第11話 ハチ公、ミオたちに頭を下げる


              *



 突然に扉を激しく叩く音に、ミオとスキアは顔を見合わせた。


 器用に布団を畳んで押し入れに収めたカークは、ミオの頷きに応じて扉の前に立つ。


「ドチラ様 デショウカ」

「ミオさん、スキアさん、カークさん。朝早くに済まねぇ」


 扉の向こうから聞こえてきた必死な声とともに、血相を変えたハチ公が部屋に飛び込んできた。


 ちゃぶ台でお茶を飲んでいたスキアは、カークをすり抜けて部屋に入ってきたハチ公の喉元に鉄刀を突きつける。


「女の部屋に許可も取らずに入ってくるな。潰すぞ」

「ひっ」


 殺意のような強い目に睨まれ、ハチ公は喉の奥で小さく悲鳴を上げる。


「まぁまぁ、無作法は男の印を潰されても文句は言えないが、少し話を聞いてみようじゃないか」


 物騒なことを言いつつ、ミオは座布団に座りスキアの差し出してくれた湯飲みを受け取った。


「あちちっ」


 ミオから渡されたお茶をひと口で飲み干し、熱さに顔をしかめつつも大きく息を吐いたハチ公は話し始める。


「シルヴァ姐さんが朝になっても帰ってこねぇんだ」

「銀髪の姉ちゃんか。別に気にするようなことでもないだろ? どうせいい男でも見つけてどっかにしけ込んでるだけさ」

「んなわけないだろ! 昨日の夜はオレと一緒に郡庁屋敷に――」


 ニヤけ顔したスキアの煽り文句に顔を赤くして反論したハチ公は、そこまで言って目を見開き、口を手で押さえた。


「んだよ、最後まで言えよ」

「いや……」


 片眉をつり上げて促すスキアに、ハチ公は半歩後ろに下がる。


「どうせワシらを巻き込もうと思うなら、話すしかないのだ。さっさと話せ」

「ぐぐっ」


 奥歯を噛みしめて苦々しげな顔をするハチ公だったが、はぁと大きくため息を吐き、その場にあぐらをかき始めた’


「オレたちぁ昨晩、郡庁屋敷に忍び込んだんだ」

「関ワルノハ 危険ダト 昨日言ッテイタノハ 貴方タチデハアリマセンカ」

「わかってるよ。オレらその……、やらなくちゃならないことだったからよ。昨日はちょうど昼間にフィクサ商会の商人が屋敷を訪れてたんだ。あくどい稼ぎの証拠があるなら、そのときしかねぇってな」


「んで、なんでシルヴァ姐さんが帰ってこねぇんだ? 口ぶりからしてふたりで行ったんだろ? なんでてめぇは帰ってきてんだよ」

「それは。えぇっと……」


 言いよどみ、うつむいたハチ公。

 そのまま顔を上げずに、彼は話す。


「庭に降り立ってすぐに、うっかりオレが鳴子を鳴らしちまって……」

「うっかりハチ公」

「うっかりハチ公か」

「うっかりハチ公デスネ」

「ぐっ」


 スキアやミオだけでなくカークからも言われ、顔を真っ赤に染めながらも、ハチ公は顔を上げて続ける。


「それで! オレに逃げろつっておとりになってくれたんだ。朝には合流するって話だったんだが、帰ってこなくて……。シルヴァ姐さんのことだから何か意図があったのかも知れねぇけど、不安で不安で」

「ふぅむ、なるほどなぁ」


 頷きながら細い顎をさするミオは、碧い右目で正座になり膝の上で拳を震わせているハチ公のことを見つめる。


「スグニ 踏ミ込ミマスカ」

「いや、堂々と踏み込むには材料が足りない」

「何でだよ! 今頃シルヴァ姐さんがどうなってるか……」


 肩を怒らせ、悔しそうにうつむいているハチ公。


「てめぇの自力でなんとかできねぇんなら、文句なんて言うんじゃねぇよ」

「うぐっ。わかっちゃいるが」


 スキアからさげすみに視線を向けられ、顔を上げたハチ公は泣きそうな顔を見せていた。


「まぁまぁ。もし、あのシルヴァという者がワシの見立て通り、どこかの大きな忍郡に所属する忍人なのだとしたら、昨日今日で心配する必要はないでしょう」

「何カ 根拠ガ オアリデ?」

「えぇ。それほど深くはないですが、イグサ流やクウガ流の忍軍とはやりとりがあった頃もあったのでね」


 ハチ公の側まで膝を進めたミオは、彼の肩に右手を置く。


「まだ帰ってくるかもしれん。夜まで待って帰ってこないようなら、屋敷に踏み込むとしよう」

「本当に、行ってくれるんですか?!」

「えぇ、もちろん。ワシとて、新そばを食べ損ねて鬱憤は溜まってますしね。食べ物の恨みは深く恐ろしいのだよ」


 碧い右目に黒い輝きを浮かべ、唇の用端をつり上げている身を見、ハチ公は思わず身体を仰け反らせていた。



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