第4話

 俺は今、夢を見ているのだろうか?


 望が教室を去ったあとすぐに、女の子がやってきて、名前を呼ばれて。

 すぐに終わるからと、屋上に呼び出されてしまった。


 いいや、落ち着け俺。

 ここでよそうだけで突っ走ろうものなら、トラウマクラスの恥をかく可能性があるぞ?


 一旦、ゆっくり状況を整理しよう。


 まず、目の前の女の子は多分隣のクラスのやつで、ほとんど関わりのない初対面。

 そして、話があると屋上に呼ばれて、相手は顔を真っ赤にしながらもじもじしている。


 こう言う時におそらくみんなが最初に浮かんでくる選択肢はまず「告白」だろう。


 だがその場合、俺の記憶の限りでは初対面の女の子が俺に告白をすると言う場面が生まれることになる。

 今の特殊な状況を除いて、万年彼女どころか女友達すら作ったことのない俺にだ。


 だが、可能性として、ゼロと言うわけではない。

 ならば、俺がするべきなのは別の要件だと思いつつ、一応告白されるという心構えを持っておくのが正しいだろう。


「そ、それで、一体俺に何のようなの?」


「あ、え、えっと……あの、その……は、浜野さん!!」


「は、はい」


 改め直して名を呼ばれ、彼女につられるようにすこし大きめの声が出た。


「わ、私! 花巻聡美はなまきさとみっていいます」


「ああ、うん初めまして」


「はい! それで、あの……私——」



——————


————


——




「おー、おかえり浜野」


「おう、ただいま」


 俺の席に勝手に座っている小林をどけつつ、言葉を返す。

 

 時間はもう午後の授業が始まる5分前。

 ちらっと周りを見渡すと望はすでに自分の席に座っているようだ。


 そんな中でこいつが俺の席に居座っていた理由なんて一つしかないだろう。


「それで、どうだったよ?」


「どうって、何の話?」


「とぼけんなよ。……それで、返事はどうするんだ?」


 小林はこちらに近づいて、内緒話をするように小さめの声でそう聞いてくる。

 多分こいつは、俺が答えを返すまでここに居座るつまりだろう。


 はぁ、と大きくため息をついて、仕方なく、小さめの声で……


「……一旦返答待ちにしたよ」


——ガタッ


「はぁ〜? んなもん即決しちまえよ、滅多にないチャンスなんだぞ?」


「うっせぇ、答えたんだから早く席戻れよ」


「へいへい。で、それは望にはなんて言うんだ?」


「望には後で個別で伝えるから、はぁ、もう戻れって」


 そう言って、体を押すと小林はわかったよ、とぶっけらぼうににいって、不満そうに自分の席に戻って行った。


 遠慮ってもんを知らんのか、あいつは……まったく。


「ん? なんか視線を……」


 感じると思ってふと周りを見渡すと、ものすごいジト目で望がこちらを見ていることに気づく。


 なんのようだろうかと、目を合わせた瞬間に、バッと視線を逸らされてしまった。


「——はい、じゃあ授業を始めるぞ」


 どうした、と声をかける直前にちょうどチャイムがなり、授業が始まってしまった。

 さっきの何か意味ありげな視線が物凄い気になるが、こうなったら仕方がない。


 どうせ、言わなきゃいけないこともあるし、その時ついでに聞くとしよう。



「……放課後になっちゃった」


 みんな、学校から解放されて家に帰っていく中で、俺は一人頭を抱えていた。


 なにせ、昼のあの件について、望に相談をしようと思っていたのに、いまだにそれができていないからだ。


 もちろん、あのあと——授業の休み時間に声をかけようとした。

 しかし、ちょうど望がどこかに行っていて見当たらないと言うことが連続して、結局今の今まで相談することができなかった。


 ここまでくるともはや避けられてしまっているのではないかと、心配にもなる。

 

「はぁ、しゃーない。何か怒らせてたなら明日謝るとして、今は花巻さん待たせてるからな、ひとまずは行かないと」



 約束の場所は昼と同じ屋上。


 さて、なんと説明しようかと、屋上への階段の横、一つの空き教室の側を通り過ぎた、


その時——


「……っ!?」


 突然、扉が開いて何者かに腕を思いっきり引っ張られてしまった。

 

 当然、そんな一瞬で抵抗することも叶わず、その空き教室にさらわれた上で俺は地面に叩きつけられる。

 そのままピシッと扉が締まり、何者かが俺の上に体重をかけてきた。



 誰かわからない人に連れ去られ、馬乗りにされていると言う事実に恐怖がすぐさま込み上げてくる。


 しかし、その恐怖はすぐに困惑へと変わることになる。


「……颯太」


 ぼそっと俺の耳に入ったのは少し甲高くても、聞き覚えのある声。

 まさかと思いゆっくり目を見開くと、そこには無駄に顔のいい中性的な見た目をして、今の体なら可愛らしいというか表現の方が似合うであるショートの髪をしている——俺の親友がいた。


「はは、なーんだ、望か。いやー、ほんとに脅かすなよ」


「颯太颯太颯太颯太颯太颯太」


「え……ちょ、望? ど、どうしたお前?」


 相手が親友だったと安心したのも束の間。

 望から今までに感じたこともない感情を感じて、すぐさま冷たい汗が逆戻りする。


「ねぇ、颯太。颯太は僕の親友だよね? どこにも行かないよね? ね? 颯太は僕の親友なんだから、僕と一緒にいなきゃダメだよ? ね、そうでしょ? 颯太も同じ気持ちでしょ? ね?」


「ちょ、の、望? こ、怖いんだけど……。なんかまるで俺がどこかにいくみたいなニュアンスだけど別に引越しの予定とかもないぞ?」


「ふふふ、とぼけなくてもいいんだよ? 颯太告白されたんでしょ。それで返答待ちにして今から答えを返しにいくつもりだったんでしょ?」


「え? ちょ、いや違うんだけど?」


「んー何かな? そうやって誤魔化して、見逃して欲しいのかな? ふふ、だーめ♪ 颯太は僕のものなんだからさ。……あっ、もういっそ既成事実でも作ってしまおうかな? 今の僕の身体は女なんだしちょうどいいよね?」


 大暴走を始めた望は俺の話を聞く間もなくとうとう服に手をかけ……


「いっかい止まれ!!」


 そう、過ちが怒るよりも先に、俺のチョップが望の頭にぶつかった。


「いたっ」


 痛みで頭を抑え、体の力が抜けた間にすぐに体を引き抜いて、開放する。

 そのまま立ち上がり、軽く体を払った後に、俺は涙目になっている望を見る。


 こんならしくもない暴走をするとは思っていなかったが、不安にさせてしまったのは俺のせいだろう。

 ちゃんと誤解を解くとするか。


「……そうた? 僕のこと嫌いになっちゃった?」


 これまたらしくもなく弱々しい声で今にも涙をこぼしそうになっている。

 俺は軽く、望の頭をなでて、言葉を返す。


「別に嫌いになってないよ」


「でも、颯太は僕よりもその女の子の方を選ぶんだよね」


「……あのさ、さっきも言おうとしたんだけどさ、俺、別に告白されてないよ?」


「ふぇ?」


「相談されたんだよ、お前と仲良くなりたいって」


 そこから俺は軽く事情を説明した。


 花巻さんが望に好意を持っていて、仲良くなってみたいということ。

 ただ緊張して、まずは望の親友である俺にきっかけを作ってもらおうと相談してきて、俺がそれを承諾したということを。


 そして、その理由は、女の体になった今、付き合うことはできなくても、女友達としてうまくやれそうと感じたからと。


「はは、なーんだそんなことだったのか」


「なんか誤解させてごめんな」


 全てを説明した後、誤解がようやくとけ、望は安心したように肩の力を抜いた。


「まあ、そういうことなら全然大丈夫だから。後で紹介して」


「うん、ありがとうな、お願い聞いてくれて」


「ううん、僕こそいろいろ暴走しちゃってごめんね」


 一時はどうなるかと思ったが、ようやくこれで一件落着、ほんとに変に拗れなくてよかった。


「じゃあ、花巻さんまだ屋上で待ってると思うから、早めに行ってあげよ」


「その前に颯太。ちょっといい?」


「んーなに? って、うおっと。……ど、どうした? 急に抱き着いてきて」


 振り返ると同時に飛びついてきた望に軽く抱きつかれる。

 一瞬、さっきと同じ状況になるのではと心配したが、今度は望はとても笑顔で。


「ふふ、あのね、颯太。僕いっこ決めたことがあるんだ」


「な、なんだ?」


「僕ね、今日颯太が付き合うと思っちゃった時、すごい不安になったの」


「……早めに言えなくてごめんな」


「ううん、それはもういいの。僕だって勘違いしてた訳だしさ。……ただ、次はもしかしたら勘違いじゃなくなるかもしれない」


「彼女どころか、女友達いない歴=年齢の俺に?」


「うん、どんな人でも可能性はゼロじゃないし、颯太は優しい人だから」


「はは、そう言われると照れるな」


 まさか望にそんなことを言ってもらえるとは思わず少し気恥ずかしいと思いながらも、嬉しさを感じる。


「——うん、だからさもういっそ可能性をゼロにしてしまおうかなって思ってさ」


「え?」


 寸前の嬉しさはどこへ、何かものすごい嫌な予感が走る。

 だがもう望がここから止まることはなく……。


 俺から一歩先のところで振り向いて。


「——颯太! 僕は君を絶対に堕とすよ! そして、僕に惚れされてどこにも行けない体にしてやる!」


 思いっきり、俺の日常が崩れる音がした。





 ……ちゃんとこの後屋上にはいって花巻さんとは友達になったよ。

 俺は明日からどうなるのかの不安しか残ってなかったけどね。

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