19

「うっ……。うっ……。いい話ね。期せずして生まれた美少女ふたりの邂逅。なんて尊いのかしら。感動で涙が止まらないわ」

 ルッキオーネの話を聞いて、わざとらしく落涙の声を上げたルミナス・シャイン。片手で涙をふく仕草を見せるが、A4の視界にはハッキリと【泣き顔02】という文字が映っていた。懲りないな、こいつは……。

 ついさっきまではギャーギャーと騒ぎ続けていた女の子たちも、ルッキオーネの話を聞いたあとはようやく静かになった。まあ、こうなるとペテン師の口八丁手八丁が本領を発揮するわけだが……。

「このさい、誤解と齟齬をハッキリと解消しておきましょう」

 スチャリと黒縁眼鏡を装備し、なにやら画策を始める。

「まずは告発者アグリガットさんから事件の顛末を話してもらうとするわ」

「なんで、こういうときだけキチンと名前を呼ぶ?」

 嫌な予感をヒシヒシと感じながら進行に不満を漏らすA4。

「こういうのはね、相互の言い分を聞くことによって矛盾点を明らかにし、どこかで折り合いをつけるのが最終目的なのよ、まずは言いたいことをできるだけ明確に言って頂戴」

「ぐ…ぬ……ぬ」

 ありとあらゆるネタ表現を無意識のうちに次々と消化してみせる、くっころ様。

「……わたしの方から言うわ」

 すると、これまで仏頂面で口をつぐんでいたガイアがみずから進んで声を上げた。

「サバンナで力を使いすぎたわたしは、地の奥底で休んでいたのよ。冥府神の擬人化姫アマデウス・プリティによる侵攻は想像以上に大地への負荷が大きくなっていたから……。その時、海上周辺で突如として高エネルギーの開放があったわ。気づいて地上へ出たときには、ふたりが戦いを始めていた。そこで思わず……という感じよ」

 おや?

 なにごとか感じ入るところがあったのだろうか。ガイアの言葉に軍服姿の少女の様相がおかしくなる。

「ふむふむふむ。つまりは就寝中にいきなり近くで爆発が起こった。それに驚いて、ついつい防衛本能を発揮してしまった。ということかしら、ガイアちゃん?」

「ま、まあ……。こちらも突然の出来事だったから、良くはわからなかったわ」

 女の子の証言に、ルミナスがなにかを確信したような顔で新たな画像を用意した。空間固定方式で宙に浮かび上がった連続写真。

 そこでは沖合に顔を出していた岩礁へ一発のミサイルが着弾し、つづけて大爆発が引き起こされた模様が克明に映されていた。

「こ……れ…は」

 証拠映像に絶句するA4。重ねるように、すかさず糾弾の声が耳に響いてくる。

アグリガットさん、単刀直入にお聴きしますが、こちらの画像に記憶はございます?」

「え? あ……で、でも、これは擬人化姫アマデウス・プリティとしての神聖な戦いを前にして、互いの決意を確かめるために……」

 しどろもどろとなって自己肯定を繰り広げる少女。その声を遮断するかのごとく、ルミナスが身も蓋もない言い方で現実を突きつける。

「ついついイキった挙げ句、一発撃っちゃったわけね?」

 ほとんど、アウトロー漫画のノリである。

 ノリでかましたのが巡航ミサイルでは洒落にならないわけだが、まあ迷惑を被る人類はもういないし、そこは気にしなくていい。

 問題は……。

「それに反応したガイアちゃんが、『ついカッとなってやった。いまは反省はしている』というわけね」

「そこまでは言ってないわよ」

 自身の考えを勝手に忖度され、抗議の声を上げる。だが、当のルミナスはその意見を華麗に聞き流し、さっさと結審に導こうとしていた。

「これは十分に正当防衛が認められる事案だわ」

 やはりというか、その方向性でことを収めようとしている。喧嘩両成敗は十発殴られたあと、一発の報復でも成立してしまう実に不公平な制度なのだ。

「な、なんだと? こちらは危うく殺されかけたのだぞ! わたしだけではない! となりにいる、こっちの擬人化姫アマデウス・プリティも……」

 裁定に納得がいかないA4が、かたわらに控えているはずの海月姫に目をやる。すると、さきほどまでは自分と同じように相手を警戒していたはずの水着姿の女の子が、いまは背もたれの方向をこちらに向けていた。

「な、なぜだ……?」

 疑問を投げかける少女に、海月姫は椅子のうしろからそっと顔をのぞかせ、静かに応える。

「……よく考えると、あなたも十分に怖い」

「ちょっ! ずるいぞ、貴様! さっきまではあんなにわたしと同じような反応をしていたくせに!」

 至極、あっさりと裏切られ、針のむしろ状態へ落ちたA4。冷たい目線が自分に注がれているのをひしひしと感じ取り、我を忘れたように慌てて口ごもる。

「どうして、どうしてこんなことに……。ゼクス、ゼクスはどこ? あの子なら、わたしのいうことを素直に聞いてくれるのに……」

 無意識に妹へすがる無様な姉の痴態。

 ゼクスがいまの姉の姿を見たら、激しく失望するか、もしかしたら密かに悦に入るか?

アグリガットちゃん……」

 急に猫なで声を出し、相手の心に付け込もうとする悪魔、もといルミナス。

「大丈夫。ちゃんと謝れば、みんなやさしいから、きっと許してくれるわよ」

 いつの間にか一〇〇対ゼロで全面的な責任を追求され始めている。中世の魔女狩りと同じで、ひとりの犠牲によってコミュニティー全体の安定が維持されるのだ。

「こ、この……。い、いわせておけば……」

 怒りに拳を震わせて爆発寸前となるA4。そこへ冷水を浴びせるように悪魔がそっとささやいた。

「守るべきは騎士としての高潔なる精神。いまがあなたにとって大切な神への忠誠を示す大きなチャンスなのよ」

 ついには神の名前を持ち出して、相手を懐柔しようと試みるペテン師。地獄への道は善意によって舗装されているのだ。

「き、さ、ま……。我が高貴なる戦乙女の存在を引き合いに使うなど……」

 大きく見開いた眼はすでに十分、血走っている。ここが怒りの分水嶺。席を蹴って立ち去るか、それとも……。

「……わかった。非常に遺憾ではあるが、こちらの手続きに不備があったことは認めよう」

 杓子定規な言い回しで渋々と自身の誤りを口にする。とはいえ、認めたのはあくまで事務手続き上のミスであり、行為そのものには問題がないというスタンスだ。ああ、面倒くさい……。

「ちがうでしょ、アグリガットちゃん」

 苦虫を噛み潰したような少女へ満面の笑みを浮かべながら、悪魔ルミナスが語りかける。

「『ごめんなさい』だよ♪」

「それ以上、しゃべったら貴様の本拠地まで乗り込んでやるぞ……」

 まだ、使用可能なサターンⅤ型ロケットが残っているのか……。

「さあこれで、お互いのわだかまりは完全になくなったわね!」

 なんだかすっかり問題解決といった様相で明るく場を盛り上げようとするルミナス。

「どこがだ!」

「……むり」

「なにを言ってる?」

「ははは……ど、どうかなあ」

 四者四様に否定的な見解を口にする。

 逆の意味で息はぴったりだった。

「というわけで、これから我々は対ミカ・ローストでわだちを合わせ、枢軸を形成していこうと思います!」

 逆風をそよ風程度に受け流すタフな度量。それこそが『剛腕』と呼ばれるにふさわしい大事な資質である。もしくは、『厚顔』とも言えた。

「まずはその決意の表明として、みなで乾杯の儀式を執り行うわよ」

「……かんぱい?」

 言葉の意味を理解できず、オウム返しにつぶやく海月姫。その声にルミナスはテーブルの上を示す。

 置かれていたのは、銀盆の上に並べられた四つのティーカップ。

「各々がそれを手にとって、掛け声と同時に中身を飲む干す。これは【カタメのギシキ】というランドヒノモトに伝わる伝統行事よ。つまりは、おいしいアルデンテで気分を上げていこうって話ね!」

 適当に話をでっち上げて、物事を自身に都合よく進めようとする。ほかの四人はわけもわからないまま、それぞれひとつづつカップを手に取った。

「それじゃあ、段取りを教えるわね。みんなで同時に合言葉を唱和して、それから中の飲み物を口にするの。えっとね……。ルネッサンスでもサンテでもない……。そう! 【乾杯プロージット】よ!」

「プロージットか……」

 なぜだか満更でもなさそうな雰囲気のA4。響きに共感できるものがあるのだろうか?

「それじゃあ、いくわよ! せーの!」

 意気揚々と音頭を取るルミナス。つづいて少女たちが口々に声を上げた。

乾杯プロージット!!」

「……ぷろしゅーと?」

「…………」

「プ、プロジェクト?」

 思ったとおりに揃わない。

 ノリノリなのはA4だけで、海月姫はどこで覚えたのか、わからないイタリアン。ガイアに至っては茶番に付き合うのは御免とばかりに無言を貫き、ルッキオーネは惜しかった。

 そして、わざと皆から一拍置いて、ルミナスが声高らかに宣言する。

乾杯プロージット! ゾンビ軍団、最後の時に!」

 どうして、こいつはすぐに変なフラグを建てようとするのかな……。

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