異世界シェアハウスの管理人さん
川上 とむ
第1話『異世界シェアハウス』
まばゆいばかりの光が収まると、わたし――
窓の外は、白銀の鎧に身を包んだ騎士たちが飛竜に乗って空を舞い、地上では漆黒のローブを着た人たちが、どう見ても魔法としか思えない火の玉や氷の矢を撃ちまくっている。
これを異世界と呼ばずして、なんと呼ぶのだろう。
「ゴン吉さん、これってどういうこと……!?」
窓の外に広がる異様な光景に困惑しつつ、わたしは猫のゴン吉さんを抱きしめる。
それと同時に、数時間前の出来事が走馬灯のように蘇ってきた。
◇
……その日、わたしはシェアハウス『つむぎ荘』の管理人室で、スマホとにらめっこしていた。
その膝には、シェアハウスの看板猫であるゴン吉さんがいる。
くしゃっとなった右耳がチャームポイントで、表現するなら『(´・ω・`)』という顔をした茶トラ猫。
加えて先の曲がった鍵しっぽも持っているという、特徴づくしの猫だ。
「むー、どのサイトに登録すればいいの……?」
左手でゴン吉さんの背中を撫でながら、右手でスマホを操作する。
わたしがおばあちゃんからこのシェアハウスを引き継いだのは、つい先日のこと。
昔ながらの……といえば聞こえはいいけど、昭和中期に建てられた平屋の建物はリフォームをしたところで古めかしく、四部屋あるプライベートルームの入居者はなんと0人だった。
――結那ちゃんは若いし、インターネットにも詳しいだろ? 入居者さんを集めてくれないかい? この際、外国の人でも構わないよ。
このシェアハウスの置かれた状況を教えてくれたあと、おばあちゃんはニコニコ顔で言った。
今更ながらに自分が呼ばれた理由を理解しつつも、おばあちゃんっ子だったわたしは断れず。管理人業務を引き受けたのだった。
……後継者が決まったことで安心したのか、おばあちゃんは買い物に出かけてしまい……一人残されたわたしは、シェアハウスの空室を埋める方法を必死に模索していた。
わたしも春には大学を卒業するけれど、現状、就職先は決まっていない。
またあの面接地獄に戻るのは絶対に嫌だし、このシェアハウスを軌道に乗せるしかない。
「……あ、ここにしようかな」
やがてスマホの画面に表示されたのは、『世界シェアハウス検索サイト』というページ。
世界ときましたか……なんて思いつつ、タイトルからして世界中の人がやってきてくれそうな気がして、わたしは登録作業をしていく。
「家賃と共益費はこのくらいで……住所は戦場ヶ町13-2……あ、物件情報に看板猫がいる古民家シェアハウスです……って書いたら、猫好きな入居者さんが来てくれるかもしれないね」
「うにゃあ」
意味がわかっているのかいないのか、膝の上のゴン吉さんが高い声で鳴いた。
「……これでよし。誰か一人でもいいので、入居者さん、来てください」
必要情報を書き終えたわたしは、祈るような気持ちで『登録完了』ボタンを押した。
……次の瞬間、建物が大きく揺れはじめた。
「え、えええ、地震!?」
反射的にゴン吉さんを抱きしめて、机の下に潜り込む。
続いて窓の外を見るも、そこに広がる古い町並みはまったく揺れていなかった。
「な、なんで?」
わたしが不思議に思った直後、窓の外の景色が白く霞んでいく。
そのまま動けずにいると、ひときわ大きな衝撃とともに、建物全体が謎の浮遊感に襲われた。
◇
……そして、今に至る。
「うぅ……ゴン吉さん、どうしよう」
「うにゃあ?」
相変わらず窓の外では血を血で洗う戦いが繰り広げられているし、あの火の玉っぽい魔法がいつシェアハウスに飛んでくるかもわからない。
夢なら覚めてほしいと願いつつ目をつむるも、剣と剣がぶつかるような音と、ナントカ王国に栄光あれー! みたいな叫び声が耳に飛び込んでくる。これは現実だ。
「と、とりあえず、カーテンは閉めておこう」
防御力はまったくなさそうだけど……なんて考えながら近くのカーテンを閉めた時、部屋の中央に小さな光が集まっているのが見えた。
「ひえっ」
腰が抜けてその場に座り込むと、その光はみるみる収束し……その中から羽の生えた小さな妖精が現れた。
「ご登録ありがとうございます~! シェアハウス管理を担当しております。リシェルと申します!」
……なんか出てきた。
見た目こそ、リクルートスーツを着た小さな女性だけど、その背中には虫の羽が生えている。
「いやー、立派な建物ですね! 異世界からの物件は人気があるので、当社としてもありがたいです!」
「は、はぁ」
くるくると室内を見渡しながら、妖精さん……リシェルさんは言う。
もしかしてわたし、『世界シェアハウス検索サイト』じゃなく『異世界シェアハウス検索サイト』に登録しちゃったのかな。
「さっそく設備を見せていただけますか。えーっと、あなたが管理人のユウナさんですよね?」
「そ、そうですが……その、のんきに中を見てる場合ではないのでは? 表を見ましたけど、まるで戦場で……」
「えー、だって転移先は戦場がいいと書かれていましたよね?」
「……はい?」
わたしが首をかしげると、リシェルさんはメガネの位置を整えつつ、書類のようなものを見せてきた。
そこには『転移希望先:戦場ヶ町13-2……』と書かれていた。
……どうやら住所を書く欄を間違えたらしい。
「異世界の言語は完全には読めませんが、『戦場』という文字は理解できましたので! 立地は完璧ですよ!」
いや、どちらかというと最悪だった。
「で、でもでも、こんな場所にシェアハウスなんて危なくないですか? どう見ても魔法みたいなものが飛び交ってましたよ!?」
「ああ……この建物は妖精王の力で守られているので、セキュリティ面は万全ですよ!」
先ほどの情景を思い出しながら問うも、リシェルさんはあっけらかんと言う。
ヨーセイオー? なんかよくわからないけど、唐突なファンタジー要素が来た。
「家電製品に対する魔力補助もありますので、電気にガスに水道、全部これまでと変わりなく使えます!」
リシェルさんは時々左右に揺れながら、ニコニコ顔でそう続ける。
そういうことなら……安心していいのかな?
「えっと、設備でしたね。キッチンはこっちです」
正直半信半疑だけど、このままここに立っていても何も始まらない。わたしはリシェルさんを連れだって管理人室を出る。
その後ろを、ゴン吉さんはトテトテとついてきた。
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