第6話 裸身
幼い頃は叔母たちがいたから、お泊り行事はなかった。家を新築した後、由紀が泊りにきたり、花純が泊りにいったりすることはあった。
それが不思議なことに、由紀と一緒にお風呂に入ったことが一度もない。
だから由紀の裸も見たことがないし、彼女に裸身を見せたこともない。
修学旅行のときも、一緒にお風呂には入らなかった。花純は部屋のシャワーで簡単に済ませた。だからといって、特別に避けていたわけではない。
言うなれば思春期特有の羞恥(しゅうち)心からだった。お互いに言わないだけで由紀も自分なりの劣等感を、秘かに隠しているのかもしれない。
やはり価値観も違っているし、悩みも人それぞれ抱えている。
みんな人知れず、ひっそりと隠していたいものがあり、隠す必要のないものまで隠していたりなんかする。
劣等感を持っていない人間はどこにもいない。ルナはどうだろう。顔の美しさも、声の素晴らしさも、芸術の才能も、あたまの良さも、すべてに恵まれている。
なにひとつ申し分ないように見える。
片すみに刻みこまれたまま、ひっそりと佇(たたず)んでいる記憶を、掘り起こしてみれば、なにか隠していたいことがあるのかもしれない。
例えば桜の季節にいった、ルナの曾祖父の生家を花純は思い出した。花純たちに言わないだけで、彼女もなんらかの問題を抱えているのかもしれない。
花純は母親の裸をまったく覚えていない。親と一緒にお風呂に入った記憶がなかった。幼い頃の花純のお風呂は、どうしていたのだろう。母親ミチの裸身がすっぽりと抜け落ちている。
女の裸身をしみじみと眺めたのは、この自分の裸が初めてだった。劣等感の塊のような彼女にとって、この美しさは意外だった。自分にとって生涯で今のこの裸が、一番美しい刻(とき)なのかもしれない。肌のすみずみまで記憶に留め、しっかりと目に焼きつけておきたかった。
女性の裸ほど美しいものはないと思う。その武器を今花純は手にしている。
大人の扉を開けていながら、入ることをためらっている、熟する前の青い果実のような乙女になっていた。
表面は大人になっていても、まだまだ花純は幼い子供だった。それが磁石に吸い寄せられる鉄屑(くず)のように、切ないほど仁に恋している。もっと傍にいたい。見つめていたいし、彼に触れていたかった。なによりも触れられたかった。
頭の中は、仁のことで一杯だった。気がつけば、いつも彼のことを考えている。
彼のことしか考えられない。授業も上の空で
『受験はどうするの』
とささやく心の声にふたをした。
今は仁のことだけを考えていたかった。
『今夜の夢に、仁が出てくるだろうか。出てきて欲しい』
と願っていた。
パジャマを羽織ると、再び花純は子供に戻った。
『今度の日曜日に、もっと可愛いネグリジェを買おう』
と決めた。例えひとりぼっちで、誰も気にかけてくれる人がいなくても、せめて眠るときぐらい、可愛くしていたかった。
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