俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました

白河リオン

魔導トレード編

魔導トレード編 プロローグ

「おばちゃん、この串焼きもらえる?」


「はい、2ディムだよ」


 そう言って店主のおばちゃんは、ガラス板のような物体――を俺の目の前に差し出す。


 俺は、自分のに2ディムと入力し、おばちゃんのアルカナプレートに近づける。


 シャリーンという音と青白い光のエフェクトと共に2ディム分のお金がおばちゃんの端末へと移っていった。

 

「はい、毎度」


 俺は、2ディムの串焼きを受け取り、アルカナプレートを胸元にしまった。


 アルカナプレートは、この世界の財布だ。この魔道具がなければ、この世界では日常もままならない。買い物や給料の受け取り、大きな商取引まであらゆる決済がアルカナプレートで行われている。

 

 それゆえ銀貨や金貨のような物の貨幣は存在しない。すべての価値の移動は、アルカナプレートを使って行われている。


 串焼きを食べ終わったころ、見知った顔が近づいてきた。


「アル兄、見て見て! この髪飾り、可愛いでしょ?」

 

 オレンジ色のサイドテールに、白い髪飾りが輝く。祭り装束に身を包んだリーリアが、髪を揺らして笑いかけてくる。


「馬子にも衣装、ってやつかと思ったけど……」


 茶化すように言った俺に、リーリアがむっとした表情を見せる。


「なによそれ、ひどいなぁ!」


 唇をとがらせるリーリアの仕草が妙に子どもっぽくて、思わず笑ってしまう。


「まあ、似合ってるはいる」


 その言葉に、リーリアは一瞬きょとんとしてから、頬を赤く染めてうつむいた。


「……もう、そういうの、反則だよ」


 少し照れたように頬を赤らめたリーリアが、えへへと笑って俺の腕にしがみついてくる。


「リーリアも、もう成人か……早いな」


「ねぇアル兄、ワタシ、大人っぽくなったかな?」


「どうだろうな。ガキっぽさはあんまり抜けてねえ気もするけど」


「ひどっ!」


 膨れっ面のリーリアに、つい笑ってしまう。


 今日はノーヴェ村の成人の祭り。16歳を迎えた若者が一人前と認められ、村を挙げて祝福する日だ。通りの屋台には、焼き菓子や飴細工、木彫りの細工物が並び、子どもたちの笑い声が聞こえる。


「アル兄、あれ見よ! 射的! 私、前にアル兄に勝ったよね!」


「あれは風向きが悪かっただけだ」


「ふふ、言い訳だー」


 リーリアはくすくすと笑いながら俺の腕を引く。


「射的、2人分お願いします」


 リーリアはそう言って、アルカナプレートを取り出す。早々に、俺の分の料金まで払って射的を始めてしまった。


 パンパンパン……


 射的は、俺が圧勝だった。


「ちぇー、くやしい。でも楽しかった!」


「ねえ、次はあっちの屋台も行ってみようよ!」


 リーリアは俺を引きずりながら、手を振って声をかけてくる村の人々に挨拶を返す。村長の娘というだけあって、リーリアは村人たちの人気者だ。誰からも祝福され、笑顔を向けられる。


 夕暮れの中、広場の端に座って休んでいるとき、ふとリーリアがぽつりとつぶやいた。


「ねぇ、アル兄。これからどうするの?」


「ん? 何が?」


「だって、私たちもう大人でしょ? 将来のこと、とか……」


 言いかけたリーリアの声に、ふとかげりが差した気がした。


「考え中。けど、しばらくは村でのんびり暮らすつもりだよ。狩をしたり、畑いじったり……スローライフってやつ? そんなのも悪くないだろ」


「えっ、アル兄がそんなこと言うなんて意外! てっきり、すぐにどっか旅に出ちゃうのかと思ってた」


 リーリアは、緑色の瞳を丸くして俺の顔をのぞき込む。


「リーリアはどうなんだよ?」


 問いかけると、リーリアは一瞬驚いた顔をして、それから小さく笑った。


「わかんない」


「でも、私、この村が好きなんだ。 だから守りたいと思ってる」


「静かで、優しくて……家族がいて、みんなが笑ってて……それにアル兄だっている」


 そう言うリーリアの瞳は、少しだけ寂しげに見えた。


 日が暮れ始めるころ、村の広場には焚き火が灯された。成人を迎えた若者たちの名前が一人ずつ呼ばれ、祝辞と拍手が送られていた。リーリアの名前が呼ばれたとき、リーリアは堂々と前に出て深く頭を下げた。


「ご成人、おめでとう」


 そう告げた村長は、どこかぎこちない笑顔を浮かべていたように思えた。


 祭りの終わりを告げる鐘が鳴る。


 広場に集まった村人たちが、手を取り合い最後の踊りを始めるなか、俺は帰り支度をしていた。


 ふと視線の先に、深刻な表情で話し込むリーリアと村長の姿が目に入る。さっきまでの笑顔はそこになく、硬く結ばれた唇と俯いた瞳だけがあった。


――珍しいな。


 あのふたりが、あんな顔で話してるなんて。


 喧嘩でもしたのか?


 そう思いはしたが、祭りの余韻に酔っていた俺は、深く気にすることなくそのまま帰路についた。

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