第25話

 エレノアの表情を見ただけで、イザベラとのやりとりを聞かれたのだと分かった。

 間違ったことを言ったつもりはないが、ちょっときつかったかもしれない。イザベラとは性格があわなくて、どうしても当たりが強くなりがちな自覚はある。

 そのままエレノアが立ち去ったのならスルー出来たのだけど、何か言いたげな顔で見て来るものだから、部屋へ誘った。廊下で話して、また誰かに聞かれたくない。

 私の後に着いて部屋に入って来たエレノアは、疲れてソファに座り込んだ私を心配そうに見た。

「お母様…。イザベラの肩を持つつもりはないのですが、戸惑っているのだと思います。以前のお母様はイザベラの言うことをなんでも聞いていましたから…」

 やはりそうか。

 でもなあ。今の私は笑子だし。ベアトリスがイザベラを肯定する心情が理解出来ない。

 エレノアよりも自分に似てるから?

 気が合うとか、そういうのがあったのだとしても、お金絡みで友達のご機嫌取らなきゃいけないような状況は、自分の為にならないのだと諭さなきゃいけないんじゃないだろうか。

「それに…以前のお母様ならマールベリー夫人に反論するような真似はしませんでしたから」

「だとしても、アーサーが責められるのは間違っていると思ったのですよ」

 えー。やっぱ、あそこであんな啖呵切った私が悪いわけ?

 怪訝な思いはあるが、長いものには巻かれろという世の道理もそれなりには分かっているつもりだ。

 複雑な思いで言う私に、エレノアはもちろん自分もそう思うと言った。

「お母様は間違っておりません。私は今のお母様の方が好きですし、よくぞアーサーを庇ってくれたと感謝しております」

 あら。マリーと同じようなことを言うのね。

 あれか。皆、不満には思ってたけど、借金だらけのレイヴンズクロフト家の立場が悪いのは分かっているから、ベアトリスの振る舞いも理解出来なくはなくて、見て見ぬ振りしてた感じか。

 もしも、ベアトリスの中身がベアトリスのままだったら、今回の騒ぎもアーサーが悪いってことで、なんとなくオチがついてたんだろうな。

 そもそもベアトリスは学校へ出向かなかっただろうし。

 先生がうちまでやって来て、マリーが話を聞いて、奥様に伝えますとかなんとか言って、手打ちみたいな。

 でもさ。そんなことしたら、アーサーの学校での立場がないじゃないの。

「記憶をなくされる前のお母様は、アーサーにマールベリー家の息子とは出来るだけ関わらないように注意しておりました。アーサーも出来るだけ守っていたのですが、あの子は正義感が強いですから。友達がいじめられているのが我慢ならなかったのだと思います。しかし、イザベラはジューンの後ろ盾をなくすわけにはいかないので…」

「ジューンとの付き合いは長いのですか?」

 母親であるベアトリスに聞かれるのも不思議だろうが、エレノアには記憶を失っていると伝えてある。私の疑問に頷き、幼い頃は自分も一緒によく遊んだと話した。

「私たちが幼い頃は、まだレイヴンズクロフト家はここまで落ちぶれていなかったのです。ですから、ジューンもマールベリー夫人も、侯爵家とお付き合いが出来ると光栄に思っていたはずです。しかし、次第に我が家の財政は悪化して行き…マールベリー商会への支払いも長い間滞っていますので…今は完全に下に見られていると言ってもいいかと」

「なるほど…。やはり、問題はお金なのですね」

 ここでも問題の中心は借金だ。

 借金を返し、財政状況の健全化に勤めれば…。

 イザベラとジューンの関係も偏ったものではなくなるのではないか。

 そこに本当の友情があれば、だが。

「私は記憶をなくされてからのお母様をとても好ましく思っていますが、イザベラは逆なのだと思います。あの子はあの子なりに家のことを考えているのだと思いますから、余り厳しくしないでやって下さい」

「……」

 イザベラについて考えていると、エレノアが庇うようなことを言い出し、少し驚いて彼女を見た。エレノアに対するイザベラの態度が舐めたものであるのを知ってるだけに、どこまで人がいいのかと呆れてしまうんだけど。

 それにイザベラなりに家のことを考えてるっていうのは?

 どういう意味かと目顔で聞くと、エレノアは舞踏会の件を持ちだした。

「今度の舞踏会で、エレノアには意中の人がいるとお話したでしょう」

「ええ。その為に新しいドレスを…っていう?」

「その相手というのが資産家で有名がフェアチャイルド家の御曹司なのです。お母様もイザベラがフェアチャイルド家に嫁げるよう、全力で応援されていました」

 なんと。

 娘の結婚で逆転ホームランを打ち上げようとしていたのか。

 ベアトリス、すごいな。

 私には絶対に思いつかない案だわ。

 はーと感心して、離れから持ち帰ってテーブルに置いた瓶を見つめる。

 ちまちま酒を売ろうとしてる私って…。

 貴族に向いてない。うん。


 ベアトリスが宝飾品を質に入れてまでイザベラのドレス代を工面しようとしていたのは、そういう心づもりがあったのだと分かり、納得すると共に、買い食いに使ってしまったのを反省したりしたけど、かといって、残りのお金をイザベラに渡す気にもなれなかった。

 だって。なんかうまくいくと思えないんだよね。イザベラの結婚。

 でも、それとなくフォローしておこうと思い、エレノアにも心配しないように言う。

「イザベラとは改めて話をしておきます。いつもありがとうございます」

「そんな…お母様にお礼を言われるようなことでは。ところで、離れに行かれていたそうですが、お兄様のご様子はいかがですか?」

 午後から佐野くんのところへ出かけたので、夕食は子供たちだけで済ませてくれとマリーに伝えてあった。佐野くんはエレノアにとっての兄テオドアだ。

「元気そうでしたよ」

「それならばよかったです。お母様は昨日も離れにいらしたと聞いて、続けて訪ねるなんて何かあったのかと心配していたのです」

 そうか。

 ベアトリスとテオドアの仲は元々、さほどよくなかったと聞いている。それなのに連日出向くのは不思議に思われるのだろう。

 これからも離れには頻繁に行くつもりだ。電話なりメールなりがあればいいんだけど、この世界には直接訪ねるしか情報を伝える術がない。

 これは前もって対策しておいた方がいいだろうと考えた。

「それが…元気ではあったのですが、離れの屋敷には使用人がいないものですから、大変汚れていたのです。それで掃除を」

「お母様が掃除なんて…!使用人をお連れになればよろしいかと」

「いえ。テオドアはジャック以外の使用人が離れに入ることを厭がっているのです。ジャックにも仕事がありますから、最低限の世話しか出来ないようで…私が手伝うことにしたのです」

「お母様が…?」

 エレノアにとってのベアトリスは掃除なんかと一番遠い場所にいるような存在だったのだろう。分からないでもない。侯爵夫人だからな。

 怪訝そうに眉を顰めるエレノアに、にっこり笑ってテオドアの為だと言う。

「テオドアが離れへ行ってからずっと気にかけてはいたのです。しばらく離れに通い、こちらへ戻れるように手助けするつもりです」

「そうですか…。でも、ご無理はなさらないで下さい。私も出来ることがあればお手伝いしますので…」

「ありがとうございます」

 真摯な面持ちで申し出てくれるエレノアに礼を言い、明日も勤めがあるのだから、もう休んだ方がいいと言って、部屋へ戻した。

 一人になると、「ふう」と息を吐いてソファに倒れ込む。

「……」

 疲れたわ。明日は町でユリシーズを探さなきゃいけないし、私ももう寝よう。


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