優しく気高い、飢餓の姫君…」



 飢餓の力が、瞳に宿る。



「〝私はきっと、世界そのものを喰い殺してしまうから〟」

「ぁ、ぁあああああ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁ!!!!」



 超高濃度のエネルギードレイン、夢香は生きたままミイラ化していく。肌が植物のように変色し、絶命し––––––



「時空暴食・時計の針は蟲に喰まれる」



 まだ、死なない。

 時間を食い殺す。膨大すぎる魔力が体内に蓄えられる、世界の時間そのものを食い殺す所業は再び、夢香の蘇りを成し遂げる。



「神に届かんとした気高い狼、汝の咎を今こそ放て」



「天を穿つ咆哮よ、我が憤怒となりて神殺しを成し遂げよ」



 


「〝我————神へ至らん〟」



 手刀を放ち、瞬間、何をされたかもわからず爆散する夢香。

 臓物をぶちまけながら肉塊になるそれを、許そうとは思えなかった。



「超越する世界・《エクストラドライヴ》時を置き去りにせよ《タイムパラドックス》」



 時間そのものを超越する神速、それはタイムマシンの真似事すら可能とする。



「〝苦しまないで、泣かないで〟

  〝側にいて、抱きしめる〟」



「————」



 そしてこれが最後、加護は壊れ、失禁し、自我が壊れ、糞を漏らしている彼女に、同情はしない。



「〝きっと、これは恋だったんだよ〟」



 腕に紋章が浮かび上がり、それを自らの胸に当て————斬り放つ様に振り翳す。




「————略奪忘我・最終段階エクストラ神造兵装イグジステンス



 黒い、黒い何かが這い上がる。



「貴様は…彼を刺した。

 彼は気にしていない、彼の傷は癒える、彼は涙を流さない、なればこそ」



 これこそ最強、これこそ至高にして最悪の悪夢。



「私が怒り、私】が傷付き…私が泣こう。

 誰【に頼ま【れたわけ】ではない、【そうし【たいが故【に、】私はそれを成そう】



 ————あの日の覚悟は、未だ病み続けている。



「【————冒涜゛神■話゛】」




 ————神殺し、そう呼ぶに相応しい赫怒を滾らせた。

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