【荒らし国】 荒らし共栄圏から無能として追放された松村太陽と松元心蓮音が無能を集めて無能しかいない荒らし国を作るまで

荒らし国

松村太陽と松元心蓮音

荒らし共栄圏中央評議庁、午後三時。粛々とした空気の中、重々しい鐘が三回鳴らされた。冷たい金属の響きは、粛清と決断の象徴だった。


「松村太陽、松元心蓮音。前へ」


厳格な口調で読み上げたのは、有能指数管理委員の灰野(はいの)だった。彼の眼鏡は曇りひとつなく、まるで感情のない機械のように二人を見下ろしていた。


「え、ほんとに呼ばれた? 名前かぶってる別人じゃなくて?」太陽はあっけらかんと立ち上がり、ぺこりと頭を下げて壇上へ。


「心蓮音、逃げるなら今だよ」

「逃げても無能だよ」

「…それもそうか」


壇上に並ばされた二人の前に、灰野が一枚の紙を差し出した。まるで賞状のように見えたが、中央には大きな赤文字で「無能認定証」と書かれていた。


「あなた方は、共栄圏の基準において“有能”とみなされる最低限の能力水準を長期にわたり満たさず、そのうえ規律違反、思考逸脱、独創的発言の常習者であると判定されました。よって本日をもって、共栄圏より追放処分といたします」


「いや、ちょっと待って。それ、もしかして褒められてないよね?」

「“独創的発言”って、ちょっと良さげな響きじゃない?」

「皮肉だよ、太陽」

「あーやっぱり?」


無言で見下ろす評議員たちの視線は、まるで二人が人間ではなく、失敗作のロボットでも見るようだった。背後の扉が「ガシャコン」と開き、警備兵が肩を叩く。


「では、失礼ながらご退出を」

「退出って、あの……どっちの方向? あっち? そっち? それとも……下?」

「“処分場ルートB”でございます」


処分場、という不穏な響きに思わず二人で顔を見合わせた。


「せめて“出口”とか“自由の門”とか、名前のセンス考えてほしいよね」

「無能には選ばせないってスタンスなんだよ、ほら行こ」


そのまま二人は連行され、共栄圏の裏手にある資源再処理区、通称“処分場ルートB”の裏門まで運ばれた。正面玄関すら使わせてもらえない。門の外は、雑草と廃墟が広がる無限の荒地だった。


「じゃ、頑張ってくださいねー。無能さんたち」

「言い方ァ!」太陽がツッコミを入れるも、警備兵はすでにドアを閉めていた。


「……というわけで、追放されたね」

「うん。見事に」

「何がダメだったんだろう。僕、掃除ロボットに“お疲れさま”って声かけてただけなのに」

「私は、上司に“それ論理破綻してませんか”って3秒に一回くらい言ってた」

「それはダメだわ」


ふと静かになった荒野の中で、二人は立ち尽くす。共栄圏の白く整然とした建物は、遠くにぼんやり霞んで見えるだけ。そこに戻ることはもう、絶対にできない。


「……でもさ、せっかくだからさ」太陽が草むらに座り込んで空を見上げる。「もう誰にも怒られないんだし、なんか新しいことしようよ」


「例えば?」心蓮音が隣に腰を下ろす。


「無能だけで国、作らない?」

「……それ、史上最低の建国理由じゃない?」

「いや、最高だよ。だってここなら、失敗しても笑っていい国になる」


彼のその無責任で楽天的な笑顔が、心蓮音の胸の奥を妙にくすぐった。


「わかった。じゃあ作ろう、無能だけの国」

「よーし! 国名は……『荒らし国』でどう!?」

「それ、響きからして誤解されるってば!」


こうして、荒らし共栄圏から放り出された無能二人による、新たなる国の第一歩が、今しがた雑草の中で踏み出されたのだった。


荒らし国――それは、天才でも英雄でもなく、「無能」と言われた者たちによって築かれた、規格外に自由で、ありえないくらい適当な理想郷(らしきもの)だった。


建国初日。太陽は地面に木の棒で「ここ、国境線」って書いた。

心蓮音はそれを見て、「雨降ったら消えるじゃん」と一言。

「それでいいんだよ、国境とか気分で変えていこうよ」

「法律より気分が強い国……大丈夫なの、それ?」

「大丈夫じゃないからいいんだよ! だって“無能”だもん!」

「開き直りが国家理念って斬新すぎるよ」


国の最初の建造物は、彼らが勝手に“中央庁”と名付けた小屋だった。もとは納屋だったが、屋根が一部なかったので、逆に“開放感がある”と太陽が絶賛した。


「ここが政府の建物になるのか……風が通るなぁ」

「いや、屋根がないからね。屋根を通ってるんだよ」

「細かいことは気にしない!」


そんな調子で、建国二日目には「第一基本法」が制定された。内容は以下の通り:


**第一条:がんばらないこと**

**第二条:自分のペースを他人に押しつけないこと**

**第三条:失敗したら、とりあえず一回笑うこと**

**第四条:働きたくなったら働いてもいい(ただし午後から)**

**第五条:午後はだいたい眠いので会議は禁止**


「なんか、すごく…ぬるいね」

「ぬるいから続くんだよ。人間って、ずっと熱かったら焦げちゃうじゃん」

「比喩の温度が微妙なんだよなぁ…」


数日後、どこから情報を聞きつけたのか、「元・共同作業場で溶接をすべて逆にやってた男」がやって来た。彼の名は北山シュウ。彼は開口一番こう言った。


「オレ、機械見ると逆回転させたくなるんだけど、それでも入っていい?」

「それ、才能じゃん」

「えっ」

「この国では、“みんなと違う”は“レアキャラ”だから!」

「マジかよ……俺、ここで大統領とかになれるのでは……?」

「ダメダメ、今の大統領は僕だし」

「自称やんけ!」


そんなやりとりを繰り返すうちに、続々と人がやって来た。共栄圏では役立たずとして切り捨てられた者たち――言葉がうまく出ない者、同じ服しか着られない者、すぐに道を忘れる者、ひとつのことしか考えられない者。


彼らが初めて荒らし国に足を踏み入れると、太陽が満面の笑顔でこう言うのだ。


「おかえり!」

「……いや、初めて来たんだけど?」

「いいの。ここではみんな、“おかえり”から始まるの」


心蓮音は最初、それを見てちょっとバカみたいだと思っていたが、ふと気づいた。来る人たちはみんな、それを聞いて少しだけ泣きそうな顔をするのだった。


「太陽、あんた、やっぱりバカだわ」

「え、褒めてる?」

「……バカだけど、いいバカ。国ひとつ作るくらいの、でかいバカ」

「ふはは! 褒められたー!」


こうして、荒らし国には少しずつ人が増えていった。何もできないと言われた人たちが、少しずつ「自分の形」で暮らせる場所を見つけていった。家は傾いていたし、畑はなぜか毎回にんじんしか育たなかったけど、誰もそれを責めなかった。むしろ「にんじんパラダイスかよ!」と喜ばれた。


太陽は夜、焚き火を囲んで話すみんなを見ながらつぶやいた。


「なんかさ、無能ばっか集まって、こうやって笑ってると……世界って、案外悪くない気がしてくるよね」

「それ、すごく無責任で、すごく正しい言葉だね」

「えっ、いい意味?」

「うん、たぶん」


そしてその夜も、星空の下、無能たちはにんじんスープをすすりながら笑っていた。


この国は今日も、ちゃんと間違っている。だけど、誰もがここでは“正しく間違っていられる”のだった。


荒らし国建国から三週間。空は晴れたり曇ったり、雨が降ったり吹雪いたり、とにかく天気も空気も気分次第だったが、国民たちは相変わらずマイペースだった。


心蓮音は、建国当初に作った“国民管理帳”を開いて溜息をつく。

「ねぇ太陽、人数もう35人超えてるんだけど、みんな家ないよ。寝袋と段ボールで寝てるよ」

「え、段ボールで寝てるの? 最高じゃん、あったかくて」

「いや、“最高”って感想が段ボールに向けられる国、他にある!?」

「あるよ、ここに!」


現在の主要施設は、屋根のない“中央庁”、傾いた“にんじん畑”、そして“仮設図書館(中身は全部絵本と折り紙の折り方)”。にもかかわらず、住民はみな元気に生きている。むしろ元気すぎて、毎日ちょっとずつ問題が起きていた。


ある朝の会話。


「太陽さーん! 北山さんが畑のスプリンクラー逆流させて、にんじんじゃなくて住民が水浴びてます!」

「いいね! それで夏はクーリングシステムになるし」

「秋ですけど!!」


「太陽さん、井戸掘ろうとしたら間違って地面じゃなくて空掘ってました」

「それ、もしかして逆に宇宙井戸の可能性あるんじゃない?」

「ないよ」


「太陽くん、カフェ作るって言ってた人が、何もかも間違って“砂場”作っちゃったけど、どうする?」

「じゃあ“サンドカフェ”って名前にしよう! 商品は砂だけど!」

「砂食わせる気!?」


この国では、すべてが間違っていた。でも不思議と、誰も怒らなかった。間違いに慣れていたし、何よりその間違いが“笑って済ませられるもの”として受け止められていた。


しかし、ある日――ついに“外の世界”から、正式な来訪者が現れた。


共栄圏中央からやって来たのは、白いスーツにピンと伸びた背筋、完璧な髪型をキープする“視察官”だった。名前は不明。名乗っても誰も覚えてなかったからだ。


「我々は、共栄圏による定期的な非正規集落の確認任務として、この“荒らし国”なる場所に視察に来ました」


その声は冷たく、まるで人間相手に喋っていないかのようだった。


太陽は笑顔で手を振った。

「いらっしゃーい! よく来たね! にんじんスープ飲む?」

「結構です」

「えっ、なんで? 温まるよ? うち、冷暖房ないから体内から温めるスタイルで運営しててさ」

「それ、政策としては非効率極まりないのですが」

「でしょ? 最高に無能な政策でしょ?」

「誇るな」


心蓮音は隣で観察しながら、少しだけ緊張していた。こういうタイプの人間は、“正しさ”を信仰してる。正しくないものを見たら、何かを破壊せずにはいられない。


視察官は村の隅々を見て回った。傾いた家、逆流するスプリンクラー、逆さに掲げられた国旗(誰がやったかは不明)、そして何より――笑って生きている人々。


「この集落……いや、“国”は、非合理的で、無計画で、無秩序で、極めて非効率です」

「ありがとー!」太陽は親指を立てて返す。

「……褒めてません」

「いやいや、こっちは褒められた気分になってるから、もうそれで成立してる!」

「どうしてあなたは、すべてを“いい感じ”に解釈するんですか」

「だって、“いい感じ”って思った方が楽しいじゃん?」


その瞬間、視察官の口元が、一瞬だけピクリと動いた。笑う、寸前だった。


視察終了後、彼は一言だけ言って帰っていった。

「……この場所のことは、報告しないでおきます」


心蓮音がぽつりと呟いた。

「え、見逃されたの?」

「ね、ね、やっぱ無能って最強じゃない?」

「いや、それはたぶん違う」

「でも、楽しいからいっか!」


その夜、にんじんスープはいつもよりちょっとだけ塩気が効いていて、星がものすごくきれいだった。


誰かの期待に応える必要のない場所。

誰かと同じになる必要のない国。


ここでは、世界の端っこにいる自分たちが、堂々と真ん中で生きていける。


荒らし国の四週目、正式に「雨漏りが止まない季節」がやってきた。


「太陽くーん! 中央庁の屋根がまた全部吹っ飛んだんだけど!」

「よっしゃ、開放感リニューアル!」

「いや、書類ぜんぶ雨でふやけて“おえううええお”って読めないの!」

「それはそれで、詩的じゃない?」


住民たちは雨を避ける気配もなく、傘の代わりに洗濯カゴを頭にかぶりながら、今日も笑いながら生きていた。そんな中、松元心蓮音は、ちょっとだけ眉をひそめていた。


「ねぇ太陽、最近ちょっと人、増えすぎじゃない?」

「えっ、増えるのいいことじゃん! 祭りしよ?」

「人口87人、トイレ2個だよ?」

「それは祭りじゃなくて地獄だね」


物理的には不便だらけだったが、精神的にはまったく問題がなかった。むしろ、誰一人イライラせず、「じゃんけんで負けたら隣村の木陰に用足しに行こうぜ!」みたいなルールが自然発生していた。


しかし、転機は不意にやってきた。


ある日、ひとりの少年がやってきた。まだ十歳にも満たないくらい、小さな身体に大きなリュックを背負って。


「ここって……ほんとに、無能しか入れないの?」

「もちろん! 能力がないことが、ここではVIPパス!」太陽は元気にピース。

「じゃあ……僕、入ってもいいのかな。学校で、九九の“3の段”からもうダメで、名前もよく忘れて、みんなに“ポンコツ”って言われてた」

「最高じゃん! もう住民番号73番に任命します!」

「番号で呼ばれるんだ……」

「でもたぶん僕、すぐ忘れるから、自分で好きな名前名乗って」

「……じゃあ、“サブレ”って呼んで」

「サブレ!? お菓子!?」


心蓮音はその様子を横で見て、ふっと笑った。「太陽、やっぱりあんた天才じゃない?」

「やった! でもそれ、荒らし国では最大の侮辱ね?」

「うん、最悪の悪口だったわ。取り消す」


サブレはすぐに村の人気者になった。九九はダメでも、畑のにんじんをほぼ全部一人で収穫したり、絵本の読み聞かせで変な声色を入れて笑わせたり、みんなから「なにその才能」と言われる毎日になった。


ある晩、太陽は焚き火の前でぽつりと言った。

「さぁて。ここらで正式な“通貨”とか作ってみよっか」

「通貨!? えっ、急に近代国家?」

「名前は、“ミスコイン”ってどう?」

「失敗に価値を与える、ってことか……」

「そう! ミスしたら1ミスコイン! 失敗するたびに通貨が増えて、10ミスで『今日はよくがんばったで賞』がもらえるの!」

「……通貨インフレ、凄そう」


新制度導入初日、住民の誰もが意気揚々と失敗しにいった。


「味噌汁ににんじんの皮だけ入れたら、1ミスコイン」

「砂場に落とし穴掘ったら、自分が落ちて3ミスコイン」

「“歌の練習”って言いながら、カラスの声を真似し続けて5ミスコイン」


結果、村の経済は超活性化した。というか、全員が失敗して通貨を稼ぐので、全体的に生活はどんどん雑になった。

でも、不思議なことに――

「なんか……楽だね」

「うん、失敗しても、ぜんぜん怖くない」


誰もがそう呟くようになっていった。


その夜、心蓮音は静かに星を見上げながら太陽に言った。

「ねえ、太陽。私たち、もしかしてちょっとだけ……すごいことやってるのかも」

「うん。でもそれ、気づいたらダメなやつじゃない?」

「たしかに。気づいた瞬間、“無能じゃない”って言われて追放されるのか……」

「やだー! せっかく無能王国作ったのにー!」


二人はそのまま、草の上に寝転がって空を見上げた。


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