第23話 団子 / 一寸の油断

寺蔵が七右衛門との戦いの最中、ぼんやりと空を見上げていると、幼い頃の記憶がふわりと蘇った。

あの頃も、こんな穏やかな日だった。縁側に腰掛けた寺蔵の隣には、可愛らしい麻実と、いつも元気いっぱいの蜂平がちょこんと座っている。目の前には、麻実の母親が焼いてくれた、ほかほかの団子が湯気を立てていた。


「じぞう、はやく食べようよ!」


待ちきれない様子の蜂平が、まだ熱い団子に手を伸ばそうとするのを、麻実が優しい声で止める。


「こら、はち。熱いから、もう少し冷ましてからよ〜」


麻実はそう言いながら、自分の分から小さくちぎった団子を寺蔵に差し出してくれた。


「ほら、寺蔵。あなたからどうぞ」


いつも臆病で、皆の後ろに隠れてばかりいた寺蔵を、麻実はいつも気にかけてくれた。その優しさに触れるたび、寺蔵の心には温かい光が灯った。

一口食べると、甘じょっぱい団子の味が口いっぱいに広がる。つきたての餅はとろけるように柔らかく、香ばしい醤油の香りが鼻腔をくすぐった。三人で他愛もないおしゃべりをしながら、笑い声が縁側に響く。縁側の向こうでは、庭の桜が風に揺れ、花びらがひらひらと舞っていた。

寺蔵はあの日の光景を、鮮やかな色彩のまま心に刻んでいる。温かくて、少しだけ切ない、大切な思い出だ。


「…あぁ、団子、食べたくなったな」


寺蔵は小さくつぶやき、再び空を見上げた。あの頃と同じように、空はどこまでも青く澄み渡っていた。


「······おい。左思野。貰ってくぞ。じゃあな!」


はたと気付くと、寺蔵の腰に差していた、父から譲り受けた"黒曜刀·鎬造り太刀拵"が、小躍りしている七右衛門の脇の下に抱えられていた。


「これで、わが陽炎衆も一旗揚げるきっかけが出来る···!」


そうほき捨てると、にわかに林を駆け出した。


「ま、待てぃ···」


寺蔵は、刀を奪われ、魂が抜けたように、その場にへたり込む。


「麻実···」


否、こんな落ち込んでいる場合では無い。


寺蔵は、正気を取り戻し、例の"熊"に言霊で語りかける。


『おい、熊。聞いてるか? 拙者の大事な刀が盗まれた。この命に代えても取り戻さねばならん。手伝ってくれ』


『···じぞう。もうあの刀とは、けじめをつけろ。お主の刀は、自身で見出せ。その助けは、おいらには出来ねぇ相談だ』


『熊。頼む。あの刀が無いと、力が出ないのだ···』


『おいらには、どうすることも出来ねぇ。あの七右衛門とかいう若造に譲ってやれ』


『貴様。天国の父に、どう顔向けしたら良い? あれは、あの刀は、拙者の曽祖父より受け継がれた···』


『それが、何なんだ。幾多の穢れた血が吸われ、お主の心をも、穢れているではないか···?』


そこで熊の声はぷっつり途絶え、名も無き林に沈黙と丸腰の男だけが残された。

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