第2話 未知の扉

あの日から花純は変わった。だからといって、どうすればいいのかわからない。

今までへ理屈をこねてばかりいた、頭でっかちの少女に、理解できない化学変化が起った。


子どもの頃のままの、素直な性格がまだ残っている花純は、自分で自分を持てあました。もう以前のままではいられない。仁を捜し、吸い寄せられるように、気がつけば、いつも目が仁を追っていた。大人への未知の扉を開けた予感があった。


そんなことがつづいているときだった。校庭ですれ違ったとき、仁がす早く

「今日四時半に、美術室の裏で待っているから、きて」

いきなり囁(ささや)いた。


周りには誰もいない。花純は一瞬ドキッとして、心臓が止まるかと思った。突っ立ったままで返事ができない。初めてだったのでうろたえた。

仁は返事も聞かず、そのままいってしまった。


『え、ウソ!本当に』うれしい…なにも手につかない。

『どうしよう』迷いが、チラっと口をはさんできた。


『なんの話かな』どこか奥の方から横やりが入る。

『男子となんか、なにを話したらいいのかわからない』不安がポッとわく。


劣等感が復活した。自信なんかまるでない。

彼女はどうすれば良いのかわからなかった。


けれど迷っていても、心は決まっていた。自分がいくことはわかっていた。

あの奇跡の午後以来、仁へのあこがれが募っていた。たとえいくとわかっていても、

人見知りの花純は不安で一杯だった。


昼からの時間は、のろのろていねいに過ぎていった。授業に身が入らない。

左から右へ抜け、脳をかすめもしない。内容はす通りしていく。


花純は人に相談するタイプではない。悩んでいても、ほとんど、誰にも相談してこなかった。なにごとも自分ひとりで決めてきた。あの奇跡のことも、あの日以来仁にあこがれていることも、今日誘われたことも、秘密にしていた。


どんな話なのか見当もつかなかったし、うかつに打ち明けられない。いつも一緒に帰っている由紀に、先に帰ってもらうために、ウソをつく…

『なんて言おうかな』

迷った。


仁はその点もぬかりなく、平尾に、由紀を誘わせておいてくれた。

由紀が先に話しかけた。

「今日平尾君がね、用事があるんだって。だから先に帰っとって」

と言う。


花純はなんにもウソをつかなくてすんだ。ちょっとだけほっとする。

まず、第一関門を突破した。

『関門だなんて、こんなこと由紀が聞いたら怒るよ』


由紀は正直に、本当のことを言ってくれているのに、花純はなにも話していない。

初めてのことでとまどっていた。どうすればいいのか、わからなかった。


そんなときとてつもなく大切なことを思い出してしまった。

あ然とする。

仁のことをなにも知らないくせに、彼のお母さんのことを嫌っていた。


『私はどこまでも心が狭い』

ことに気がついた。

『お母さんのことを、こうまんちきなんて言ってごめんなさい』

取りあえず、心の中で先に謝った。


『他になにか、忘れていることはなかったかな』

いろいろ考えていても、仕方がない。シュミレーションなどできない。

迷ったあげく、出たとこ勝負でいくことにした。


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