幾千年の魔王討伐〜私は勇者であれと言われ続ける〜

安野葉月

プロローグ

                【プロローグ】

 勇者とは何なのか? 

 勇者とは魔王を倒す存在だ。これが答えであり、真実だ。

 みな綺麗事を並べては「勇気のある者が勇者だ」「多くの人を救い希望を与える人よ」「皆の英雄だ」……そんなことを言う。


 しかし、事実は違う。勇気なんてない、人間は皆、臆病おくびょうだ。そして三千年生きたと言われる勇者もまた勇気など持ち合わせてはいなかった。

 真の勇気とは何なのか? それを知ってからは彼女もまた勇者を否定する側に回ったのだ。自分は勇者だというのに。

 勇者『エレウテリア』、彼女は勇者として生まれた魔王を倒す為だけの道具だ。勇者は一人で良い、そんな神の戯言ざれごとが影響したのかは定かではないがエレウテリアには不老不死、永遠の命が与えられた。


 不老不死、永遠の命と聞いて大半の民衆がこう思うだろう「羨ましい」「私も欲しい」と。しかしそれが魔王を倒す為に生まれた勇者という存在に与えられたらどうなる? 

 答えは永遠に戦い続けることになる。

 勇者と魔王はついの存在。そして、それすなわち勇者が存在する限り魔王は生き返るというわけだ。神は何を考えてそんな仕組みにしたのか、エレウテリアは理解に苦しんだ。


 しかしそれは意外にも簡単な理由だ。勇者は恐らく考えてはいたのだろう、だがそれを受け入れたくなくて理解しようとしなかったに過ぎない。

 答えはだから、ただそれだけの理由だ。人々には何かから守ってくれる英雄が必要で、それを達成できる簡単な存在が魔王なのだ。

 彼女が生きるこの世界『ユニーヴェル』の大国『リラフィア』。エレウテリアは王国の王室へ向かい、魔王討伐の出発前に儀式を行おうとしている。

 彼女自身はもう魔王討伐などしたくはないのだがこの運命さだめから逃げることは許されないのだ。

 エレウテリアが逃げたいと思っても身体が勝手にその道へと修正する。生まれた時点で決められたレールの上しか歩くことはできない、そんな人間の少女が勇者エレウテリアなのだ。


「国王様、今参りました」


 エレウテリアは左膝を地面につき、右手で左胸を押さえ、頭を下げている。その動きと連動するようにサラサラな長い黒髪が下がって主張をしている。髪は顔を隠していた。

 その声は感情という物が感じ取れない淡々とした声だった。

 最初はこんな声ではなかったというのはかなり昔の話だ。感情という物を無意識に感じていられることがどれだけ人間にとって大事なことか、今の彼女には分からないだろう。


「来たか。少し遅れたようだが、何かあったのか?」


 左手の肘を玉座の肘置きに置き、そして右手には黄金に輝く杖を持った国王『ビーツ』は顔に笑みを浮かべながらエレウテリアを見つめていた。金髪に黒いスーツという近年でも珍しいと言える服装をしている三十歳の若い国王だ。顔も良く、国民からの人気は凄まじいとか。

 そして気に掛ける言葉を送った。


「いえ、何もありませんでした。私自身の寝坊です」


「フッ、そうか。それは仕方がない、それはそうと顔を良く見せてくれぬか? 私は勇者とやらがどの様な顔をしているのか良く観察したくてな」


 エレウテリアのつまらない返事にビーツは要望の言葉を送る。エレウテリアは不服そうな態度(顔を上げるのを躊躇するような素振り)を見せながらもゆっくりと頭を上げた。そして完全に頭が上がりきりビーツの瞳にエレウテリアの顔が映る。


「ほう……。勇者よ、いやエレウテリアと呼んだ方が良いか。エレウテリアよ、お前の年齢はいくつだ?」


 その言葉に唖然としながらもエレウテリアは口を開く。


「二十歳です」


 これは嘘だ。実年齢という意味ならうの昔に人間の平均年齢を超えている。今現在の年齢は三千歳である。

 ただ肉体年齢、不老不死が始まった年齢を言うのならば初めて勇者になった十七歳の時で止まっている。どちらにせよ二十歳というのも偽りの年齢である。

 何故なぜ偽る必要があるのか? と、問われたならばこう答えるだろう。「大人の方が色々と楽だから」と。

 この世界の成人年齢は二十歳からであり、成人していないと買えないものが多く存在する。そういう時に二十歳設定だと楽なのだ。

 心は三千歳なのだから別に何歳設定であろうと構わないのだが、彼女がこの年齢の方が合っているという考えなので特別な理由はない。


「なるほどな。かなり童顔だから驚いたよ」


「? 何故そのようなことを」


 軽い口調でそう言ったビーツにエレウテリアはまたもや唖然とさせれれた。ビーツは玉座から立ち上がり小さな階段を降りた。そしてエレウテリアの間の前まで移動した。

 ビーツは右手に持っていた杖を地面に投げ捨てた。そして彼もまた左膝をつきエレウテリアの耳元に口を近づけ小声でこう言った。


精々せいぜい頑張ると良い、自由な勇者」


 その声は小さいながら笑っていた。そしてビーツはその言葉を言った後、玉座に座った。杖はエレウテリアのそばに投げ捨てられたままだった。

 その杖を見つめたままエレウテリアはビーツの顔を睨んでいた。鋭い眼光で。


「せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか……。一つ問おう、エレウテリアは何故勇者を辞めない? もう十分戦ってきただろう?」


 汚い笑顔と表現すれば良いだろうか? そんな笑顔で嘲笑っているビーツ。その言葉と顔に感情がはち切れる寸前のエレウテリア。しかしはち切れることはなかった。

 

 まず自由な勇者とビーツが言ったのは彼女の名前が『エレウテリア』という自由を意味する言葉と同じだからだ。そしてエレウテリアは不老不死、役目が永遠にあるエレウテリアを皮肉って言ったのだ。

 何故勇者を辞めない? という言葉もそうだ。エレウテリアは勇者を自分から辞めることは許されない、そして誰かに殺してもらうことも、自分で死ぬことも、逃げることさえもできない鳥籠とりかごの中の鳥そのものだった。だからビーツはそう言ったのだった。


「辞めることができないということを知っておいて……その口が言うのですか?」


「ああ。私は別にお前のことを好いているわけではないのでな。別にこうしても構わんだろう?」


 怒りの感情が見え隠れする言葉を発したエレウテリアに対して、当然のようにお煽り口調で返すビーツ。この王は今までの中でもトップレベルにムカつく王だとエレウテリアは感じていた。しかし歯向かうなどという愚行は行う選択肢に入ってはいなかった。


(今の私ならこの程度の王、簡単に捻り潰せるだろうね。でもそれはできない、……いやしようと思ってもできないというのが正しいかもしれないね)


 エレウテリアの言う通り、そう思ってもできないというのが実情だ。

 何故ならエレウテリアは魔王討伐を命じる王、つまり主君に抗うことは許されない。

 これもまた、勇者の運命さだめなのだった。


「クッ……」


「何も言えぬか、まあそれはそうだろうな。精々今回も魔王討伐に励むことだな勇者

エレウテリアよ。クッ、ッハハハハハハハ!」


 ビーツは右手で前髪をたくし上げながらエレウテリアを嘲笑した。そしてその行動をまじまじと見ていたエレウテリアは無言で王室を去ろうとした。……しかし、エレウテリアはビーツに呼び止められた。


「待て、勇者。魔王討伐には資金が必要だろう? くれてやる」


 そう言ったビーツはエレウテリアを手招きしたが……。


「いらない。お前の手に触れた金など」


「チッ、この空間に他に人間がいないのを良いことに」


 エレウテリアは鋭い形相でビーツを睨みながらそう言い王室を出ていった。

 そしてビーツは手招きしていた右手を肘置きに置いて「ハァ……」とため息をついた。

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