第10話
数日後、牛はすっかり元気を取り戻し、以前にも増して食欲旺盛になった。大きな体で、牧草をムシャムシャと食べる姿は、以前の痩せ細った姿とはまるで別物だった。農夫は、涙を流してセレナに感謝した。彼の家族もまた、セレナの元へ駆けつけ、深々と頭を下げた。
「セレナ様…あなたは、本当に奇跡の獣医様です! この子は、もう駄目だと諦めていました…これで、また家族みんなで暮らせます…本当に、本当にありがとうございます!」
この一件を皮切りに、セレナの評判は領地中に、そして隣接する村々にも広まっていった。原因不明の奇病に苦しむ家畜、怪我を負った猟犬、さらには森で罠にかかった野生の鹿や、羽を折った鷲までもが、セレナの元に運び込まれるようになった。彼女は、どんな動物に対しても分け隔てなく接し、その命と真摯に向き合った。彼女にとって、動物の大小や種族は関係なかった。ただ、目の前の命を救うこと。それが彼女の全てだった。
ある時、深い森で罠にかかって足を負傷した子狼が運び込まれてきた。その子狼は、激しい痛みに怯え、唸り声を上げていた。目つきは鋭く、人間を警戒していた。通常の獣医であれば、凶暴な野生動物として、その場での処分を検討するだろう。しかし、セレナは違った。子狼の目をじっと見つめ、優しく語りかけた。その声は、森の木々を揺らす風のように穏やかだった。
「大丈夫よ、怖くないわ。私が、あなたの痛みを和らげてあげるから。もう、どこにも行かないから、安心してね」
セレナは、子狼の傷口を丁寧に洗い、骨折した足を副木で固定した。その間も、子狼は唸り声を上げていたが、セレナの落ち着いた手つきと、優しい声に、次第にその唸り声は小さくなっていった。セレナの指先が子狼の毛並みを優しく撫でると、子狼はゆっくりと目を閉じ、安心したように息をついた。数週間後、子狼の足は完治し、セレナの施設を駆け回るほどに元気になった。子狼は、セレナの足元に擦り寄り、甘えるような仕草を見せるようになった。セレナが研究室で作業していると、子狼は彼女の膝元に頭を擦り付け、小さな寝息を立てることもあった。セレナは、子狼に「ルナ」と名付け、まるで自分の子供のように可愛がった。ルナは、セレナが呼べばすぐに駆け寄り、彼女の指示に素直に従った。
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