天安門事変
稲富良次
第1話「いちご白書をもう一度」
それからは坂道に丸石を置いたくらい見事に転がっていった。
朴と僕は北京にある大学の政府に不満を持つ学生運動組織と接触・・・
薫ほどではないが僕も幾多の修羅場をくぐってきた戦士だ…
理想に燃える学生を焚きつけるのは造作もない。
特徴のない陳に代わって杜と王はカリスマの塊みたいな快男児だ。
夢を語らせたら右に出るもはいない。
賃金が物価高で目減りしている労働者を一つの方向に向かせるのに
多言を労しなかった。
それに尽力したのが「スクエア・オブ・サイレンス」という機械だ。
中国の密告、盗聴社会で密談を聞かれる事ほど恐ろしい事はない。
これが解消されるという事は、当局の目と耳を奪うということだ。
これには朱美先輩の「鶴屋財閥」が一枚以上嚙んでいる。
このパテントを獲得、一番大切な心臓部の秘密を開示する条件で
日本の下請けの製造会社をフル稼働させて「量産」してくれた。
それに中国で一番優秀なテクノクラートをリクルートできるのだ。
こんないい条件を朱美先輩が見逃すはずがない。
5月15日に秘密裏に開催された学生と労働者の決起集会は…
僕は感動で震えた。
自分がロベスピェールになってもいい。
この陶酔に身を委ねられるのならば…
その頃から僕は不思議な夢を毎晩見るようになった。
僕は雪山に全裸で一人で立っていた。
空は曇天、雪は降っていない。
黒い針葉樹の森から一人の金髪の美女がやはり全裸でこちらに歩いてくる。
そして抱き合ってキスする瞬間に…目覚める。
これは革命前夜の胸の高鳴りが見せる幻想だと思った。
しかしこの夢を見出してから薫と連絡するのが億劫になり
あれほど色目を使っていた白玉緒を見てもなんとも思わない。
僕は夢の女に心を奪われていった…日に日に夢が現実感を増していく。
最古参の三人が革命前夜に集まる機会が奇跡的にあった。
杜は秘密組織の委員長に収まり各組合の分会長、組織委員長、書記長を束ねている。
王は闘争本部長になり各組織の実働部隊、資金調達、物資の調達など裏選対を指揮
その行動範囲たるや北京に留まらず長江の沿岸都市部の全てに及んでいた。
僕も及ばすながら、大学組織のリーダーのまとめ役として調整に勤めていた。
このスケジュール管理は文ちゃんから内々に借りた「アイパッド」の処理能力が
威力を発揮した。
各組織に回す文書は地球の図書館のコピー機をフル稼働させた。
その合間の一時、僕らは酒を酌み交わした。
「望よ、俺は感謝しているぜ…台湾で親分の真似事をしていたがここにきて本物の
首領(ドン)にしてくれた。それはお前と出会ったからだ」
「それは俺も同じよ…反乱、反抗こそ俺の性分、まさかここにきてもう一回
天上界に向かって唾を吐けるとは思わなかった…俺の血は毎日滾っている」
「そんな…勿体ない…伝説の二人にそこまで言ってもらえるとは…」
「いやいやお前こそ神を罵り、悪魔を尻に敷いたと噂に聴いたぜ、大した奴よ」
なんのことだ…地獄でしたゴルフの話か?
「これが陽動なのが勿体ないな」
「ああまったくだ・・・おい望、紅衛会の武器庫に忍び込んで機関銃をかっぱらって
本当に武装蜂起するのはどうだ?
今ならできるぜ」
僕は一気に酔いが醒めた。
だめだ・・・それだけはやっちゃいけない。
僕らならそれは容易い。
それをしたら本当の革命になる。デモで僕らが捕まるだけでは済まない。
血も流れる…おそらく予想の10倍だ。
中国共産党だって黙ってはいない。
僕ら冷静になるべきだ。
相手はヨセフス・スターリンやアドルフ・ヒットラーと思わなければいけない。
それと同等となってどうする。
「俺は工会(労働組合)の連中と付き合っているからよくわかる。
党本部はムチャクチャだ。70年代にあった「結社の権利」をなくして
「スト権」「団結権」は頑として認めない。
もう時は戻せないのに懐柔策さえ取ろうとしない。
蜂起するのは時間の問題というのはフツフツ感じるんだ」
「俺の見たところ李鵬が学生運動に理解のある趙紫陽を失脚させた時
が革命蜂起の狼煙になるとみている」
「ラマルク将軍が趙紫陽か…」
「おまえはフランス革命になぞらえるのが好きだな…」
「その前に胡耀邦の心臓発作もあるしな」
「その追悼集会が危ういな…」
「ぼくらとしてはソ連の要人がくるまで蜂起は押さえたい…これについては」
「同意」
「同意」
その思いは早々に打ち砕かれた。党の機関紙「人民日報」のトップ一面…
「今回の胡耀邦の党の大会と並列しての学生の追悼集会は党への批判と反乱を
促すものだ」
という論調の「動乱社説」という記事が趙紫陽の北朝鮮訪問中に刊行されたのだ。
これは学生と党の対立を煽るもので、どえらい事になるのは明白た。
そしてゴルバチョフ書記長が北京に到着した。党はこの後でも外交を強行した。
その随員でラスプーチンもいる。
その謁見式は学生で溢れかえっている天安門広場ではなく空港で行われた。
鄧小平とゴルバチョフの対談が行われた。
これで学生達は勢いつき「党改革」「鄧小平退陣」「趙紫陽の養護・万歳」
など党本部には到底相容れない主張が声高に唱えられた。
ここに至って「厳戒令」が発布される。
辞任を撤回させられた趙紫陽は学生達に「ハンガーストライキ」を辞めて
家へ帰れと訴えたが…時すでに遅かった。
彼は学生との別れを惜しみ救急車でその場を離れた。
僕らはこのまま残って学生達と体制と戦うべきか…
それともこの機に乗じて
党本部とソ連の密談の場に乗り込むべきか…
厳戒令は僕らを封じ込める策なのは明白だ。
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