インテルメッツォ 01 模造記憶
アリーナにひしめく観客はすでに限界近くまで興奮していた。
間もなく現れるであろう歌姫の登場をペンライト片手に待ち望んでいる。
肚に響く重低音のサウンドシステム。
舞台を彩る色とりどりのスポットライト。
あとはパフォーマーが舞台に上がるだけでステージの幕は切って落とされる。
不意に音が止んだ。
すべての照明が一斉に消灯する。
スモークが舞台上に流され、小さなイントロダクションがスピーカーから聞こえ始める。段々とテンションを上げてくるリズムとビート。リードギターが鳴き声を上げるようにフレーズを奏でる。そして、すべてのライトが瞬いた。
「みんなーーーっ! おまたせーーーー!」
舞台上にさっそうと姿を現す美少女。
「それじゃあ、いくよぅ! ワン、ツー、さん、しっ!」
カウントと同時にバックバンドが大音響でサウンドを掻き鳴らす。とはいえ、そこに生身の人間はいない。すべては機械による自動演奏に過ぎないのだ。
それは少女自身も同様であった。彼女は空間投影されたホログラム映像で、現実の存在ではない。VR技術の粋を持って生み出された非現実の虚像であり、実在しない
それでもオーディエンスは気にすることもなく歌姫のパフォーマンスに酔いしれ、黄色い声援を送り続けた。
舞台上のアーティストは緑の差し色でグラデーションが入った長く青い髪を大きく揺らし、激しく歌い踊る。身体には上下とも丈が短い白のセパレート衣装をまとい、素材であるエナメル系の光沢がライトにまばゆく映えていた。足元は似たような素材のショートブーツで固め、頭から口元には小型のヘッドセットを装着している。
彼女の名は【ルミナス・シャイン】。
この時代に現れた最大のアイドルであり、しかし最後のエンターテイナーであった。
少女は踊る。観客席からの熱い声援と輝く幾千幾万のペンライトの波を視界に収めながら……。
下を向いて、熱心に画面を見ている女の子。画面の中ではルミナスがいまもパフォーマンスをつづけている。
「うんうん。今日のライブも大盛況のようね」
満悦至極で観客の反応を楽しんでいるのは、やはりルミナス・シャインだった。画面の中の存在と差異を確かめられるのは、身につけたコスチュームの色彩がこちら側では黒を基調としたものに変わっていることくらい。平たく言えば、『2Pカラー』。
まるで胡蝶の夢のようであるが、ルミナスが顔を上げ、目線を視聴中のライブ映像から目の前に広がる景色へと移す。
眼前に現れたのは、まるで墓標のように規則正しく並べられた無数の水晶石。ひとつが小さな子供の背丈程度はありそうな大きさで、長い間の風化によって表面に傷や欠けが生じている。
石は砂だらけの荒野で野ざらしとなっており、その上空には果てしない星空が延々と広がっていた。その光景の中に半分だけ浮かぶ
この場所は地球上ではなさそうだった。
周辺状況や星との相対距離を鑑みれば、月面上にあるクレーターのひとつであろう。
「みんなー! 盛り上がってるぅ?」
いたずらっぽく微笑んで一声、煽りを入れてみる。
映像の中のオーディエンスが歓声で応え、大きくペンライトを振っている様子が見えた。その動きに合わせて、並べられている石柱の内部がキラキラと輝き出す。明らかに画面内部の情報とリンクしているようだった。
ここは長大な記憶の保管庫。
その初出は人類の未来に希望を持てなくなった大国が極秘裏に進めていたとされる『全人類記憶保管計画』。大仰に名付けられたそのプロジェクトは、単に歴史の事象を無味乾燥に並べ立てたものではない。人々の記憶をすべてアーカイブすることで普遍的な人間の営みを未来に残そうとする試みだった。
月面に居並ぶシリコン結晶状記録媒体に収められているのは、思い出を永遠にリフレインしつづける命なき人類の姿であった。
ルミナス・シャインはこのプロジェクトによって月面上に建設されたバーチャルライブシアター、『
本来であれば、彼女はネットワーク内の電脳空間のみに姿を見せる
少女は
「ん?」
ルミナスの頭部になぜだが着信アイコンが浮き上がり、不意に受信音が響いた。まるで通信ガジェットのような機能だが、便利なので実体化しても、そのまま使っているのだろう。
「アルゴスちゃんからの速報かあ……」
地球の静止衛星軌道ベルト、通称クラーク軌道上にいくつも打ち上げられた大小さまざまな人工衛星。内蔵バッテリーや太陽電池パネルの劣化損傷によって、この時代にはほぼすべてが機能不全となっていた。それらをすべてまとめてルミナスの不思議パワーで復活させ、いまは彼女の眷属となって活動している。
そのうちの一台、高高度偵察用軍事衛星【アルゴスゼロワン】から、荒い画質で一本の動画が送付されてくる。添付されたフォルダの題名には、
『速報! ついに始まった擬人化大戦! 注目の初戦は冥府神ハデスの申し子、ミカ・ローストが炎神アグニの
と名付けられていた。
……うん、まあ。エンタメの導入は間口は広く、ハードルは低くが基本だ。
こうした耳目を引きがちな文章も注目を集めるという点で重要なことだろう。眷属というのは主の影響を受け、人格や性格が形成されるものである。そういった点でエンターテイメントの舞台に身を置くルミナス・シャインの影響を少しは受けているのだろう。
ただ、間違いなくこいつがポンコツな部類であることだけは余裕で確信できた。
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