15

 丸いテーブルを囲んで三人は椅子に座っていた。ルミナスを中心に、その隣には海月姫、それからA4。ルミナスとA4はちょうど対面上の位置関係にあった。

 隣りにいるはずなのに触ることが出来ないルミナスの身体。海月姫は興味津々で手を伸ばし、相手の肩をつかもうとしては失敗して手のひらが少女の内側に潜り込む。

「……やめなさい」

 ついには面白がって高速で手刀を動かし、ルミナスの顔付近をぐちゃぐちゃにしようと躍起になる。その様子は赤子のいたずらに難儀する若い母親と大して変わらない。

「本当に見えるだけで存在していないのだな……」

 次にはA4が肩に担いであった機関銃を逆向きに持ち、銃床でルミナスの胸を突こうとしている。こいつら、いないとわかった瞬間からやりたい放題だな。

「で、これはどういう理屈で成り立っている現象なんだ?」

 視界にはハッキリと見えているルミナスの肉体。仮想現実などという言葉では済まされないほどのリアルな存在感。その魔法の種について、A4は興味深げに尋ねる。

「まあ、有り体に言ってしまうと、空間投影しているわけじゃなくって、あなたたちの網膜に光として直接、情報を送り込んでいるわけよ。その光を見たあなたたちの脳内が自動的にこちらの姿を再構成しているという感じね」

「ようするに人間の『錯視』や『錯覚』を利用しているというわけか?」

 大胆な仮説を提唱するA4。いい得て妙な推論にルミナスは補足を加える。

「現実にはきっと人間にわたしの姿はただの光としか見えないでしょうね。神様に肉体を彩られた擬人化姫アマデウス・プリティだからこそ、高感度のセンサーで微細に情報を再現できてしまうのよ」

 情報操作の極意をやけにあっさりと披露する。つまりは高いレベルの詐欺をやるには、それなりの準備と環境が必要なわけで……。

「ここへあなたたちを呼んだ理由も簡単よ。この場所でなければ、わたしの力をフルで発揮できないから」

「ここはなにか特別な場所なのか?」

 ルミナスの言葉に引っかかりを覚え、聞き返すA4。それを受けて、少女は施設内に隠されていた秘密を少し自慢気に開帳する。

「この近くに旧時代の研究設備があるのよ。山脈の中腹を丸くぶち抜いた円環状の実験施設。それ自体はまあどうでもいいんだけど、設備の稼働に莫大な電力と大容量の通信装置が必要だったみたいね。わたしはそれを利用して、月にある本体から衛星リンクで情報体を転送しているわけ」

「……月? お月様?」

 月という単語に反応して海月姫が聞き返してくる。古来より海と月は密接な関係性を有している。

「そう。本当のわたしは月にいるの。正確に言うと、月にある超大規模サーバーの管理用アバター。それがわたしの正体よ」

 自身の素性を余すことなく晒し、理解を得ようとする。しかし、まだまだ追及の手は緩まない。

「だが、お前はれっきとした擬人化姫アマデウス・プリティであるのだろう。で、あれば最終的な目的は主神が盟主の世界を構築するのが使命ではないのか?」

 少女たちは最後のひとりとなるまで戦い、勝ち抜き、この星を作り変える。それこそが彼女たちが現世に生まれた存在理由であるのだ。

「あーーーー。うん、それなんだけどねえ……」

 なんとなく言い淀む感じでルミナスが裏事情を口にしようとする。

「うちのアルちゃんがこの擬人化大戦に、すわ参戦しようとして、わたしを急いで顕現したんだけどね」

 自身の主神をペットの猫並みに気安く呼び、軽く扱う。まあ、ほかの連中も似たりよったりなのでいまさらだが。

「舞台が地球なのに、月にいるわたしがどうやって戦うの? って確認したら、『あ!』って聞こえてきたのよね」

 想像以上の展開に聞いているふたりも絶句していた。

「そのあと、取り繕うように『隕石でも打ち込んでみたら?』って、軽い感じでいってきたのよ。いやー、そんな無慈悲なことまでして勝ちたくないよって答えたら、『それじゃあ、今回はパス』で交信終了よ。どう思う?」

 ダイエット中のJKが昼食を抜くくらいの感覚で擬人化大戦からの脱落をあっさり容認する女神アルテミス。

 無限の時と万能の力を併せ持つ神々だからこその余裕。それはそれとして無責任すぎるとは思う。

「まーね。そもそもが姉弟仲が悪いように見せながら、その裏で実は弟ちゃん大好きっ娘みたいなキャラしてる女よ。そういうムーブでまた信者を集めようって魂胆じゃないかな? 人類、もういないけどね」

 サバサバとした表現で主神の内情を勝手に忖度するルミナス。ここまで言えるともう背信者である。

「お前、いい加減にしないと、神罰が下るぞ……」

 ついつい真顔で諭すA4。それはそれとして、ここでひとつ決定的な事柄に言及する。

「つまりは、すでにお前はこの擬人化大戦においては絶対に勝者とはなり得ないわけだな?」

「平たくいうと、そういうことね。すでに神の恩寵から外れているわたしには、世界を再構成する力はないわ。いまの力だって暫定的に行使できているだけよ。この戦いが終われば、自分自身は元どうりの記録管理用アバターとしてデータサーバーに戻るだけ」

 淡々と自身が置かれた状況を伝えたルミナス。そこにいい加減、いたずらに飽きた海月姫がボソリとつぶやく。

「……じゃあ、なぜいまこの場所でわたしたちの戦いに介入しようとしているの? 別に決着がつくまで待っていればいいだけでしょ」

 もっともなご意見。よけいな手出しは現状に混乱をもたらし、結果を予測不可能な混沌カオスへと陥れるリスクがある。未来に責任を持たない立場であるならば、黙って静観するのがベターな選択であろう。

「こちらとしても本来なら、そうしたかったんだけどね……。それも、世界が無事に次なる支配者へ委ねられるという前提があってこそよ」

 達観した様子でルミナスは両腕を前に出す。互いの手の親指と人差指を組み合わせ、写真を撮る前のフレームゲートを作った。

 そこに一枚の画像が現れる。絵柄は小さく流石によくは見えない。それを大きく引き伸ばすように少女は両手を左右に大きく広げた。画像が拡大され、写されている内容がハッキリと表示される。

「これは!?」

 A4の顔に戦慄と驚愕の色が走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る