第23話 色と神々

自分の認識と違っていて、ザクロに思わず問い返してしまった。


「うむ。我は元はソルテルーノ様の眷属。石の記憶を紡ぐ者を導く存在として、闇夜に光を灯し、真実へと道を示す役目を持っておった。

その時、本質の石として“ガーネット”を賜った。

だが間もなく、そなた――月の女神ダイアナ様の後継者の守護者として、新たに仕えることとなったのだ」


「……そうなんだ。眷属って、仕える神様が変わることもあるんだね」


少し不思議な気持ちで、私は首をかしげた。


「アミィ、お忘れですか? 私も、もともとは“雷と酒の神”フルグリオ様の眷属でしたよ」


「――あっ、そういえばそうだった!」


エーレは確か、おいたをした罰として、私に仕えるようになったんだっけ。


「ふふっ。でも、あなたに仕えることになって、私はよかったと思っていますよ」


そう言って、エーレがクスクスと笑いながら、私の頭を優しく撫でてくれた。


「こちらの文献には、フルグリオ様の本質の石の性質を持つ者もいましたね。白い砂粒に覆われた管のような模様が内包されています。たいていは、酒造家だそうです」


「じゃあこれは??」と、エーレに記述を見せる。


“不透明な青に繊細な白の縞模様が浮かび上がる”――この人物は、治癒師だった。


「命を癒す治癒の神、フォンタニエル様ですね。縞模様ということはアゲート、つまり瑪瑙です。アミィには、その名のほうがなじみがあるでしょう。彼女の本質の石も、青瑪瑙でしたから」


「やっぱり、関係ありそうね……」


アミィはページをぱらぱらとめくる。


「それにしても、紫って全然ないのね」


記されているのは、赤、青、緑に黄、灰に銀、そして黒……。

わずかに紫に近い色があっても――


「それは星の神ラピリウス様のラピスラズリ……中級神もおりはするのだな」

「沈黙と夜の神、ノクテローラ様のアイオライトですね」


どれも青紫寄りで、アミィの持つアメジストのような鮮やかな紫とは、どこか違って見えた。



「記録魔石に似た色もありますね。知識に秀でた方に多く見られる、といったところでしょうか。

こちらはおそらく英知と秩序の神ルミスカーロ様の本質の石、デュモルチェライトでしょう」


これも少し黒味のある濃い青紫だ。


「これほどアメジストの紫がないとなると、問題ですね…」


エーレが顎を触って思案する。

ザクロも鼻の先をトントンとしてしかめっ面だ。


私には、彼らが何を気にしているのか、見当もつかない。

思わず、ザクロとエーレを交互に見た。


「アミィよ。我らはもともと本質の石を持っておる。登録水晶に刻まれようとも、おそらく同じような色、同じような性質が現れるであろう。

我はガーネット、エーレは琥珀――そのふたつは、文献にもいくらか例がある。

しかしアミィ……そなたは」


「私には、アメジストのような紫が現れて…それは前例がないということね……?」


誰も返せない問いが、空気に沈んだ。


そのときだった。


「……すこし、よろしいですか?」


ためらいがちにだが落ち着いた声音が、部屋の入口から響いた。


思わず振り返る。

そこに立っていたのは――神官のような人物だった。

淡い水色の外套に銀糸の繊細な刺繍――他の神官とは一線を画す気品があった。

首には重厚な水色の水晶のペンダント。左手には、それと色を揃えた大粒の指輪が輝く。

灰銀の髪を後ろで束ね、深い青の瞳をたたえた、中年の男だった。


「突然お声掛けする無礼、どうかご容赦くださいませ。わたくしはこの神殿の神殿長をしております。

ヴィンティリオ・ルクアトル28世と申します。ヴィンティリオ、とお呼びください」


声は柔らかく、それでいて底知れぬ重みを帯びていた。

ザクロとエーレは身構え、部屋の空気が一気に張りつめる。


「あの、盗み聞きのような真似をしてしまい申し訳ありません。

偶然部屋の外を通りかかりまして……

あなた方の会話の中に、忘れられたはずの方々の名が聞こえまして……。

これは、私の方から伺わねばと思ったのです」


二人の視線が刺さる中、神殿長は困ったように眉を下げ、なだめるように手を前に差し出した。


「どうかご安心ください。あなた方に害をなす意図は一切ありません。

わたくしは海の神セチュリアナ様の眷属にして月の女神ダイアナ様の守護者——

聖獣セイレーンであるアクア様の敬虔なるしもべでございます」


その言葉に、エーレの肩からふっと力が抜けた。

「……アクアが女神ではないと、ご存じなのですね」


神殿長が少し安心したように手をおろす。


神殿長はわずかにほっとしたように手をおろす。


「はい。ですが、ここでは少々はばかられます。よろしければ、最奥の間へお越しください。

お見せしたいものもございますので」


「どうぞこちらへ」と礼儀正しく一礼し、礼拝室へ歩き出す。


私とザクロは顔を見合わせた。

このままついていっていいのか、判断がつかなかったのだ。


「彼はおそらく大丈夫です。

今や“女神”と呼ばれているアクアが、真に何であるかを知っている方ですから」」


そう言ってエーレはやさしく笑い、本をそっと閉じて立ち上がった。

私とザクロもあわてて本を片づけ、後に続いた。

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