冤罪かけられた青年は、田舎で悪役令嬢に愛されて幸せになる。

足将軍

第1話、日本へ


◆◆◆


 世界樹の迷宮。


 世界樹の内部、そしてその地下に広がる無限の世界。



 その迷宮の最深部は、世界のはじまった場所に繋がっている…そんなおとぎ話があった。



「…もう少し…あと、すこし…だ」



 その迷宮の、最深部に彼女————アラストール・レヴァンティアはいた。


 剥き出しの岩で形作られた洞窟を進むために、壊れた右の義足を引き摺る。



「あと、少しで、世界は救われる。

 ほんの少し、あと少し…」



 二歩、三歩と…傷口が開く痛みに耐えながら進む。


 肩を〝彼〟に支えてもらいながらも…その足取りはあまりにも弱々しい。




「————ついた」



 ————そこには、宝石の空が溢れていた。




 厳密には、白銀に輝く泉なのだろう。

 だが、その純白に透き通る泉に、それ以外の表現がわからなくなる。



「…鏡花水月、とは、よくも言ったものだよ…」



 ふと、昔知人に言われた言葉を…アラストールは思い出した。



「水面には空が宿り、星を移し…溢れだす。

 故に水面は空であり、同時に世界である」



 そんな言葉、酷く稚拙な言葉遊びを思い出して…肩を貸してくれた〝彼〟に語りかける。



「ありがとう、らいか…私をここまで、連れてきてくれて」


「…」



 らいか…来夏。

 ずっと、私のそばにいてくれた異世界…〝ニホン〟から召喚された青年。





「もう、大丈夫だよ」



 ふ、と手を離す。


 片足は無く

 片腕もなく、

 片目もなく

 耳は千切れた。



 満身創痍…全身が包帯まみれ。だと言うのに、今はそれが心地よい。



「四聖女と、七人の厄災加護…そして、神…全ての神威を取り込んだ私が、この泉に沈めば…世界は再生される」



 声に力はなく、酷く擦り切れている。

 だがもう構わない…終われるのだから、この長い長い旅を…ようやく。



「だからもう…大丈夫なんだよ」



 安心させたくて、微笑む。

 これで全員助かる…ようやく、みんなを救える…心の底からの安堵が溢れる。



「アラストール」



 らいかに声をかけられる。

 彼はずっと、納得いっていなかった。


 それでも、ここまでついてきてくれた…大切な相棒だ。



「君は、世界樹の泉に命を捧げて…世界が再生し、死者は蘇る…それで本当に…みんなが幸福になれると思っているのか?」


「…」



 一昨日も、死なないでくれって泣きついてきた癖に。


 まだ諦められないのだろう…その瞳には確かな意志がある。



「違う、こうじゃない、俺が言いたいのは、クソ」



 言いたいとこが上手く言語化できない。

 その癖優しくて、覚悟がある男の子…


 それがあまりにも愛おしいから、



 ————私はそっと、抱き締めた。



 そっと、怯えないように、優しく…もう半壊している義手と、残ったぼろぼろの片手で抱きしめる。



「大丈夫、大丈夫だよ、らいか…ぜんぶ、分かってるから」

「ぅ、あ、ぁ…」



 ポロポロと、泣き出した。

 こんな私なんかのために泣いてくれる、可愛い勇者様…



「死なないでくれ…アラストール」

「…うん、ごめん」



「生きてて、欲しいんだ…」

「ごめんね…」




「好きだ、ずっと、好きなんだ」

「わたしも、だいすき」



 おっきくて、やさしい温もり。

 抱き締めてくれる、確かな仲間。


 こんな時だからか、以前口にした言葉を思い出した。



「神は人に寄り添う」



 覚えてるかな…君と、君の世界の話をしてた時にそんなことを言ったよね。




「厄災加護も、聖女もない。

 あるのは漠然とした絶望に、微かな幸福」



 幸せな人が多いとは言えないけれど…神様の悪戯なんてなくて…気分で世界が滅びかけることもない…そんな世界。




「そういう世界が、見たいんだ」



 君の言葉で、目的が定まった気がした。



「何かを邪神にして、滅ぼしても…それは次の邪神を探すだけ、それじゃあダメだって思えたんだ」



 だから、私はこの場所で生贄になって



「神のいない、神が寄り添う世界、それを創っていくよ」



 抱きしめる手を解いて…優しく突き飛ばす。



 体格差があるから、負けるのは私…だから…そのまま、私は泉に落ちた。


 幻想的な泉に、これから始まる最期の仕上げの…微かな寒さを覚える。




 …世界は、この場所から始まった。

 この場所から、世界は広がった。

 この泉に捧げられたものは、世界へ広がる。



 故に、泉は世界そのものと干渉ことを可能としたある種の魔道具。


 ここに私が入れば、長い長い夜は、ようやく明ける。


 加護を大量に取り込んだ私を…世界が飲み込む…最上の栄養素として…溶けゆく意識の中で…私は




 満足して…そのまま消えた。



◆◆◆◆


 そして————夏の日差しが、私の頬を照り出した。




「ん…ぅ…?」



 意識が消えたはずなのに…目を覚ませばそこは不思議な森の中だった。



「…? 誰か、いる…?」



 意識が何故残っているのか、何故、森の中で眠っていたのか…そんな数々の疑問より先に、〝取り戻した〟視覚が新たな疑問を運んできた。




「(男の子…? 小さい、五歳くらい…の)」



 誰かの面影がある、五歳くらいの男の子が呆然と…森を眺めていた。



「ここ、は」



 声が、漏れる…その声は幼い子供特有のものなのに、何故かすごく聞き覚えがある声だった。




「————俺の、故郷だ」




 そんな声を漏らして、男の子は身震いをしていた。




「…………らいか…?」

「!?!?」



 そんな男の子の様子が…あまりにも〝彼〟に似ていたから…ポツリとつぶやいた。



「…え、き、きみ、は…?」



 男の子が困惑するように私を見つめてくる。

 とても、困惑している…なんとなく、それで彼が〝来夏〟だと、私は確信に近い予感をしていた。



「アラストール…なの、か…?」



 彼も私に気付いたのか、名前を呼んでくれる。ただ、その次の言葉に…私は新たな疑問を持つこととなる。



「なんで、幼くなってるんだ…?」



 幼く、なってる…?

 不思議に思い、自らの〝切り落とされたはずの右腕〟を見ようとして




「————若返ってる」



 小さな、それこそ、らいかと同じ…五歳くらいの小さな手のひらで。



「そうだ、俺は六歳の頃、夏休みで、叔母さんの家に遊びに行って…それで、神隠しにあって、そうだ…それで、俺はあの世界に…」





 困惑する私とらいか…だが、現状を答えるなら、そうとしか考えられない。




「…もしかして、ここが…〝ニホン〟…なの…?」




 私は役目を終えて…相棒の青年と、異なる世界に来てしまったらしい。

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