第8話、コスプレイベント
◆◆◆
コミケ、ごった返しする人の波に揉まれて数時間、イベントブースのコスプレ用更衣室の前でらいかは待っていた。
一応行方不明扱いなので申し訳程度に帽子を深く被る。
「(なんだか、急に凄いことになったな)」
時期も時期でコミケまでそんなに時間がなかったから徹夜でコスプレ衣装を作って間に合わせた。
製作日数二日だが加護の力のおかげでなんとか形にはなったが…と更衣室に入った雫を待つこと数分。
「らいか、お待たせ」
雫の声が掛かり、着替えが終わったのかと振り返る。
「ああ、サイズは大丈————」
————瞬間、昔の光景を思い出した。
全員が彼女の声を待っている、その覚悟に満ちた瞳に戦場が支配され、彼女に付き従うことを誇りに思っていたあの頃を。
「————アラストール?」
だから、つい呼んでしまった。
その姿があまりにも昔の彼女にそっくりで、悲しくなるほどに痛々しかった彼女そのものだったから…。
「? うん、そうだよ。急にどうしたの?」
片目を包帯で覆い、服の端から見える包帯…。
それには不釣り合いなほどに綺麗な黒い学園の制服。
「あれって、アラストール様じゃないか…?」
「す、すごい高クオリティ…」
アラストールを見て浮き足立つ声が聞こえる。
それはそうだろう、ずっとそばにいた俺でさえ昔を思い出したのだから。
「なんか先日、新ルートが見つかった、とかで大騒ぎになってるんだよ」
「へー、でも確かにリメイク版ならそう言った仕様もあるのかもしれないね」
手を引いて、コスプレエリアへと向かう。
「目と足ってことは、かなり最初の頃にしたんだな」
「うん、流石に腕がない状態は厳しかったからね」
その間、昔の話をポツリポツリと呟くように話し始めた。
「最後の方は歩くのもやっとだったからな」
「確かに、あの頃だと崖から落ちながらの斬り合いとかじゃないと、まともに戦えなかったからね」
失明しかけてた時期もあるほどに、あの頃は壮絶で…致命的だった。
だから、今の雫は俺たちがずっと、ずっと追い求めていた姿の体現なのだと、俺はそう思った。
◆◆◆
コスプレエリアについて早一時間…他の人のコスプレなんか見て過ごそうかな、なんて考えて入れたのは最初の数分だけだった。
「素人のコスプレなのに、列が出来ちゃったね…」
「アラストール本人だからな、ほい、水」
「ありがとう」
休憩しているところに、らいかが水を買ってきてくれる。
正直、コミケというものの熱気を舐めていたと思う。
それほどまでに疲労があった。
「さっきはすごかったな」
「ふふ、本家大元ですから」
さっきまでの熱気を思い出す。
アラストールが好きな女の子に声をかけられたのだ。
「君を必ず救い出す、だっけか?」
「うん、リクエストされちゃってさ」
アラストールと戦闘する際にアラストールが放った一言。
それのリクエストに応えた時、女の子はとても喜んでいた。
「アラストール様だー、なんて、喜ばれちゃった」
本人の身からしたら、それだけで喜ばれるのはくすぐったいものを覚えた。
だが同時に、不思議な感覚もあった。
「アラストール様、かぁ」
手を、空へ伸ばす。
幻視する…それは灰色の空に指が何本か足らない手で…痛々しい、包帯まみれの手で、漆黒の太陽へ手を伸ばす光景。
「私は、そんなに変わったかな」
瞳には綺麗な、傷ひとつない手のひらで…太陽のあたたかさをふわりと受け止める。
そんな光景が広がる。
「素は昔のままだけどな」
「そうかな、常に切羽詰まってたから、いまいち分からないや」
戦いに次ぐ戦い、休息の際は基本寝たきりだったのだから、素顔など出す暇もなかった…。
「いいや————あの頃のメンバー、全員気付いてたぞ」
「…え?」
そこで、らいかからとんでもない爆弾が投下される。
「明らかに無理してたし、陰で泣いてたの知ってるし、あと幼児退行した時は全員世話役取り合ってた」
「よ、幼児退行!? 記憶ないけど!?」
わちゃわちゃしてるメンバー全員で
想像して血の気がスッと引くのを感じた。
「それなりに、リーダーできてると思ったんだけどな」
そして同時に落ち込んだ。
全員を引っ張っていくリーダーとしては、あまりにも死なせすぎた無能だという自覚はあるが…それでもみんなの想いは背負えていた、そんなふうに心のどこかで考えていたからなのだろう。
「いいや、アラストールは確かに俺たちの旗印だったよ」
その時————らいかが、頭を撫でてくれた。
「全員が、君に恋をしていた。
その在り方に胸を痛めて、叶うなら、助けてあげたいと思った。
アラストールは、間違いなく俺たちの光だったよ」
その声、言葉に少しだけ胸の重さが解けた気がした。
「神を殺した後、もし誰かが生きてたら…アラストールが幸せになれる場所を用意しよう…そう話し合ってた」
ささやかで、小さな幸福に溢れた日常…アラストールという少女はそれを尊ぶ、故にそれはある種の悲願だったんだと、らいかは言ってくれる。
「…私、愛されてたのかな」
「それはもう、全員から熱烈に愛されてたよ」
私がやってきた死闘、それによって得られたものが確かにあった…そう言われた気がして…少しだけ、頬が緩む。
「そっか…そっか…」
水の入ったペットボトルの表面で、小さな雫が流れる。
それはきっと、表面の水滴が齎した夏の風情だから。
「そっかぁ」
噛み締めるように…呼吸を整えようと、さっき、話に出てきた言葉を想起する。
「…幸せに、なれる場所…かぁ」
穏やかな風に頬を撫でられて、頬を緩ませる。
「ねえ、らいか」
らいかに呼びかける。
優しくて、素敵な、私の勇者様。
「私と、一緒にいてくれるのは…そのため?」
自らの幸せのために、誰かの幸せを奪う。
その構図が、私はどうも苦手らしい。
だから、冤罪が晴れたらいかが望むなら…彼自身の幸せを、応援しても良いのなら
「…」
私は、また彼を送り出す。
みんなの幸せ、私はそれだけを願って生きてきたから…もう他の生き方が分からないのだ。
「それもあるかもしれない」
らいかが隣に座ってくれる。
「だけど」
らいかは深く被った帽子をとって、私の手をそっと握る。
顔を上げると、らいかの瞳と、私の瞳が重なる。
「君といたら、俺も幸せなんだよ」
嗚呼…こういうことを、らいかは素直に言ってくる。
「ずっと恋をしていた女の子の、一番見たかった顔を見れている。しかもそれを独り占めしているんだ」
素直に、ストレートに、何の迷いもなく言ってくれる、私の勇者。
「幸せだよ、この上なく」
私はきっと、そういうところに、惹かれていたんだと思う。
「あ、あの、撮影いいですか?」
「あ、はい、いいですよー」
また、そんな声がして、その日はしっかりと楽しんだ。
◆◆◆
暗い、暗い部屋でパソコンの画面が動く。
マウスホイールを回して、ある人物が、そのページを覗き見る。
『超絶クオリティ!? コミケに現れたアラストール様』
そんな一文がネットニュースの見出しに乗る。
見出しと言っても、本当に下の方。
ネットニュースを漁っているような人間なら興味本位で惹かれるかもしれない…その程度の記事。
「これ…」
銀髪の少女が愛おしそう微笑みながらに手を握っている。
まるで物語から出てきたような美しい少女…
「いた」
その手を握っている男————らいかの頬を、爪を突き立てるように押して。
「この人と、一緒にいるんだ」
幼馴染…加藤夢香はガリ…と自らの親指を噛んだ。
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