猫と会社員

維七

第1話

 おれは猫が苦手だ。


 くりくりの目も、ふわふわの毛も、自由気ままな生き方も。


仕事を終え、帰宅する。


 玄関を開け、パチリと明かりをつければそいつはトテトテと部屋の奥から現れる。銀の皿をくわえて。


「ただいま、とこなつ」


 おれがそう言うとそいつはくわえていた餌入れの銀の皿をパッと放し、さっさと部屋に戻っていく。


 カランカランと落とされた皿の音が玄関に響く。


 なんだよ、もう。


 おれは残された銀の皿を拾い、鞄を置いて台所へ向かう。


 戸棚を開け、餌の缶を取り出す。パキッと缶が開く音がした途端、そいつは跳んでやってくる。早く寄越せと二本足で立っておれの足にしがみつく。


 缶の中身を皿に移し、足元に持っていく。床に置く前にそいつは餌にがっつく。


 おれは水入れ用の皿を持って来て、中の水を新しいのと変えて餌の皿の横に置いてやる。


 それからやっとおれは着替えをする。居間の方へ移動して、部屋着に着替え、洗濯物を洗濯機のところまで持っていく。


 居間を通って台所の方へ戻ろうとすると餌を食べ終えたそいつはするするとおれの足元をすり抜け、どこかへ行ってしまう。


 その後ろ姿を見送り、おれは台所で自分の飯の支度をする。パックのご飯をレンジにかけ、コンロで湯を沸かす。おかずは何にしようかと冷蔵庫を開けるが何もない。


 仕方ない、沸いた湯でインスタントの味噌汁を溶いて温まったご飯をレンジから取り出す。

 

 それだけの飯をさっさと食べ終える。それからテレビを見ようと居間に向かう。


 少し前に買ったお気に入りの1人掛けのソファ。当然の様にそいつはそこを占拠していた。


「とこなつ、どいてくれ」


 おれがそいつを抱えてどかそうとするが不機嫌そうにおれの手を叩いて抵抗する。


 なんだよ、もう。


 諦めておれはソファの横の床に座り、テレビの電源をつける。チャンネルをザッピングして興味のある番組を探す。


 クイズバラエティに決め、ソファにもたれ掛かりながら番組を見始める。 


 番組が終わる。


 おれはシャワーを浴びようと風呂場に向かう。


 服を脱いで風呂場の中に入って扉を閉めたおれはいつも通り扉の方を向いたまま少し待つ。


 するとすぐに、てててて、と言う足音とともにそいつは現れ、扉越しに、にゃあにゃあ、と何かを訴えるかのように鳴き始める。


 どうした、と扉を少し開けてやる。


 途端に何事もなかったかのようにおれの顔も見ずに去っていく。


 扉を閉め、シャワーを浴び始める。少し経ってから扉の方を振り返るとすりガラス越しにうろうろとしているそいつの姿が映る。


 なんなんだよ、もう。


 シャワーを終え、再びおれが扉を開けるとそいつは一目散に逃げていく。


 本当になんなんだよ、もう。


 服を着て居間に戻る。


 そいつはそこにはいなかった。


 ようやく取り返したソファに座り、録画していたドラマを見始める。


 最近ハマっているミステリードラマ。動物好きの探偵が野良猫を追いかけていった先で毎回事件に巻き込まれ、現場にやってきた刑事と共に事件を解決すると言うのがお決まりのパターンだ。


 特に探偵のキャラクターがいい。自分はいつも事件の容疑者なのにも関わらず捜査の途中で散歩中の犬や動物グッズに気を取られてしまって緊迫した雰囲気をぶち壊すのだ。


 それでいて事件のトリックは唸らせるようなものばかり。今週の話も思わず引き込まれてしまった。


 見終わって時計を見るとすでに0時を回っていた。


 寝よう。そう思って寝室に向かう。


 寝室の扉が少し開いている。嫌な予感がする。


 寝室に入って部屋の明かりをつける。案の定、ベッドのど真ん中に仰向けになって寝ているそいつの姿があった。


「とこなつ。もう少し端に寄ってくれ」


 そいつは少しだけ目を開け、迷惑そうにおれを見る。


 なんだよ、もう。


 仕方なくおれはベッドの端で横になる。気を抜いたらベッドから落ちそうだ。


 それでも横になっていれば眠気はやってくる。すーっと意識が遠のいていく感覚。


 やっと寝られそうだったのに。モゾモゾと腕の間にそいつは潜り込んできた。


 ヒゲが首筋を撫でる。くすぐったいじゃないか。


 潜り込んできたそいつを撫でてやる。そいつは2、3度おれの首筋を舐める。


 再び眠気に襲われる。


 おれは猫が苦手だ。


 本当に苦手なんだ。

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猫と会社員 維七 @e7764

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