覚書:将来が不安です。夢がありません(A.D)


 週末を利用して滋賀県に行った後、東京に帰ってきてから、奇妙な夢を見るようになった。

 不思議なことに夢の舞台は特段滋賀というわけではないらしい。

 夢の中で僕は人混みの中にいる。

 街行く人々は全員同じ顔をしているが、その顔の人物を僕は知らない。

 隣にはいつも友人がいる。

 その友人の顔は目覚めると忘れている。

 友人と共に僕は、祭りでもやっているのか、着物姿の同じ顔をした人が多い街中を歩いていく。

 田園風景とは程遠く、ある程度都会らしく、視界の節々に背の高いビルが覗いている。

 夜の街を進む僕と友人は、川沿いへと辿り着く。

 蛍の光のように両岸で煌めく点々としたライト。

 川と川を架ける橋の中央で、いつも僕と友人は立ち止まる。

 底は見えないほど暗く、流れているのかもわからない夜の川。


「知らなければよかった」


 友人がそう言う。

 いや、もしかしたら僕が言っているのかもしれない。

 次の瞬間、僕が友人を橋の上から、川へと突き落とす。

 水飛沫が上がり、夜の川に白波が立つ。

 音もなく流れていく川。

 友人が浮かび上がってくることはない。

 僕は背後を振り返る。

 すると、街行く人々が皆、全員足を止めて僕の方を見ている。

 全員同じ顔。

 全く同じ顔で、全員が僕を無表情でじっと見つめ続けている。

 沈黙に満ちた観衆に向かって、僕は両手を掲げて、ゆっくりと手を振る。


「それでは次のお悩みまで、さようなら」

 




————

 

 



 どうも皆さんこんにちは。

 新人新聞部Kのなんでもお悩み相談室です。

 やっと夏の終わりが見えてきた気がします。

 ひぐらしも嬉し鳴きしています。

 さてさてそれでは、今回のお悩みはこちらです。



 “将来が不安です。夢がありません”



 投稿者はA.Dさん。

 夢がなくて将来が不安というお悩みのようです。

 つまりは何か目指す目標、自身の未来に楽しみや、期待を持てる何かが存在しなことに対して不安感があるということでしょうか。

 これは確かに難しいお悩みかもしれません。

 まずは将来が不安という感覚と将来の夢が存在しないことの関係性を紐解くところから始めましょう。


 夢がなく、将来が不安。

 これを逆説的に解釈すれば、A.Dさんは夢があれば将来への不安がなくなる、或いは薄まると考えているようです。

 果たして本当にそうでしょうか。

 分かりやすい例として、野球少年をあげましょう。

 野球少年の夢はなんでしょうか?

 おそらく大多数の場合は、プロ野球選手であると思われます。

 プロ野球選手を目指し、毎日練習に励み、共に汗を流した仲間たちとの友情を育む。

 なるほど確かに夢に向かって邁進している間は、不安の類を感じることは少ないかもしれません。

 同じような環境の仲間がいますし、同じ夢を見ている仲間いるならば疎外感もない。

 つまりは結局夢破れてしまっても、その時たった一人になるわけではない。

 全員が全員プロ野球選手になれるわけではないので、同様の挫折感は平等に訪れる。

 夢破れた後も、先に夢に敗れた先立が必ずいますから、その人たちと同じような人生を歩んでいけばいい。


 どうでしょうか。

 この例え話で見えてくるのは、夢のあるなし自体は、将来への不安との関連性が薄いように思われるということです。

 ここで不安感と結び付きが強いと想定されるのは、自らの将来が想像できるものがあるかどうかです。

 将来の夢というのは、一種のガイドラインなのです。

 プロスポーツ選手になる、歌手になる、東大に入る、大企業に就職する、宇宙飛行士になる、世界を一周する、大金持ちになる、料理人になる、殺人鬼になる、俳優になる、結婚する、芸術家になる。

 夢は多種多様に存在しますが、将来の目指すものを決めれば、自ずと自分の人生がこれから先どんな道を辿るかが少なくとも想像がつくというわけです。

 夢がないというのは、そういった想像の余地が一切ない状態です。 

 要するにA.Dさんの不安の正体は、夢がないことではなく、自分の将来が全く想像がつかないという状況ということになります。

 

 よくホラー映画で一番怖いのは、幽霊や怪物など恐怖の対象の正体がわかるまで、と言われます。

 どんなによくできたホラー映画でも、今から5分後に悪霊が出てきて、主人公に襲い掛かりますと言われたら、恐怖は半減してしまうでしょう。

 次に何が起こるかわからないから、怖いのです。

 あなたが感じている恐怖感も、根本は同じものだと私は考えます。

 明日、明後日、一年後、十年後。

 自分がどこで何をしているのか、全く想像もつかない。

 どんな準備をすればいいのか。

 どんな人生が自分を待っているのか。

 そういった指標がなく、予想がつかない未来に、おそらく不安を募らせているのでしょう。

 

 ですから、その漠然とした将来への不安をなくすために必要なのは、夢ではなく具体的な予定を立てることでしょう。

 最も簡単なのは、命日を決めてしまうことです。

 死は唯一、皆に共通する未来です。

 いつ死ぬのかわからず怖ければ、自分で決めてしまいましょう。

 一年後に死ぬ。

 そう決めてしまえば、あとは逆算で済みます。


 一年後に死ぬなら、受験勉強をする必要はない。

 一年後に死ぬなら、この漫画は完結まで読めそうにないから、少しでも面白く感じなくなったら続きは買わなくてもいい。

 一年後に死ぬなら、今年の夏が海や川を泳げる最後の機会になる。

 一年後に死ぬなら、今友人と喧嘩するには少し早い。

 一年後に死ぬなら、嫌な奴を殺すのは前日くらいにしておけば捕まらずに済む。

 一年後に死ぬなら、一年後に死ぬなら、一年後に死ぬなら、一年後に死ぬなら、一年後に死ぬなら。

 というわけで、今回のお悩みは回答はこちらです。



 “一年後に死ぬ夢を見よう”



 今回のなんでもお悩み相談室はいかがでしたでしょうか。

 ご意見、ご感想、ご相談お待ちしております。


 それでは次のお悩みまで、さようなら。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る