第一章   辺境伯(令嬢)救助作戦

 大きな揺れで頭を打ちつけ、突然目を覚ます。

 目を開けると、周囲には同じ格好――いや、体格や表情、眼や肌の焼け具合を除いて全く同じ容姿の女性が壁際に添う簡素な腰掛けに背を預けていた。


「また……これですか」


 気分が落ち着き始め、周囲に今一度気を配る。

 ぱっと見た限りそこそこの広さ、横長で筒状の空間に仲間が十六人。

 無骨で飾り気のない、オリーブドラブの強化樹脂や光沢の抑えられた金属などで壁や天井は構成されている。

 窓はないが壁越しに伝わる独特な揺れから空中かつ強風に煽られていると想像がつき、航空機に乗っているであろうことは想像がついた。

 自分にとって、この光景は見慣れたものだった。


「間もなく作戦域だ。作戦概要説明ブリーフィングを行う」


 同じ相貌の中でも、エルフ耳のような長い長いブレードアンテナが特徴的なヘッドマウントを身につけた、特に力強い表情を持つ一人が立ち上がり全員に声をかける。

「今回の作戦は突入・救出・撤退で構成される。突入目標は既に占拠されている可能性も高い。各員カバーを重視した連携をとるように」

 作戦目標は人里からは遠く離れ人気の失せた山奥、その先にひっそりと佇む洋館の住人である辺境伯レオーネ一家・計五人の救出。

 洋館は武装集団により占拠。対人火器武装マンハント兵で構成されたその武装集団の中には詳細不明の魔族が確認されており、未確認の魔法による激しい抵抗が予想される。

 故に魔法に対抗できる自分たち試製強化人間・サヴァンナが召集されたのだろう。

「対魔族に関しては貴様らも熟知のことだろうが、今作戦から新しいメンバーが参加する。念のため簡潔に対魔族、対魔法の肝を伝えておこう」

 隊長が長々と話すが、訓練施設で聞いたことがある知識ばかり。自分は目線だけ合わせて、ほとんど聞き流していた。

「以上。質問は?」

「八番隊長。もう少し早くブリーフィングしてくれると心の準備もしやすいんですがね」

 僕の二つ隣の席に座する大柄な女性が手を挙げた。美しい外見――もっとも全員外見はほぼ同じだが――に反してその声はずっと低く、熊のような男性を想起させる力強い手のひらと声だった。

「軽口は慎め二七にーなな番。機密保持と情報漏洩回避のため情報開示は作戦領域直前で行うと規定されている。他に文句のある者は? いなければ第二種戦闘配備で待機だ」

 無論、軽く凄んだ隊長に文句を言う者など誰もいなかった。


 命令通り装備一式ロードアウトを確認する。

 汎用強化外骨格一式、頭部複合機器、主兵装プライマリ魔導熱光線弾式突撃銃ビームアサルトライフル、その弾倉マガジン副兵装セカンダリのナイフ……いつでも出撃可能なよう準備を進めていた時のこと。

「M6A1……へ〜、新規製造のM6? はじめましてだよねっ」

 不意に右隣の席の、周囲より特段背の低い子が話しかけてきた。

「わたしはM6E4の二五にーごー番。ニコって呼んでくれると、嬉しいなあ」

 勝手にタグを見たお返しのように、自らの左肩のタグを見せつける二五番――ニコ。その声は先の二七番に比べ、印象通りの少女らしい声だった。

 あたたかく、それでいてあどけない笑顔で見つめられると不思議と緊張が解け、釣られてこちらの口元も緩む。

「僕……は、M6A1の、三九さんきゅう番、です」

 随分と久しぶりに話したせいか、言葉の端々が詰まってしまう。すぐに治るといいのだが……

「三九番かあ。M6もそんなに完成したんだね。三九……さん・きゅう……さん・く、さん……ここの? う〜ん……」

 番号を聞いてすぐ、ニコは反芻はんすうするように何かを繰り返す。尋ねてみようかと考えたが、先にニコを挟んでもう一つ先の席の大柄な女性、ブリーフィングで隊長に軽口を叩いていた二七番が声をかけた。

「お、ニコちゃーん! まーた名前付けてんだろ! 今度は俺が考えてやろうか〜?」

「ダメ! M6はわたしが考えるの! ジーナさんは他の子達にしてっ」

 自らより頭三つか四つ分も高い二七番にそっぽを向き、駄々をこねる様子はまさに子供のよう。

 片手で数えられるほどとはいえ任務をこなし現状に慣れてきたつもりだったが、こういう光景を見るのは初めてだった。

 僕たちサヴァンナシリーズは謂わば奴隷戦士だ。

 何処かから連れられた哀れな連中が身体を、顔を、脳を改造され、にされる。

 その元になるに関して知らされることはないが、噂によると勇者ブレイヴ――人間でありながら魔族が使うような強力な魔法を使えた稀有な者たち――なんだとか。ハッキリ言って僕たちの元になった人間のことなど知ったことではないが。

「ここ、は……不思議ですね。僕が、所属してきた隊は、どこも……そう、笑って話したりとか、なかったから」


 不思議というか、無いことが普通だった。


 サヴァンナという奴隷戦士に自由などという楽しげなものは存在しない。誰も口にはしなかったが、暗黙の裏にそういう感情が溢れていた。大半は暗い雰囲気の者ばかりで、部隊長と通信士以外一言も発さずに終わる作戦もあった。

 しかしここは違う。みんな現状を認めながら、ほんの僅かな自由を謳歌し、許容している。

 うらやましい。僕もその輪の中に入りたくて仕方がなかった。

「なに、隊長が良いのさ。なあ八番ヤーさん」

「軽口は慎めと言った。次は処罰対象にする」

「ほらなー、良い人だろ」

 ほぼ奴隷に近い扱いをされる僕たちサヴァンナにとって、処罰とはかなり重い意味を持っている。にも関わらずジーナが笑っていられたのは、やはり言葉では厳しくしつつも許してくれる隊長の人柄を信用している、ということなのだろうか。


「ミック!」


 突然ニコが声を発し、僕たちは彼女に視線を奪われた。

「ミックがいい! カワイイでしょ!」

 僕の手を取り、ニッと白い歯を見せるニコ。

 なぜミックなのか、聞いてみたところ「祖国での数の数え方」が由来なのだと言う。

「かわいい……うん……かわいい、ね……」

 僕にカワイイという言葉を当てがわれることに、なんだか釈然としなかった。

 他の候補はないのかと言おうか迷っていたが、間も無く隊長の号令がかかる。


「作戦域に突入。第一種戦闘用意」


 その言葉を皮切りに、僕含む全員が黙り一斉に後部ハッチに向かい三かける五の縦列を成す。

「作戦通りアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコーに別れ各降下地点を目指せ。俺は遊撃しつつ各隊のカバーに回る。いいか、アンノウンの魔族を発見したら絶対に構うな。何度も言ってきたが我々の装備では魔法に太刀打ちできん。報告の後すぐ後退しろ。コレは命令だ。以上、降下開始」

「「「了解」」」

 当てられた班順に各員が降下していく。ジーナ、ニコ、僕はデルタ班のため、四番目にハッチから飛び降りた。

 凄まじい風と押しのける大気を全身で感じる。本来であれば目を開けることもままならないだろうが、標準装備の魔導式頭部防護装置マジテクスヘッドフィールダーのおかげで問題なく降下出来ていた。

 眼下には広大な森林、その一角が切り取られ箱庭のように庭園と目標の洋館が鎮座していた。先に降下した者たちがそれぞれの地点へ向かう中、僕たちは北側の裏門近くの森に向かう。

 地表が近づくと同時に尻餅をつくような姿勢をとり背部と脚部のスラスターを吹かす。高高度からの自由落下フリーフォールで付いた加速が急激に落ち、スラスター出力を徐々に下げ街道を避けつつ地に足を付け、木々の裏に身を潜める。


「こちらデルタ。降下完了。敵対反応および魔力反応は確認できず。このまま裏門に向かう。アウト」

『こちらアルファ。了解。引き続き状況を進めよ。アウト』

 他の隊からの連絡は僕たちには聞こえてこない。通信が行えるのは僕含む通信士のサヴァンナと隊長だけであり、精神的に未熟なサヴァンナが無駄に通信をすることで場を混乱させるのを防ぐ意味合いがあるのだとか。

 実際、そういう現場を見てきたこともある。

 視界や聴覚、嗅覚に至るまで研ぎ澄ませ、違和感を敏感に感じ取れるよう気を張りつつ館に向かう。

「裏門は覗くなよ、狙われてるかもしれねえ。傍のマンドアから突入する」

 外壁にたどり着いた頃、強行突撃用重装防御外装を装備しているジーナが裏門近くの鉄扉に近寄る。扉の左右を僕とニコで固め、合図の後ジーナが扉にタックルを仕掛けると鉄扉が歪み、大きな音を響かせながらベニヤ板のように容易く外れた。


 即座に扉の向こう側を二人でクリアリング。


 四角い区画に、円の中に十字を入れたような人工の川が流れる面白い綺麗な庭園が広がっているだけで、人気は感じられない。

 ジーナを起こし花壇の裏に隠れつつ左前方、川に沿って洋館に向かう。進行方向、左右、後方、周辺の高所に至るまで索敵を怠らなかったが、違和感はなかった。

「変だ……」

「何が、です?」

「何故さっきの物音で人が出てこない……? 少なくとも……まさか!?」

 花壇に視線を向けていたジーナが突然僕とニコを投げ飛ばした。

 着地――いや着水とほぼ同時に水を伝って僅かに爆音が聞こえる。身体を起こし、少し水を吸い込んでしまって咳き込みながらも視線を上げると、そこには巻き上げられバラバラになった花壇のレンガと土くれが散っていた。

 同じく川で身を打っていたニコを起こしつつ今一度その惨状をどこか呆然に見つめていると、土くれからはみ出して見覚えのある腕が覗いていた。


 安心――直後に息が詰まる。


「ミック……ジーナは……?」

「周囲の、安全確保、が、先です。ジーナは瓦礫に埋もれてる、だけです。大丈夫、です」

 ふらつくニコを無理やり連れ、その場を離れる。


 嘘ではない。嘘では、なかった。


 実際、ジーナのあの下に埋まってるだろう。しかしその横には、あってはならないはずのものが転がっていた。

 何の意味もないはずなのに、僕はニコにそのことを隠さずにはいられなかった。

「こちらデルタスリー、より。隊員一名が、殉職。爆弾によるトラップを、確認。気をつけられたし。アウト」

『こちらアルファワン……了解。視認した。応援に向かう。アウト』

 隊長が応援に来てくれる。少し気が落ち着きは、ニコを落ち着かせようと振り返った時にようやく失言に気がついた。

「……うん。うん……大丈夫。まだがまん、できるから」

 ニコは小さく震えて、声を抑えて泣いていた。

 僕よりもずっと小さくて、幼いはずなのに、強い理性を以って泣き出しそうな自分を御していた。

 すぐに声をかけられない、手も握ってあげられない僕自身が情けない。

「……にんむ……やりとげなきゃ、ね。一緒に」

 涙が止まらなくても、ニコの開いた瞳には小さな覚悟が輝いていた。

「……はいっ……僕、絶対、守ります……から」

 二人で立ち上がり、花壇の裏や花木の低木を障害物にしながら館のそばに向かう。


 ジーナは花壇を見てトラップに気がつき、実際にレンガや土がバラバラになっていた。恐らく他の花壇の中にも仕込んであるのだろう。

 花壇だけではない、石畳の横の地面にも気を配り掘り返され浮いた土跡に気をつける。橋の下を通過する時は川の中、橋の裏にも気をつけゆっくりと遠回りながらも確かに移動を続けた。


 だが爆弾はもちろん、ワイヤーやアンテナのようなものは認識できなかった。

 正確には、爆弾を設置するために掘り返したような不自然な点が見つからなかった。

 今思い返せば、ジーナの遺体の周辺にもそういった爆弾の残骸も見受けられなかったように思える。

 もしや、魔族による魔法の一種?

「ミック、敵。私たちが来た方向、障害物裏に複数。二、いや四かな」

 推理に夢中になっていたところ、慌てて気を落ち着けて彼女がこっそり指さす先に視線を送る。確かに黒い影が動き、花壇や蔦の巻きつく金網の裏に隠れているようだった。

「一掃、しよう。砲撃準備、左側の網に隠れてる二人を狙って。僕は、合わせて右側を攻撃する。そしたら進行しつつ飛び出てきたのを狩っていこう」

 ニコが装備してきた魔導式火砲ユニットを展開。両肩越しに伸びるようにショートバレルキャノンが二門、障害物の向こう側に隠れる敵を狙う。

 砲撃準備完了と同時に僕はニコから受け取った手榴弾のピンを引き抜き後ろに腕を振りかぶり、起爆までの時間差を調整しつつ投擲。

「撃ち方ー……始めっ」

「ファイヤっ」

 ニコのショートバレルキャノンが火を噴き爆ぜる。轟音と共に敵の隠れる障害物どころか庭園の一角が文字通り吹き飛ばされ、手榴弾の爆発も重なり辺りを爆煙と土埃が塗り潰す。

 合わせて僕も突撃銃アサルトライフルを掃射してみるが、熱源探知サーマルゴーグルも無い僕たちでは敵の撃破確認もできなかった。

「もう少し抑えればよかったかな……?」

「牽制には、なってる、はず。早く行こう」

 土煙が薄まる前に素早く撤収し、ようやく館のすぐ近くまでやってきた。

「このテラスから入れるかな? ん……」

「何か、あった?」

「あ、ううん。先を急ごう」

 彼女の目線の先には、冷め切った紅茶が汲まれたティーカップが綺麗に並べられていた。ソーサーにはマフィンと思しき茶菓子、ここのお嬢様が逃げ出す直前に手を付けていたものかもしれない。

 幸いテラスから館内へ続く戸は開け放されており、簡単に中に入ることができた。

 部屋には闘牛のように巨大なグランドピアノが置かれ、他に目立つインテリアは少ない。しかし通じていた壁は一面ガラス張りで、先程牽制した敵の撃ち漏らしに掃射し返されてはたまらない。

 急いで中央通路に出るべく早足で駆け出す。


 ――パリンッ!


 突発音の正体を考え出す前に、ニコを抱えてグランドピアノの下にスライディング。

 半分を過ぎたあたりで力任せに叩き上げ横倒しに寝かせて遮蔽物とする。

 こんなにも早く動き出せたのは事前に最悪の状況を考えていたおかげだろうか。ニコは撃たれてしまったようだが、不規則ながらも息がある。

 死んだわけじゃない、まだ。

 状況は悪いが、その事実が僕の気を引き締めた。

「門のとびら……裏……ふたり……」

「大丈夫。隊長と、たすける、から」

 痛くて辛いだろうに、苦しいだろうに。

 それでもニコが僅かに出した情報を頼りにフェイントをかけつつ双眼鏡で索敵。

 確かに私たちが入ってきた裏門横の扉、その向こう側に誰かいた。

 間違いなく狙撃手スナイパー、それもかなりの腕だ。ニコの言っていた二人目は観測手だろう。

 撃たれてからピアノの裏に隠れるまで、その一瞬の間によく見つけたものだ。牽制のため突撃銃アサルトライフルを掃射、狙撃の隙を作らせはしない。

 しかし違和感が残る。何故わざわざ門の外側から仕掛けてきたのか?

 先ほど牽制した連中であるならば、狙撃ポイントは花壇で充分だ。支柱バイポッドを立てるにも丁度いい高さもあり、半身を花壇で隠せる。見つかり掃射されてもすぐに隠れられるだろう。

 いや……まさか最初からずっと外にいたのか?

 さっきニコと牽制した人影も陽動?

 土煙で撹乱して油断した隙を突くための?

 だとしたら一体いつから、どうやって張っていたんだ?

 ――違う。最初から、援軍に来る僕たちごと倒す算段を考慮した伏兵アンブッシュなのではないか?

 屋上に降下し内側から素早く救助、外側から退路確保を行い素早く撤収するのが作戦だった。それを逆手にとり、より外側から圧力をかけてこの館に閉じ込めたのでは?

 敵がただのテロリストの場合や自分たちに充分な補給が望める場合はともかく、魔族が戦闘単位に組み込まれるとあらゆる盤面において不利だ。

 彼らには人間が持たない文字通りのがある。理論上だけで言えばこの館を跡形もなく消し飛ばすことさえ可能だ。

 対してこちらは弾数有限の鉄砲のみ。

 しかもたった今、乱射による熱で銃身が焼き切れ熱光線突撃銃ビームアサルトライフルが鉄クズと化した。

 脳の半分が絶望し、半分が諦めていた。


三九さんきゅう番。何を遊んでいる。援護する、二五にーごー番と後退しろ」


 目の前が真っ暗になりかけていた時、腹を蹴飛ばされた。混乱しながら見上げた先には隊長。

 ようやく我に帰り、ニコに声をかける。

 しかし、微塵も反応することはなかった。

 傷口は左胸部、心臓周辺の銃槍による多量の出血。嫌でも察しがついてしまった。

「三九番、何をしている! 二五番を――」

「……ダメ、です……ニコ、は……」

 一瞬、マガジンを再装填する隊長の手が止まる。

 僅かに開け放たれた口は、ニコの死を受け入れられない呆然からくるものだろうか。

「……チッ」

 再装填を終えた隊長はニコの強化外骨格からキャノンユニットを剥ぎ取り、僕に投げ捨てるように押し付けた。

「俺が陽動しつつ援護する。お前はまだ見つかっていない一人、目標Eを保護しろ。装着は出来るな」

 投げ渡された時点で、僕は無心でユニットを交換していた。

 胸の内に慟哭や自己嫌悪が溢れる。僕がもっと気を張り巡らせていれば、もっと早く敵の違和感に気がついていれば、少なくともニコは死ぬことはなかった。


「僕のせいで……」

「集中しろ三九番!!」


 僕の頭を鷲掴んで無理矢理目線を合わせ、隊長は強く言い聞かせた。

「まだ任務は終わってないぞ!! ここの連中は俺たちを頼りにしてるんだ、俺たちには彼らを助ける任務がある! 例えそれが故も顔も知らん連中に押し付けられたものだとしても、俺たちはやり遂げなければならない!! でなければ……俺たちには生きる権利もないんだ!」

「はい……はい……っ! 分かって、ますっ」

「泣くな! 一介の戦士だろう! 俺が飛び出したら行け!」

 肩を叩かれ元気づき、泣くのをやめて前を向く。

 僕の突撃銃アサルトライフルは焼き切れてしまったので、代わりにニコの騎兵銃アサルトカービン――突撃銃の短銃身カスタム――をいただく。

 その様子を見て安心したのか、間も無く隊長は横倒しのピアノをボールのように軽々と蹴飛ばし、同時に盾にしながら飛び出した。


 僕もその勢いに負けじと、館内部へ飛び出す。


 中央廊下はこの館の従者と思しき死体で埋め尽くされ、酷い死臭も合わさって地獄のようだった。

 だが意外にも敵兵はおらず、隊長が派手に陽動をしてくれているおかげで内部に敵は見当たらない。

 だが目標Eは未だ現在地が掴めていない。隊長の口ぶりから、大体の察しも付いていないだろう。一体どうやって探せば――

「ぁ……ぁ……」

 僅かな吐息が聞こえ警戒。その主は、通路半ばで倒れていた執事と思しき男だった。

 ブリーフィングにあった目標Eの執事、アレクシスだ。しかし胸部に銃槍、血の広がりから見て致命傷を受けてから時間が経っている。今生きているのも奇跡だろう。

「救援です! 目標E……お嬢様の居場所は分かりますか!」

「ぁ……」

 絶え絶えな息で、虚ろな目でありながら、何かを伝えようとしていた。指先を動かそうとしているようだが、それさえ叶わないようだった。

 が、そのままで僕は充分受け取った。僅かに動かした首、その視線の先の部屋。


「……はい。お嬢様は、必ずお守りします」


 恐らく最後にかけた言葉は聞こえていないだろう。ほんの僅かに立てていた息も既に絶えている。

 壁の側に彼を寝かせ、すぐに扉の側から向こう側の様子を確認。直後、部屋から銃声が響いた。

 部屋には人影が二つ。片方は時代遅れな銃剣ベイオネットで武装した男性、いや魔族だ。無論ブリーフィングで確認した辺境伯家族ではない。

 しかしすぐ近くに目標のお嬢様を発見した。

「こちらデルタスリー。目標Eを発見、正門側西方面の部屋、です。しかし敵に、拿捕されています。敵は一人、アウト」

『こちらアルファワン、了解。上から奇襲する。援護頼む、アウト』

 即答した隊長に驚愕したが、慌てて敵の様子を確認。お嬢様は抵抗しているものの手を引かれ、窓の外、ベランダの外に連れられているようだった。

 クリアリングしつつ部屋に突入、割れた窓ガラスから外の様子を伺う。

 直後見たのは、二階のから飛び出して上空から魔族めがけて落下、長剣を突き立てる隊長。


 それは正に “死は天より墜つデスフロムアバブ” と呼ぶに相応しい姿で、魔族――悪魔に囚われたお嬢様を救わんと駆けつけた天使のようにも見えた。


 一方の僕は慌てて庭に駆け出したせいか、つまずいてしまいながらも周辺のクリアリングを行う。

「遅いぞ三九番。後衛はその役割故に前衛に遅れをとってはならないとブリーフィングで話しただろう」

 陽動も援護も先駆も全部一人でやってしまう隊長に合わせるなど、相当のベテランでも難しいのではないかと思う。しかし言ったところでどうにもならないので、諦めて聞き流すことにした。

「……あなたたちが、応援? 噂の、サヴァンナ……」

 目標、シャリーナお嬢様はどこか虚で、現状を認識するだけで精一杯なようだった。

 無理もない。先程の執事や通路、部屋の惨状を見るだけでお嬢様がどんな精神的苦痛を味わったのか、想像に難くない。

「はい。このまま館を離脱します。地下トンネルの幾つかは調査いたしましたが、崩落しているかトラップの存在が認められました。こうなれば正門方面より森を抜け南下、町に向かうルートしかないかと。お怪我の具合は? 走れますか?」

「え、えぇ。怪我はないわ、大丈夫……」

 怪我は本当になさそうだが半分は強がりだろう。目線の先が定まっておらず、息を整える姿がどこか必死そうに感じさせる。

 見ていて僕も仲間を思い出し辛くなるが、援護や揺動を仕掛けていたはずの隊長はいつの間に退路の調査などしていたのだろうか……

「私は陽動、囮となりお嬢様が逃げる隙と時間を稼ぎます。後の手筈は三九番にお任せください。合流ポイントは打ち合わせておりますが、私が居なかった場合はお二人だけで。三九番、引き継げるな?」

「お任せ、ください。お嬢様、こちらへ」

 シャリーナお嬢様を連れ館の壁際で警戒しつつ待機する。


「頼んだぞ三九番。お前が頼りだ」


 そう呟いた隊長は少し助走をつけると、背部と脚部のスラスターで一気に上空に

「《飛んだ》……!? 空を飛ぶ魔法なの? それともその装備……」

「あぁ……えっと、ここを切り抜けてから、もう一度お尋ねください」

 お嬢様は僕の脛部にも装備されていた同系統のスラスターをまじまじと見つめていた。やはり勇者ブレイヴの血統だけあって、魔法や魔導術に関する知識には強い興味関心があるのだろうか?

 誤魔化すこともできないくらい心身共に疲弊が強いだろうに、それでも少し気が紛れたような様子を見ているとこちらも気を締め直すきっかけになる。


 少しして、目の前に広がる庭園から急に濃い煙が溢れ出した。


 庭園全体を覆いつくさんばかりに広がる多量の煙は中に入ればたちまち目の前も見えなくなってしまうほどに濃密だったが、僕とお嬢様が姿を眩ますには充分だった。

『三九番、急げ! お嬢様から一時も離れるなよ、アウト』

「了解、です。隊長。アウト……お嬢様、お手を拝借します。足元に、お気をつけください」

 シャリーナ様の手を引き、煙の中に突入する。

 保護直前にシャリーナ様を拿捕していた魔族の様子から、敵はお嬢様を出来るだけ無傷で手に入れたいはず。これだけ濃密に張った煙幕ならば下手な掃射は避けるだろう。

 万一撃ち下ろされないように煙の薄い場所は避け、正門に向かうのではなく庭園の中央左側の外壁を目指した。


「お嬢様。壁を吹き飛ばします、お下がりください。あ……あと、耳を塞いでいてください」


 お嬢様を花壇の裏に隠し、肩部ショートバレルキャノンをチャージする。

障害物強行突破ブリーチングモード、高熱魔力残留共振弾・装填、チャージ・二〇パーセント!」

「ファイヤーッ!」

 雷にも聞き紛う、空を割る轟音が響く。

 発射された弾頭は外壁を穿ちながらも貫通はしない。しかし弾頭に過充填された魔力が共振反応を引き起こし外壁の赤熱化と膨張を誘発、やがて限界を迎えた魔力は一斉に爆発し、人が通れるほどの横穴を作り出した。

「お早く。間も無く煙幕が消えます」

「これがサヴァンナの……最新の魔導兵器の力……人造で兄様たちの魔法に匹敵するほどの出力を出せるなんて……」

 呆気にとられるシャリーナ様の手を引き外周部の伏兵を警戒しつつ、森に突入した。


 ◇ ◇ ◇


「三九番はやりとげたようだな、流石だ。俺も陽動としての役目を全うするとしよう」

 外壁上部から二人が森に突入する姿を確認。ほぼ同時に正門に敵兵が集まる。やはり正門周辺に伏兵がいたらしい。

 残していた手榴弾のピンを一斉に抜き、起爆タイミングに合わせて勢いよく投下する。

 直後の爆発で何人かの敵兵は倒れ、直撃しなかった者も面食らったのか慌てていた。

 腰部左にマウントしていた騎兵銃アサルトカービンを手に取り、ビームの雨あられを撒く頃には敵兵は完全に混乱状態だった。

 いい連携だったが、所詮魔族か。

 外壁から飛び降り、いくつか敵兵を殲滅したところで二人と合流を――

「ところがぎっちょんッ!!」


 ◇ ◇ ◇


 重たい金属が打ち合う、鈍い音が遠くで響いた。

 ブリーフィングにあった未確認の魔法を使う魔族だろうか? 戦っているのなら恐らく相手は隊長だろう、しかし今の隊長の装備では火力が……

「どうしたの……隊長さんが、心配? その装備なら、ここからでも援護できるんじゃない?」

「……ダメです。敵に居場所を、教えるようなものです。今はとにかく館から離れましょう」

 今は撤退に集中しなくてはならない。

 隊長ならきっと合流できる、そう信じるのみだ。


 ◇ ◇ ◇


「ぐぁあっ!? かはっ……」

 地に叩きつけられた体がボールのように弾む。

 衝撃で肺の中の空気が絞り出され、息が喘息気味になり視界が明滅していた。

「オメエが隊長ってワケ、ね? ウワサの奴隷戦士サヴァンナシリーズにしては動けるじゃん」

 叩き落とされる寸前、声を聞き咄嗟に背部の長剣を抜いて初撃を防ぐことはできた。しかし急降下中であったことも重なり勢いは殺せなかったようだ。


「お。立つか! イイねイイね、そうでなきゃこのオレ、魔族チタニアスが来た意味がねえってもんよ」


 ようやく戻ってきた視界には、正門側の庭園が広がっていた。

 しかし閉じていた正門は捻じ曲がり、歪な形で内側に開いている。俺が叩き落とされた射線上にあったか、あの魔族がこじ開けたのだろう。

「念のため聞くんだけどさ、ココのお嬢サマ知らね? 多分お前らが逃しちゃったと思うんだけど」

 その魔族は、二十歳後半ほどの男に見えた。

 着崩したドレスシャツにところどころ痛んだジーンズは、口調や態度にも見てとれるいい加減な性格を表すよう。

 しかし使い込まれた肘や膝のタクティカルパッド、革のグローブ、背中と腰両側に佩く大剣・短剣などからは隠しきれない戦闘の記憶と硝煙の香りが滲み出ていた。

 更には赤髪にメッシュのように散らばるメタリックオレンジの差し色は、体内の魔力が溢れ体表にまで影響を及ぼしていることを示すもの。

 つまりこの魔族は、戦闘魔法に長けた真の意味での魔法種族、ということになる。

「残念……だったな……俺はただの囮役だ……それ以外のことは聞かされていない……」

「外壁の破壊痕と足跡から足取りは追える。それに百数十キロ圏内は森林と山だ、貴族のお嬢様がそんな環境に耐えられるかな?」

 正直言って、その点に関しては分からない。三九番さえも今回の任務で会ったばかりだ。

 しかし、あの子の瞳には泣いていても確かに覚悟が見えた。

 たとえそれがその場限りのものだったのかもしれなくても、今の俺にはあの子を信じるに充分値する証拠だった。

「全制御回路・出力制限解除、各コンデンサー充填魔力・逆流……っ!」

 強化外骨格に溜められた魔力が一斉に体内に逆流、全身の内側から針が飛び出すような鈍い痛みに襲われる。

 エルフ耳を模した左右一対のブレードアンテナが鬼の角のように前方に展開、強化外骨格各部に搭載された魔力コンデンサーが赤色に発光。

 背部左右のソードラックサブアームを姿勢制御補助モードに、そして地に落としていた長剣――試製対魔族熱斬長剣マジテクスヒートブレイドを手に、腰を落として構える。

「強制体内魔力飽和・開始……!! 三九番の……ミックの元へは行かせない……!!」

 最大出力のスラスターで突撃。自分でも制御しきれないほどの加速力で渾身の刺突を繰り出すも、素早く抜かれた短剣で切先を打たれ軌道を逸らされてしまう。

「ダメだなあ、扱いきれない武器は使うもんじゃないだろレディ。あ? サヴァンナって強化素材オリジナルに身体構造が寄るから性別不詳なんだっけ?」

 僅かにスラスターを噴かしつつ石畳に剣を突き立ててUターン。

 余った勢いで飛び出し大きく振りかぶるも、チタニアスは背中に担いだ身の丈を超える大剣を抜かずに握り、僅かに動かすだけで容易く弾いた。

 弾かれた勢いで回転斬り、突きに派生させるが短剣で受け流されてしまう。

「そろそろオレも行くぜ?」

 距離をとってすぐ、いつの間に抜刀されていた大剣が空を薙ぎ襲いかかった。


 ◇ ◇ ◇


 シャリーナ様を連れ先に撤退していた道中、僕は館の方をしきりに気にしてしまっていた。

 護衛対象が近くにいるというのに、よそ見をするのはいけないことだとは分かっている。ただでさえ様々な出来事が重なったシャリーナ様の不安を余計に煽ることに他ならない。

 いや、それ以上に僕を信じて送り出してくれた隊長を裏切る行為にも等しい。

「シャリーナ様。もし合流地点に誰も居なければ、すぐに再出発いたします、から」

「……待っててもいいのよ。隊長さん、心配なんでしょう」

 その気遣いが心に刺さったせいか、肯定することも否定することもできなかった。


 ◇ ◇ ◇


 咄嗟に防いだ大剣の一撃だったが、その大質量が乗った勢いは殺しきれずに吹き飛ばされて館を貫通、裏門側の庭園にまで追い詰められていた。

「はァアーッ! おれ・ツエーッ!! ハハーッ」

 誰に向けて言っているのか、土煙の中から現れながらロックバンドのように自らを指差した直後メロイックサインでアピールする魔族チタニアス。

 子供騙しな挑発だが、自らを鼓舞し戦闘のリズムに乗る意味合いの方が強いのだろう。

「にしてもよくやるよなー、発動条件があるとはいえオレの重力魔法に着いてこられるなんてさあ」


 重力魔法――先から発生する大剣が突然加速する現象のことだろうか?


 しかし重力を操っているにしては随分用途が限定的だ。それが彼の言う発動条件に関することなのかもしれないが……

 今考え出しても埒が開かない。何にせよ俺には対処不可能な領域なのだ、ブラフが混ざっている可能性もあるだろう。

 じり……と足を下げた時、何かが踵に当たる。見下ろした先には強行突撃用重装備、その左腕部。肘部には『M6-No.27』のマーキング、今まで幾度となく戦地を共にしてきた名が刻まれていた。

「ジーナ……すまない、借りるぞ!!」

 踵で装備を蹴り上げキャッチ、ヘッドユニットを介して指揮官権限で内部の腕を強制排出。

 そのまま自らの左腕に装備し振り下ろされた大剣を重装甲で受け弾いた。

「へえ……二重外装パワードアーム、ってヤツ? これだけの質量差に拮抗するなんてやるじゃん。けどな!」

 大剣をその場に突き刺し、まるで棒高跳びのように大剣を軸に大きく勢いをつけたキックを見舞われる。

 重力魔法の補助がかかっているのか、不安定な姿勢からのキックにも拘らず凄まじい威力に骨が軋む音が聞こえた。

「そんな重心の偏った急拵えの重装備で! このオレに着いて来れるワケねえだろうがぁっ!!」

 大剣が振り下ろされ一撃。

 後方に避けるが見越したようにドロップキック。

 相打ち覚悟で長剣を振るうも、合わせて抜かれた短剣に弾かれカウンターパンチを喰らってしまう。

「これ……ならッ!」

 スラスターを噴かし勢いをつけつつ渾身の袈裟斬りを見舞う――が、寸前で大剣に簡単に止められてしまった。すぐに身を引こうとするも、上から押し付けられるような体勢にされ動けない。

「こんなのもあるんだぜ」

 押し付けられる大剣が峰を向く。

 一体何をと呆気に取られるが中枢より先が延長、その隙間には二重関節が見えた。

 察しがついた時には大剣が大きなハサミのように俺の身体を挟み込み、掴み上げ、大回転。地面に叩きつけられた。

「全然足りねえな。さっきの魔力飽和ってのはウソか? ん?」

 勝てない。何もかも劣ってしまっている。

 反応速度、格闘センス、身体能力。魔法や大剣のギミックを除いても勝てるビジョンが見えない。

 剣を構え直す――が、突然胸が苦しくなり膝をついてしまった。

「げほっ!! げほ、かはぁっ……ま……だ……まだだ……! あと少し……倒れる、わけには……」

 咳き込み、口を抑えた手が浴びたのは赤々と色づいた血液。

 同時に指先が震え、足元がふらつきはじめる。

「お前……魔力アレルギーか? 道理で……チッ」

 人類の大半は魔力が使えない。

 魔力はそれそのものが生命に毒として働き、大半の人類はその例に漏れないと言われている。

 この俺自身でさえも。

「まだ……まだやれる……!! 俺は……まだ、倒れない……っ!!」

 眩暈に頭痛、喀血が止まらず、長剣を支えにしなければまともに立つことも覚束ない。

 体内の魔力が許容量を超えて精製・或いは流入すると『体内魔力飽和』を起こし、人体に想像もつかない影響を起こす。

 運が良ければあらゆる能力が上昇するが、大抵は体を蝕み、内臓過負荷や四肢不随にも繋がる。

 再び咳き込んだ刹那、チタニアスが目の前にまで距離を詰め大剣を構えていた。

「これでしまいだ」

 全身を使った横薙ぎの一瞬。峰を向いた大剣が横腹をえぐるように食い込む。

「……あの辺だったか?」

 僅かな呟きが聞こえた直後、魔法による効果か大剣が急加速。

 ハンマー投げの如く軽々と持ち上げられ二回転、気がついた時には宙を舞っていた。


 ◇ ◇ ◇


「隊長! 隊長! いらっしゃい、ますか!」

 先程、森林上空を何かが過ぎ去っていった。

 合流地点の方角に真っ直ぐ飛んで行ったそれは確かに人の形をしており、着地点と思しき場所から木々を薙ぎ倒す音を響かせた。

 予想が正しければ、隊長が何らかの緊急手段で飛んできたはず。

「お嬢様、足元、お気をつけて」

「その程度心配しなくていいわ。それより、本当に隊長さんなのね? 敵である可能性は?」

「我々サヴァンナには一種のマーカーが埋め込まれており、この頭部のセンサーを使えば、マーカーの大体の位置が探知できます。本体からの魔力供給が検出されなければ、停止するように出来ているため、敵が奪ったとは考えられません」

「なら反応があったのね。早く合流しましょう」

「はい……」

 その反応が段々と弱まっていることだけは、伝えられなかった。

 幸い、辺りに膝に届きうるような雑草はなく足早に木々の間を進むことができた。

 周囲への警戒も怠らず、慎重さも欠かさず進んでいくと、不自然な倒木を発見した。

 幹の中間に何かが激突したような跡。つまりこの先に――

「ミ……三九さんきゅう番……か……?」

 そこには確かに隊長がいた。

 しかし全身が土埃に塗れ、鋭いガラスや石片が全身各所に突き刺さり、胴には何か大きな得物で挟み込まれたような特徴的な傷跡。

 疑いようもなく傷だらけ、瀕死の重症だった。すぐにでも処置しないと、このままでは隊長は……

「バカ者……護衛対象から目を離すな、任務は終わってないぞ」

 焦って近寄った僕のヘッドユニットに隊長が触れる。すると後頭部のロックが解かれ、取り外すと同時に投げ捨てられた。

「何を――」

「持っていけ、きっと役に立つ」

 そう呟き、隊長は自らの指揮官用ヘッドユニットを僕に取り付けた。

「それにその重装備ヘビーウェイトではこの先……荷物にしかならんだろう、俺のを……使うんだ」

「でも……隊長の装備は……?」

「俺一人ならお前のそれで充分だ。だが……お前にはお嬢様を安全に、確実に届ける役目がある。少しでも軽くしていけ」

 僕の今の装備は拠点攻撃級の火砲二門。そこそこの本体重量をもち、弾倉を兼ねる魔力コンデンサーも大型で重い。それらを扱うために二重外骨格本体も大型化しているのだから、なおさら重い。

 対して隊長の装備は高機動想定の小型且つ軽量の外骨格。

 目立つ装備も背部左右のサブアームのラックに納まった長剣二振りに左腕全体を覆う大型防御兵装のみ。比べるまでもない。

「白兵戦の訓練は受けているな? 使い手のセンスを問う武器だ……力押しだけでは、お前に応えてくれないぞ……」

「はい……っ、大丈夫、ですから……」

 隊長の声が段々と弱々しく、息がか細くなってゆく。あとどれくらい生きていられるのだろうかと、僕の声も震え始めていた。

「泣くな……俺は傷が癒え次第、先回りするさ……さあ、行くんだ。任務を……全うしろ……」

 この重体で隊長が動けるとは思えない。

 それがただの虚勢であることは明白だった。

「……はいっ。三九番……任務を、引き継ぎます」

 腕で涙を拭い、今出せる精一杯の強がりで敬礼をする。声も手も震え、無様に泣き腫らしていたが、それでも隊長は笑ってくれた。

 踵を返し、目的地である街へと向かう方角へと体を向き直す。シャリーナ様は、ずっと近くで何をするでもなく待ってくれていたようだ。

「……いいの? 看取ってからでもいいのよ」

「……先を、急ぎましょう」

 道のりは長い。シャリーナ様のためにも、隊長のためにも。前に進まなければならない。立ち止まっている暇なんて、ない。


 ◇ ◇ ◇


「……あぁ……俺は、先に……逝く……から……ジーナ……ニコ……おまえたちも……ミックを……」

 歩みを進めるその背中を見て、「最後くらい仲間が遺した愛称ミックという名で呼んでやってもよかっただろうか」と、最期にそう考えながら倒木に身を預け、彼は息を引き取った。

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