転生したらちょっと違う人魚姫の世界だったんで(しかも王子が悪役)、推し(人魚姫)を守る事にした件。
こだいじん
第1話 転生したらちょっと違う人魚姫の世界でした
煌めくスマホの画面を凝視しながら、彩夏は興奮で浅くなる呼吸を必死に整えていた。推し――そう、この世で最も尊く愛しい存在である「人魚姫ちゃん」の新規イラストが、ついに公開されたのだ。長い栗色の髪が波間に揺れ、淡いピンクの鱗が陽光を浴びて輝いている。なんて可憐で、なんて儚いのだろう。この完璧なまでの造形美、そして運命に翻弄されながらも一途に王子を想う健気さ。ああ、今日も人魚姫ちゃんが尊い。
「はぁ、可愛すぎてしんどい……この子のためなら、私、どんなことでもできる……!」
彩夏はスマホを胸に抱きしめ、天を仰いだ。推し活に全てを捧げてきた彼女にとって、人魚姫は人生の光そのものだった。バイトで稼いだ金は全てグッズとイベントにつぎ込み、SNSでは毎日その魅力を布教し、時には熱すぎる愛で周りをドン引きさせることもあった。だが、それでいい。
理解されなくとも、この愛だけは誰にも譲れない。
信号が青に変わる。ぼんやりと夢心地で横断歩道に足を踏み出した、その時だった。
けたたましいクラクションの音。視界を埋め尽くす真っ白い光。そして、全身を襲う激しい衝撃――。
意識が遠のく中、彩夏の頭にはただ一つ、人魚姫の笑顔が浮かんでいた。
「あ、人魚姫ちゃん、幸せになってね……」
次に目覚めた時、彩夏は全く見知らぬ場所にいた。天井は高く、豪華絢爛な装飾が施されている。
窓の外には、見たこともないような奇妙な形の建物が立ち並び、空には二つの月が浮かんでいた。
「え、ここどこ……? まさか……異世界転生ってやつ!?」
混乱しつつも、彩夏はすぐに自分の体がまるで別人のように若返っていることに気づいた。
そして、手足の感覚を確かめていると、ある衝撃的な事実が脳裏をよぎった。
ここは、あの『人魚姫』の世界にそっくりだ。そして、自分が転生したのは、まさかの……。
その予感は、すぐに確信へと変わった。
「え、私が……人魚姫ちゃんに、……!?」
喜びと困惑が入り混じったまま、彩夏は自身の境遇を理解した。
そして、ふと、重要なことを思い出す。そう、あの物語の結末だ。人魚姫が泡となって消える、あの悲劇のラスト。
「いや、待てよ……王子、あいつ、この世界の王子って、まさか人魚姫ちゃんと結婚するって話になってんのか!?」
彩夏の顔から血の気が引いた。自分が転生した時代が、物語のどの時点なのかは不明だが、もしや、人魚姫が王子と出会い、そして絶望へと向かうあの展開の最中なのではないか?
脳裏に、王子という名の性悪男の顔が浮かぶ。人魚姫の純粋な心を弄び、その歌声の魔力を利用し、あまつさえ結婚相手の国まで乗っ取ろうとする、あの悪辣な男。
「ふざけるなッッ!! 私の推しが、あんな性悪男に利用されてたまるかぁぁぁ!!」
彩夏の脳内で、ある決意が固まった。前世の自分が、どれだけ人魚姫を愛していたか。その愛情は、異世界に来ても何一つ変わらない。むしろ、今、この世界で、この手で人魚姫を救うことができるなら、これ以上の喜びはない。
「絶対に、人魚姫ちゃんを死なせねぇ! 泡になんかさせてたまるか! 王子、ぶっ飛ばしてでも、幸せにしてやるからな、人魚姫ちゃん!!」
その日から、彩夏の「推し活」は、異世界で命がけの戦へと変貌したのだった。
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