第24話 真の力


燃えるような悲しみが寺蔵の心を焦がしていた。

幼馴染の麻実と蜂平を「だんだんそぼろ」による狂気で失い、曽祖父から受け継いだ「黒曜刀」まで七右衛門に奪われた今、寺蔵は文字通り、魂が抜けたように地にへたり込んでいた。


彼の唯一の「力」であった剣術は、刀なくしてはただの空虚な舞でしかない。熊が言霊で告げた


「お主の刀は、自身で見出せ」


という言葉が、まるで嘲笑のように脳裏に響く。


「刀無しで、一体どうすればいいんだ…?」


しかし、絶望の底で、かすかな光が灯った。

麻実がくれたあの温かい団子の味、蜂平の無邪気な笑顔――その記憶が、寺蔵の心をほんの少しだけ温めた。


「このままでは、二人の分の命を生きる意味が無いではないか···?」


彼は立ち上がった。刀を取り戻すためではない。彼が信じていた「力」とは異なる、新たな道を模索するために。



寺蔵は七右衛門の追跡を始めた。だが、かつてのように剣の腕を頼るのではなく、彼は自身の観察力と洞察力を研ぎ澄ませた。七右衛門の言動、陽炎衆の動き、彼らが利用する地形や人心――あらゆる情報を注意深く集め、分析した。彼はかつて臆病で、常に他者の後ろに隠れていた。しかし、その臆病さゆえに培われた周囲への注意深さが、今、彼の新たな「武器」となっていた。


七右衛門が「一旗揚げる」ために利用しようとしているのは、地域の勢力争いだった。彼は「黒曜刀」を切り札に、弱小勢力を焚きつけ、内紛を引き起こそうとしていた。寺蔵は、単に七右衛門を打ち倒すだけでは、この内紛が収まらないことに気づいた。なぜなら、争いの根源にあるのは、人々の不信と誤解だからだ。


寺蔵は、力で七右衛門をねじ伏せる代わりに、情報操作と心理戦を仕掛けた。陽炎衆の内部に不和の種を蒔き、七右衛門が企む陰謀の情報を、巧みに第三勢力へと流した。しかし、それは単なる裏切りではない。彼は、七右衛門が利用しようとしている弱小勢力の代表者に直接接触し、彼らの真の不満や願いを聞き出した。そして、七右衛門の計画が、最終的には彼らの破滅を招くことを、具体的な証拠と論理で説いた。

彼の言葉には、刀の鋭さとは異なる、真摯な響きと人々を理解しようとする優しさがあった。それは、幼い頃に麻実が彼に示してくれた、あの温かい光に似ていた。彼は刀を持たず、剣を交えることなく、七右衛門の策略を崩壊させたのだった。

七右衛門は、自らの手で築き上げた信頼と協力関係が瓦解していくのを、ただ呆然と見ているしかなかった。彼は「黒曜刀」を抱えたまま、孤立無援となり、最終的には自らの野望の重さに潰れた。


戦いが終わった後、寺蔵は七右衛門から「黒曜刀」を取り戻した。しかし、彼の心には、もはや刀への依存はなかった。刀は単なる道具であり、彼の真の力は、人々の心を見抜き、争いを収める知恵、そして悲しみを乗り越えて未来を築こうとする意志にあることを悟ったのだ。

麻実と蜂平はもういない。彼らの死は寺蔵に深い傷を残したが、同時に、彼に新たな道を示してくれた。寺蔵は、刀を鞘に収め、青い空を見上げた。あの頃と同じように穏やかな日差しが降り注ぐ中、彼は刀を剣としてではなく、平和の象徴として携え、人々の争いを未然に防ぎ、調和をもたらすために歩み始めた。


「おーい、左思野! 待ってくれぃ! 旅に出るんだろ?」


七右衛門が、息を切らせて駆けて来るのが見えた。


「ああ。刀を返してくれてありがとう」


「良いんだよ。陽炎衆は、若い奴らに任せて来た。そんなことより、鬼の頭って知ってるか?」


寺蔵は、久しぶりにその名を聞き、血が逆流するような感覚に陥った。


「ああ。何度か一戦交えたよ」


「何だって? あの化け物とか? 今、東の都中で、瓦版が出てるぜ!」


寺蔵は、何のことか分からず、


「して、七右衛門よ。勿体ぶるでない。鬼の頭がどうしたというんだ?」


「奴は、人間をやめたのよ。文字通り鬼になっちまいやがった···」





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