第16話、忠告

◆◆◆



 深夜の森の中、走り続ける車。


 中は最悪の空気になっていた。いつの間にか痛みの退いていた火傷痕は、もはや一生そのままであることを示すかのようにただそこにあった。



「––––––え」




 そんな森の中、一人の少女が車の前に立っていたとしたら、どう思うだろうか。



「雫、さん」



 ––––––神坂雫、さきほど分かれたはずの少女が、そこにいた。


 そして彼女に付き従うかのように、車のエンジンが切れ、そのタイヤは見る見るうちに力を失った。



 深い森の中、静止する車に、掛からないエンジン。

 明らかな異常事態におびえる三名。


 それもそうだろう。深夜に、しかもさっきまで家にいた私がいるのだから。


 もしかしたら心霊現象のように、彼女たちには映っているかもしれない。



「忠告を、一つしなければ、と思ったのですよ」



 車の隣に行き、窓に触れて––––––窓ガラスを粉々に割る。



「この傷は、私が預かっておきます」



 気絶している夢香さんの、顔に触れ火傷へ加護を発動する。


 自らの腹部に、火傷の呪いが写る。焼けただれた皮膚が、服に擦れて痛みを放つ。




「ただ、これが最後です」



 カラスが、がぁがぁと、赤い目を闇に写す。

 車の前にとことこと、歩いて戻る。



「彼の怒り、あれは紛れもなく本物です。

 だからこれで、終わりにしましょう。お互いのために、ね」



 車窓越しには恐怖がにじみ出ている。

 けれど、それももう、終わる。



「あ、あ、あな、たは…いった、い、どう、して…いや、そもそも、あなたは」


「いったい…?

 どうして?

 あなたは? 質問が、随分と多いのですね」



 恐怖するらいかの義妹さんが、私に問いかける。


 少しだけ興が乗ったので、気まぐれに答える。




「欲しいものは、奪い取る」



 だって、らいかを一目見て、欲しいと思ってしまったのだから。



「手にしたものは、逃がさぬように…手を繋ぐ」



 らいかが傷付いて、それを抱きしめるのがたまらなく愛おしくて…つい、夢中になってしまう。



「取られそうになったら、こうして法外の手段くらい、平気でとるよ」



 ゆえ、らいかを、私のものを取ろうとする泥棒猫には、滅びと絶望こそふさわしい。



「まあ、端的に言うと〝なんかムカついたから〟になるのだろうね」



「そん、な、こんなことが、許され。て」



 窓をぶち破り、義妹ちゃんの首を強引につかみ…愉快だと笑みがこぼれる。



「許されないだろうね、けれど、私はそれを行使する」



 満月が、紅く染まり…愉快さに、口角を上げる。



「だって私は––––––悪役令嬢なのだから」



 癇癪一つ、我儘一つ、それを押し通す力、苛立ちのままに振舞う。それが私なのだから。



 欲しいものは手に入れる、手に入れたものは全力で愛して、逃れられないようにする。

 盗人は、その大切なものをすべて奪いつくしても気が済まない。



 前世から変わらない、酷い性…けれど、仕方ないだろう。






「––––––〝略奪ノ加護〟」



 こんなにも、心地いいのだから。



「〝らいかの記憶を、あなたたちは失う〟」



 お前らに、らいかの思い出は贅沢すぎる。

 すべて私へ献上するがいい。




「記憶を奪うことは、あまりしないのだけど…今回限り、特別」



 記憶を奪えば、その記憶は本来の人格と混ざり合い、心が壊れる。


 だから、今回奪ったのは〝らいかの存在〟のみである。




「これからあなたたちは、らいかを思い出せない。

 顔だけ切り抜かれたアルバムを、違和感を覚えながらずっと、ずっと持ち歩くことになる」




「…もう、こないでくださいね」



 この一時間後、意識を取り戻した三人は、どうしようもない恐怖を覚えながら…家に帰っていった。

 心の底からあふれる不安と、違和感をいだきながら。


 家に戻り、バイクのキーを抜く。

 私以外に乗りこなせるわけがない車体だけど、いつもの習慣としてこうしている。




「雫」


「? らいか、どしたの?」



 帰って家に着くころにはもう深夜で、きっともう、らいかは寝ているものだと思っていた。


 きっと落ち着けなくて、眠れないのだろう。



「そうだ、お茶でも入れようか。

 少し待ってね、今お湯沸かしちゃうから」

「…」



 水道をひねってやかんに水を入れる。

 それをIHの上にのせてスイッチを付ける。


 ケトルがあったら便利だから、今度家電を見に行くときに買ってみよう。



「雫」

「? らい」


 がちゃ…と、金属の音が聞こえる。



「ぁ…」



 手元を見ると、手錠がかけられていた。私に…そしてそれは、らいかの持ってる紐に繋がっていて。



「……危ないから、切るよ」



 ピ…と、電気のついたIHがそのまま切られる…らいかの身長は私より30センチも大きい。

 だから、彼の影は私そのものを覆いつくすほどで…そんなことに、今、気付かされた。




 答えはもう、出てる。




「…ぁ…」



 どきどきと、胸に期待が高まる。ずっと、こうしてくれるのを期待していたかのように、私の身体は熱を帯びて…その準備を始めた。



「…」



 首輪を、どこからだしたのか…開いて、私に向けた。



「え、え、ぁ……そ、の」



 かちゃ、かちゃ…


 首輪が私の首に通らされいくのを



「あ、あの…緩めに……しめて、ね」

「––––––」



 らいかの目に、狂気が宿る。

 

 首輪が、付けられる。


 それだけ、なのに、私の身体はどうしようもない期待で火照っていた。




「にゃ…にゃぁ…」



「————」



 そういうと、らいかに強引に紐を引かれて体勢を崩されて––––––抱き上げられる。



「ぁ、あ、の……らい、か…?」



 お姫様抱っこ…憧れの一つが、こんなに簡単にかなってしまう。


 足が床についていないことの浮遊感が不安を誘う。




「(…らいかの、心臓の音が聞こえる…)」



 早い鼓動が、聞こえる…それを聞くと、不思議と不安が和らいだ。




 布団の上に、おろされる。

 手錠と、首輪がまだついたまま。






「今日、俺がいなければ、あんなことは起こらなかったはずだ」






「(昔のらいかだ…)」





 私たちは、多かれ少なかれ、心に欠陥を抱えている。

 その欠陥を抱えたまま、普通の人生を歩めるわけがない。



 だから、こうなることも必然だったのだと思う。




「今日ので、限界だ」



 首輪を、引っ張られる。




「また、怪我をさせるぐらいなら、ここで一生飼っておけばよかったんだよ…そういうことだろ」



 瞳に狂気が宿る。



「…」



 服を、強引に引き裂かれる。


 少しばかりの羞恥心を覚えた。




「逃がさない…逃がさない…絶対に」

「…っ…!」



 手を逃がそうとすると…手錠ごと掴まれてキスをされる。



「ん……っ……ぁ…」



 舌を無理矢理入れられる。息継ぎをしようとしても、それさえキスで強引にふせがれる。




 彼の瞳と合う、私に対する、酷い執着がにじんでいて、胸が高鳴る。

 呼吸さえ彼に支配されているような、そんな強引で、でも男らしいキス。



「ぁ…♡ ん……ぅ……ぁ♡」



 呼吸できない、気持ちいい、それが嬉しくて瞳にハートが浮かび上がる。



「…♡」




 逃がさないという、酷い執着が、唾液に絡んで私の舌を蹂躙してるのが分かる。




「ぁ…………♡」



 キスが終わる。もっとしてほしかった、そんな名残惜しい気持ちが銀の糸になって、引いて切れる。



「…………」

「…………」



 私の、荒れた吐息だけが、部屋にこだまする。


 



「昔も……こうして、捕まえてくれたよね」



 懐かしい気持ちに、彼の瞳が動揺するのが、見て取れた。




「無茶する私を捕まえて、世界が終わるまで一緒に、いてくれた」



 前の週で私は壮絶な死に方をした。

 それをみたらいかは心が壊れて、私を閉じ込めた。




「思えば、あの週が一番長く生きたのかもね」



 二歳から、その世界が終わるまで彼の用意した牢の中で過ごした。

 きっとあの週が、一番平和だったと思う。 



「たかが……二百年と、そこらだろう」



 全体で生きた年数から言えば、本当にわずかな時間だったと思う。

 だけど、それは私が最も穏やかで、精神崩壊せずに生きた貴重な人生。



「最後は、結局終わった世界を眺めて、死んだんだっけ」

「誰も…生きてなかったからな」



 食料もない状況で、寄り添うように自殺した。





 そこまで話して……らいかの瞳から、狂気が薄まるのが見えた。


 頬に、垂れる雫。



「今日、包丁が、下手したら雫に刺さるところだった」

「…」



 らいかが零す、大粒の涙…それがこの世の何よりも輝く宝石に見えた。

 だからこそ、その宝石に込められた苦痛が、酷く胸に響いた。



「そもそも、俺がここに来なければ、あんなことにはならなかったんだよ」

「…」



 自分が許せない、そんな無力感で頭の中がぐちゃぐちゃになっているのだと、思う。

 胸に、衝動が浮かび上がる。



「どうすれば…君の役に立てる」



 震える声で、囁く声。

 



「どうすれば…君を笑顔にできる」



 私の力になりたいという想いが伝播する。



「俺は」



 …雲が、晴れる。



「俺は」



 月明かりが、差し込む。



「俺は…君のために、何をしてあげられる…?」



 そう問いかける彼は、罪悪感で潰されそうになっていた。





「(無条件に、誰かに愛されること。

 それを不安に思って、尽くそうと頑張ってくれること。

 らいかの美点だけれど…それで苦しんでは欲しくない)」



 らいかは自分が、無価値だと思うきらいがある。

 だから、らいかには価値があって、私を満たしてくれてるのだと、気付いてほしい。



「(なら、きっと今のらいかに、必要なものは)」



 らいかの、価値を伝えること。やってきた足跡を、認めること。



「らいかに、犯されて…潰されて、それが、らいかの好意だって、気付いていたのに…それに甘えてた」



 異世界での記憶。

 私を支えた確かな記憶。




「らいか、中学生の頃からバイト始めてるでしょ? 高校からはお父さんの会社の手伝いだよね。

 そのお金で私に会いにきたり、誕生日にものを送ってくるのも、平凡な学生には難しすぎる努力だよ」



「それを平気でやって、自分に会いに来てくれる…それって、すごくうれしんだよ?」



 抱きしめてあげたい、不安を取り除いてあげたい。ただそれを伝えること。



「ねえ、らいか」



 ただ一度の挫折で、心を弱らせても…私のそばにおいでよ。



「あの日を、もう一回、思い出したいの」



 元気になって、どうか幸せになってほしい。

 私が、この手で、幸せにしたい。だから



「私に、プロポーズしてよ」



 あの日みたいに、してほしい。


「(お返しというには、重すぎる…かな)」



「––––––」



 その言葉に、らいかは、何か答えを見つけたように唖然として、私を見つめた。

 そして、意を決したように、私の肩に触れて



「俺のすべてを…君に渡す」



 …目が重なる。迷いのない、奇麗な眼だった。



「だから」



 その言葉に、呼吸を止める。


「…」



 期待が、その言葉に、よって弾けるのを、待っていて



「一生、俺にくれ」



 その言葉を聞いて、私は手錠のつけられた手を、らいかの後ろに回して…抱きしめる。



「し、雫?」

「…………うん、私はずーっと、らいかのものだよ」



 胸がむぎゅーと、らいかに押し当てられる。



「かっこよくて、大好きな旦那様を手に入れた…」



 私も、向こうでは栄養失調で胸が育たなかったけど…こっちだと、かなり大きく育ったと思う。

 なのでほかの女の子よりも誘惑できる自信があったりする。



「今日はこのまま、寝よ。

 胸がはだけてるから、誰かにしっかり抱きしめてもらわないと寒いな」



 甘えたように体を摺り寄せると真っ赤になる。それが面白くて、足を絡ませると、さらにらいかは赤くなった。



 …………

 …………

 …………



 らいかが眠った後、私は高鳴る気持ちを抑えながら…瞳をそっと開けた。



「らいかは…ずーっ、と、私のものだよ」



 抱きしめられながら……眠る彼の髪をそっとなでる。かわいい、かわいい、世界で一番かわいい男の子…。



「傷ついて、私に借りができて、私に申し訳なさを覚える君が好き」



 首輪にそっと触れて、心の底からうれしくて、つい笑みが零れてしまう。



「ずっと、そばにいたくても…自分にそんな資格がないんじゃないかって、不安を覚える君が好き」



 そう思ってくれる君がどうしようもなく可愛らしく、愛おしくてたまらない。



「だから…ずっと、側にいてね」



 さっきのキスがうれしくて、自分の口元にそっと指を添える。



「側にいてくれないと…私、また壊れるかもしれないよ……?」



 そう彼へ手を伸ばして…寝ぼけたらいかが、私の手を握った。



 ––––––君がいなくなるなら、世界が終わるまで閉じ込めておけばいい。



「––––––」



 その手の力強さに、かつて言われた言葉を思い出して……ふいに、笑顔を漏らす。



「…………うん」






「そう、だよね…………らいかは、そういうことを平気でやってくれる人なのに……疑って、馬鹿みたいだ」



 少しでも、私が捨てられてしまうんじゃないか。そんな妄想をおぼえたことを恥じて。



「ねえ、らいか……また私が、あなたに監禁されたいって、言ったら……閉じ込めて、ずっと、甘やかしてくれる?」




 一日中、淫靡に歪んで…ひどい行為に浸って、ある時は、私をものみたいに扱って、身体中にひどい落書きとか、淫紋とか…エスカレートして私の体におしっこをかけてくれて…すごい興奮したのを覚えてる。



「もう一回、期待してもいいのかな」

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