第13話、来夏の幼少期



◆◆


 来夏は落ち着いた、我儘の言わない子だった。


 宿題も嫌がらずやる、ゲームどころかオモチャの一つも欲しがらない。


 友人はいたが浅い関係で、お互いに顔を合わせると世間話をする程度。




「うー、プリンもっいっこ食べたい…」

「いいよ、俺のを上げる」

「いいの!? ありがとー♪」



 自分の分を妹にあげて、そのままテレビでニュースを見てるような子だ。





 異世界での経験というのもの多分にあるだろう。

 周囲から見たら〝大人びた男の子〟であり…子供らしさの欠片もない子供だった。



 何も好きなものがない、好きな書物がない、ゲームがない、食べ物がない、遊びがない。



「雫…」



 そんな彼が唯一興味を示した女の子…空白とすら呼ばれた彼が唯一求めていた光に…周囲はどんな感情を覚えただろう。




◆◆◆


 それは、俺が幼い頃の話、それは七歳の頃だったと思う。


 めぐみと、俺と母が買い物に行っていた時の話だ。



「うふふ、それでね」

「あれ、ちょっと待ってめぐみちゃんは?」



 母がママ友と偶然会い、スーパーの駐車場で立ち話をしていたとき、それは起きた。



「あ、めぐみちゃんが道路に」

「え!? ちょ、めぐみー! 危ないから戻っ————めぐみ!?」



 目を離したすきに道路に出ていた妹に、車が迫っていた。


 母は動けない、車も止まらない————だから俺が、めぐみを突き飛ばして代わりに轢かれた。


 ある程度受け身を取ったが、肩が車に直撃して痛みが走った。



 少ししてから起き上がり…妹が轢かれていないことを確認した。


「無事で良かったよ」



 肩にじわぁ、と激痛が走る。

 骨折しているようだったが…10分程度休めば治るだろう。




「来夏はお兄ちゃんでしょう!?

 なんでしっかり見てあげないの!!」

「あ、すみません」



 駆け寄った母が俺に激昂した。

 妹は膝を擦りむいて泣いていた。



「さ、佐々木さん…来夏君はめぐみちゃんを助けてたんです、来夏君も怖かったでしょうし…」

「来夏はしっかりしているので大丈夫です!

 それにお兄ちゃんなんですから…これくらいしっかり言わないと将来が心配ですし…」


 これが、日常の一幕だった。



 母は事あるごとに自分を責めた。

 妹が幼稚園で泣かされた時、妹が宿題を忘れた時、母が洗濯物を取り込み忘れた時。


 異世界での幼少期に比べれば大して辛くもないが、それでも何処か居心地の悪さはあったと思う。だがそういうのもまとめて家族なのだろう。



「来夏、彼女が面倒なことを言ってきたが、何があった」

「義父さん」



 そういう時…夜、義父に呼ばれるのもセットだった。



「めぐみ放置してたら車轢かれそうになってた」



 その時は、いつもそのまま伝える。

 五歳の時に母の再婚でできた父と妹…父は常に常に無感情な声でいた。


「…主語がないな」

「うん、無いよ」

「…分かった」



「宿題を終わらせたら部屋に来なさい、私の仕事の勉強だ」

「分かった」



 義理の父との関係は良好とは言えないが、大して悪くもなかった。


 俺のことをある程度理解をしてくれて、必要以上に干渉してこない分…他の家族よりかはマシな人、という認識だった。



「来夏、金は置いておく。

 神坂さんにも連絡は入れておいたから行ってこい」

「はい、ありがとうございます」



 家の居心地が悪い、というのも汲んでか旅費をもらえた分、仲良くは無いが……父をあの人なりにしてくれようとしたのだと分かる。


 情も、仲も、親子らしい思い出も無いが割と義父のそう言うところは好きだった。





「ライカ、愛ちゃんが迎えに来たよー、おー、かわゆいにゃあー、ライカは」

「ちょ、叔母さん」



 会う度に抱き上げて再会を喜んでくる叔母さんはなんか柔らかかった。




「…よしよし」

「…うん」



 叔母さんはあたたかかった。

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