第6話、冤罪発覚


 来夏が神坂家で生活し始めて、一ヶ月が経った。


 元の家には連絡をいれてない、というより連絡方法が捨てられて、ないらしい。




「おはよう、らいか。

 ご飯できてるよ」

「…おはよう、雫」



 布団から起きる来夏。

 私たちは布団を隣に敷いて寝てる。


 本当は客間とか、別の部屋を用意する予定だったけど…今のライカは一人にしたらだめだと、思った。

 


「何かある?」

「じゃあ一番上の丸いお皿、二枚取って」

「分かった」



 一ヶ月で、らいかは元気になった。


 テレビでは相変わらず逃亡だとか、指名手配だとか、そんなことが騒がれているけれど……不安はもう……いいや、きっと押し殺して、過ごしているのだろう。



「出来たら運ぶのお願いするから、休んでてよ、まだ眠いでしょ?」



「分かった」



 テーブルの方へ行き、本を読むライカを見て……また、少しだけ不安が和らいだ。


◆◆◆


 朝…いい匂いで目が覚める。

 それが日常になるのに、そう長い時間かからなかった。



「…」



 トントントン…と、一定の間隔で聞こえる包丁の音。



 鍋に火をかけながら、まな板の上で料理をする彼女。


 綺麗な銀髪を、ひとつ纏めにしている。


 そんな光景が、たまらなく好きだった。



「(…だから、俺は)」



 その感情の名前を浮かべる前に…雫の声が届く。



「らいかー、ご飯できたからお願いね」

「ああ、わかった」



 朝食を受け取り、順々にテーブルへ運ぶ。


 料理を運んでいる間、雫は髪を解いて、テレビを付ける。




「————」



 どんっ、と、音がする。

 それがリモコンを落とした音だと気付いて違和感を覚える。


「? どうし」



 朝食をおいて、固まる雫へ声をかけ…テレビの画面をみた。



「————」



 その瞬間、雫が固まった理由を知った。



『冤罪、少年犯罪に新事実』


『冤罪 佐々木来夏さん(16)行方不明』



 冤罪、誤認逮捕…そんな単語が羅列されたニュースが流れていた。




◆◆


 その困惑を、口に出せないまま…いつもより静かで、口数の少ない日を過ごした。



 いつものように、二人並んで布団に入り……瞳を閉じる。



 ………

 ……



 胸に、不安が溢れ出す。



 誤認逮捕のニュース、冤罪、行方を探されている自分…その情報が頭を駆け巡る。



 これからどうなるのか、これから何が起きるのか…それを想像するには、あまりにも経験が少なくて…ただ漠然とした不安が胸を占めた。



「……ね、らいか」


「……雫…?」



 隣から、雫の…鈴のような声が聞こえる。


 瞳をあけて、隣へ視線を向ける。



「やっぱり起きてた」

「……まあ、な」



 雫は俺が応じたことに、少しだけ嬉しそうに微笑む。



「朝のニュース、考えてた…?」

「……それは」



 図星だった。今日一日、そればかりを考えていた。



「…わたしは、ずっと考えてたよ」



 雫が囁くように、そう白状してくれた。



「これからどうなるんだろう…って。

 全然想像できなくて、こわかった」



 その言葉が、その想いが…彼女の気遣いだと分かったから…俺も、素直に答えた。




「……ごめん、俺も考えて…でも、その先が全然想像できなくて…不安だった」

「…そっかぁ……」



 それから、また少しだけ沈黙があって…。



「…ね、らいか、スマホ今、無いんだよね」

「……ああ、目の前で壊されたよ」



 留置所から出されて、家に着いたその日のうちに…壊されて、暴言を吐かされ、捨てられて、追い出された。



「…じゃあさ、新しいやつ買ったら、また、連絡先交換しようよ」

「…」




 瞬間、言葉の意味を悟った。




「ねえ…らいか、この一ヶ月…すごく、幸せだったんだ…不謹慎だけど、こんなに長く、一緒にいれたの。久しぶりだったから」



 胸に片手を置いて、もう片方の手は力無く布団の上へ倒れさせている。


 月明かりが彼女のうなじに触れる…。


 その情景が、とても、とても綺麗だから……見惚れてしまう自分がいた。




「ね、らいかは、これからどうしたい…?」



 微かな息遣いが、彼女の胸を揺らす。



「わたしは、君のために何をしてあげられるかな」



 そう、柔らかな声で囁いてくれる彼女が…とても美しくて……俺は、呆然と…今までのことを想起していた。



「……」



 考えて、考えて…考えて…結論は出ているのに、それを別の強い感情が邪魔をしてくる……それを少しだけ繰り返して……



「…わからない」



 俺は、呟くように告白した。



「俺はこれからどうするべきなのか…結論は分かってる、もう出ているんだ。

 だけど……それをしたいとは思えないし、別の結論があるって、必死に探したがってる……」


「…そっか」




 そう答えてから…雫は静かに天井へ目を向けた。



「(やっぱり、だめだ私)」



 月明かりに照らされる彼女は、少しだけ悲しそうな顔をする。



「(きっと、らいかもう、正解を知ってる。

 だから、これは我儘で許されていい範囲じゃない)」



 俺は、まだ答えを出せていない…正確には、出したくないのだろう。


 ふと、視界の端に…青々しい桜の木が見える。

 それは、雫と幼い頃に植えた桜の苗木で…葉は木に追い縋るようについている、そんなように見えたから。




「でも」


「…?」



 そういう時は、きっとまだ〝答えを出す時〟ではない…かつて、そんな風に教えてくれた女の子がいたから。



「もう少しだけ、雫といたい」



 そう、告げる。

 雫はきょとんとした顔をしている。



「家族だった人たちは?」


「会わないことが良いこと、とは言えない…ただ」



 きっと、今会えば何をするかわからない…だから。


「今は、会いたくないんだ」



 そしてそれは、会う時ではないと俺が判断しているからで。



「一ヶ月かか、二ヶ月か…もしかしたら一年以上が経って、家族が、俺を探すのを辞めた頃に、少しだけ挨拶して…向き合ってみて」



 もし、その時が来るのだとしても…その時は


「その後、やっぱり嫌だったら…戻りたい」



 きっと、また会いに来る。



「雫」



 君に会いに来る。夏が来るたびに、もしかしたら、朝が来るたびに会う日もあるのかもしれない。



「もう少しだけ、ここにいさせてほしい」



 そういうと、本当に、本当に嬉しそうに微笑んで…。



「うん、いいよ」



 柔らかな声で、言ってくれた。

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