第18話、竜王墜落

◆◆◆




 屈辱だ、屈辱でならない、



 奴はどこだ、忌々しいやつはどこだ。


 奴におられた、奴に潰された、奴に、奴に、奴に奴に奴に奴にッ!!!





【君のその執着、つかえるかな、つかえるかもしれない、つかえるよね、つかえる、つかえないわけがないだろう?

 ––––––私がそう決めつけてやったのだから】



 誰だ、誰だ、誰か、おぞましい何かが語り掛けてきている。

 純粋すぎる悪意の塊、それが形を成して語り掛けている。




【次元を穿つ大穴…竜王墜落ドラゴンズフォールならぬ…竜王墜落穴ドラゴンズホール、なんちて】



 悍ましい、声を聴くだけでわかる、これが狂っている、壊れている、まるで、これは



 ––––––私のものとなれ、名も知らぬ古龍よ。



 あの、包帯の、深紅の––––––女の––––––













〝ここ、は…なんだ〟



 見渡す限りの摩天楼、太陽の光が乱反射を繰り返す。


 見たこともない言語で、溢れかえっている。



「、ど、ドラゴン…?」



〝…〟



 人間が、いた。大勢いる、虫が大量に沸いているような嫌悪感が溢れる・




「すげえ…特撮か?」

「新宿のど真ん中でドラゴンと車、禁断のセックス…これは買うしかない」

「すげえええええええ! かっけーーー!」





 ひとまず––––––その場にいる人間を、足で踏みつぶし、爪で何匹か突き刺した。


 そして、食い散らかすように、牙で潰した。




「––––––え?」




 喰ってやった人間の、直ぐ近くにいた人間が唖然とした表情を浮かべ、次の瞬間




「うわああああああああああああああああああああああ」

「ひ、ひいいいいいいぃぃぃっ」




 恐怖し、逃げ惑う。

 人間は単純でいい、きわめて単純に死にやすく、また極めて単純に物事を大きくとらえたがる。



〝ふは、ははっ〟




 そして、確信した。あの声が何だったのか、あの声が何を意味していたのかは、不明だが、一つだけ確認できた。




〝ここに、貴様はいるのだな〟





〝アラストール…アラストール…! 神を殺した忌々しいアラストール…〟







〝アラストール・レヴァンティアアアアアアアアアアァァァアアアアァァァアァァッッッッ゛!!!!

 貴様を殺しに蘇ったぞおおおおおおおおおおおおおーーーーッッ!!〟




◆◆◆


 ある朝…雫は目を覚まして、惰性のままふらふらと居間へ向かう。



「ねむ……ねむ……」

「雫、今日俺が朝食作る日だろ、休んでろ」

「あえ、そやっけ…?」



 眠気が雫の思考を攫う。気をなんとか保つ為に、テーブルに置いてあるリモコンへ手を伸ばす。



「テレビてれひ…」


 テレビを、つけた。



「むぅ……今日の天気……ニュースは…、四番でいっか」


 特に意味もなくリモコンを押して、ニュースを開く。



「雫ー、朝ごはんなんかリクエストとかあるかー?」



 その時、台所にいるライカは雫に今日の朝食のリクエストを聞く。

 と言ってもいつも「ふつー」か、たまにくる「わしょくー」くらいしか言わないのでお互いに何を作るか既にわかっている。



「雫?」



 だが何も返事がない雫を心配して、エプロンをつけたライカが居間に戻り



「————」



 テレビの、画面を見てしまった。



「…こ、れ」



 震える声で、雫はその絶望に満ちた嗚咽を漏らした。



 そして、ニュースを見て、青ざめながら…その一文を、



【新宿に〝ドラゴン〟あらわる】



 悪夢の再来を、ただ見つめた。


◆◆◆


 ––––––アラストール、さま…?



「……大丈夫だ、君はもう休むといい」



 ––––––アラストールさま、あのね…きょう、おまつり、なんだ。アラストール様を、祝う、誕生日会、なの




「誕生日など、いつか覚えていないと言っただろう」



 ––––––ね、え…あの、ね。昨日、おっきな、ひこうき、みたの。あれが、アラストール様が言ってた…ひこうき、なんだよね…?


「…」




 一面の、焼け野原で、全身が黒く焼け焦げた〝人型〟が、息絶えた。

 竜王墜落の余波によって〝木っ端〟になった村の一つ、そのうちの一人が死んだだけ。


 竜王に死によって次代の竜王を決めるための、竜たちの争い。各属性を象徴とする竜たちの殺し合い。それの余波によっていくつもの国と、そこに住まう人々がこうなった。



「仇はとっても…君は戻らないし、君が望まないだろう」




 ––––––■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーッッッ!!!!


 遠くに、遠くに、咆哮が轟く。

 風を震わせるその声に……深紅の瞳がぎょろりと傾く。



「嗚呼––––––ムカつくな、殺すか」



 真紅の包帯の隙間から除く悪意の塊が、ギシギシと蠢きながら殺意を浮かべた。


◆◆◆


 蝉の声が庭から聞こえる。夏の日だった

 居間は窓から差し込む日差しに照らされて…その半分ばかりが、眩しかった。



『昨夜、二十一時ごろ、突如現れたドラゴンはビルを破壊し、しきりに〝アラストール〟と叫んでおります!!』

『新宿一帯は封鎖されており、現在自衛隊が向かっているとのことです!!』

『死傷者〇〇〇名、現在も避難勧告が』



 顔が真っ青になっている雫をみつける。


「…竜王墜落ドラゴンズフォール


 ぽつり、と、雫が呟いた。



 それはかつて雫が解決した事件、その再来だった。




「————」

「雫」



 呆然と、青い顔をしながら…瞳の色が、徐々に赤くなる。



「————倒さないと」

「落ち着いてくれ、雫」



 声は届いていないのか、虚な瞳のまま、ふらふらと歩く。

 何かを思い出して、ここにはない景色を見ているような虚さで。



「私が、引き起こしたことだ…アレは私を探してる…倒さないと、私が、この手で」

「雫」



 彼女の左の瞳を覆うように、真紅の…彼女の血に染まった包帯が現れる。



「もう一度」



 雫は過去の戦いで何度も精神が崩壊している。


「————」



 彼女の想いに呼応して、加護が彼女に絶望の羽織を着せる。



「そう、だ…私が…私が、壊したんだ…。

 この手で、もう一度」



 その瞳には悪意と殺意が染まり切っていた。濁り切った真紅とドス黒い漆黒が混ざり合う。

 

 加護が、彼女を〝全盛期〟にまで引き上げようとしているのが分かる。ゆえに。



「————軍神機巧グレイプニル天ヲ穿ツ銀ノ咆哮オーバーロード



 庭に到来する白銀の雷鳴、小型のバイクが大型バイクへ変形しエンジン音を軋らせながら脈動を繰り返す。



「行かないと、行かないと…いけない」



 雫は顔面蒼白のまま、雷鳴を軋らせる大型バイクへ手を伸ばす。



「雫」



 そこで、ライカは雫を抱き締めた。


◆◆◆


 身体が優しく、けれど力強く抱き締められる。


 誰…?


 誰か、分からない…だけど




「(心臓の…音がきこえる)」



 とくん、とくんと、柔らかな音が聞こえる。



 あの日、らいかを抱きしめた日も…らいかは、この音を聞いていた…のかな…



「(ああ…きっとらいかは、この音を聞いて…安心したんだ…)」



 優しく、柔らかで、聞くと落ち着ける鼓動…それが、私のあれきった心に呼応する。




「相手は竜一匹、戦力としては天使にすら届かない、見たところ竜装も持っていない」



 声が、聞こえる…私を怖がらせないように、すごく落ち着いた声で話してくれるのが、わかる。



「君を狙っている、だがそれだけの存在だ」



 誰だろう…ああ、そうだ、そうだ…この人を知るために、まずは落ち着こう…大丈夫、この鼓動が、そこまで連れてってくれるから。



「そして君には、俺がある。

 君が救ってくれた、俺がある。

 君の小さな手に、抱きしめてもらえた俺がいる」



 そこまで、話して…私の目の前から、血と黒に染まった地獄が、薄れていき…



「らい…か…」

 


 ようやく、彼を見つけた。



『ドラゴンによる死傷者は100を超えており、行方不明者も把握しきれておりません。

 テレビを見ている皆さん、くれぐれも新宿には近づかず、家にいる人は避難してください!!』


「……っ…!」



 らいかがテレビを切ってくれる、だけど、だめだ、だめだ…!


 感情が、溢れ出す。


「…っ……っ」



 涙が、ポロポロと溢れ出す。

 情けない、情けなくて悔しい…でも、まだ、私に戦えと世界が言ってくる、いやだ、いやだ、いやだ…もういやだ、いやだ…



「らいか…らいか…らいか…助けて、助けてよ…ぅぁ…ぁ…」



 らいかの名前を呼ぶ。

 もういやだ、いやなの、戦いたくない、いやだ、いやだ…もうあんな想いは嫌だから、目を逸らせない絶望なんてもういやだ、苦しい、いたい、たすけて



「らいか……たすけて」

「————分かった」



 ————————————



 そこで、私の頭の中は、真っ白になった。


「雫」



 らいかが、私の手を握る。




「俺が苦しんでる時、君は何をしてくれた」



 呆然として、まだ、思考は出来ないけど…涙は、気が付けば、やんでいた。


「君は、俺の手を取って…救ってくれた」



 床に座り込む私に、跪いて、手を握ってくれる。



「だから、今度は俺が君を守る…」



 そう言ってから…少しだけ考えて



「…」


「ぁ…」



 私を優しく押し倒して…畳に仰向けになる。



「……嗚呼…違うな」



 そして、私に覆い被さって…私の目を、しっかりと見て



「————黙って、俺に守られろ」


 迫られて至近距離でそう囁かれて


「ひゃ、ひゃい……」



 私は、顔を真っ赤にして、そう答えた。

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