第22話 七右衛門
「大会? ·········何のことだ?」
「忘れたとぁ云わせねぇぜ、左思野よ」
寺蔵は、暫し記憶の糸を辿ったが、目の前の威勢の良い、上背の高く屈強な男に見覚えは無かった。
「まぁ、初対面なんで、無理ねぇな···」
寺蔵には、この男の言葉の意味がもうひとつ掴めない。
「俺ぁ先週、都の剣術大会で、第一試合で対戦した九右衛門の兄だ」
ようやくそこで、寺蔵の合点がいった。
「あの時の···否忝ない」
「ふん。もう九右衛門は、ピンピンしてらぁ。今度会ったらあんたを倒すって息巻いてる。"陽炎衆"は追われたがな······」
「そうか···」
寺蔵は安堵の息を漏らしたが、九右衛門の兄――名を七右衛門というその男の眼には、まだ熱い炎が宿っていた。
「安心したか?だがな、あんたには借りがある」
七右衛門の声が低く響く。
「九右衛門は、あんたに打ちのめされた後、忍者集団『陽炎衆』の掟により、都を追われたんだ。あの大会は、奴にとって最後の機会だった」
寺蔵の脳裏に、あの剣術大会の光景が蘇る。確かに、九右衛門は並々ならぬ気迫で向かってきた。しかし、それが彼にとって、そこまでの意味を持つものだとは知らなかった。
「それは……済まないことをした」
寺蔵は率直に謝罪した。
七右衛門はフンと鼻を鳴らす。
「済まないで済むなら、苦労はねぇ。だが、俺はあんたに私怨を晴らしに来たわけじゃねぇ」
七右衛門の視線が寺蔵の懐に留まる。
「あんたが持っているという、あの『黒曜石の長刀』。それを渡してもらおう」
寺蔵の顔色が変わる。黒曜石の長刀は、彼が父から受け継いだ、由緒ある家宝だ。
「なぜ、それを?」
寺蔵の声に緊張が走る。
「陽炎衆の言い伝えによれば、その刀は古の忍びが残した秘伝書への鍵だという。秘伝書には、失われた忍術の全てが記されていると……」
七右衛門の眼光が鋭くなる。
「我々は、その秘伝書を取り戻し、陽炎衆の再興を果たす。そして、あんたは、そのために利用させてもらう」
寺蔵は無言で構えを取った。言葉での交渉は決裂したことを悟る。
「やはり、そう来るか」
七右衛門もまた、腰の刀に手をかける。
「あんたの実力は、九右衛門から聞いている。手加減はしない」
周囲の空気が一変した。蝉の鳴き声さえも遠のき、二人の間に張り詰めた静寂が訪れる。
七右衛門が動いた。まるで影が伸びるかのように、一瞬で距離を詰める。その刀は、風を裂く鋭い音を立てて寺蔵の首筋を狙う。寺蔵は間一髪でこれをかわし、刀を引き抜いた。黒曜石の鈍い輝きが、陽光を弾く。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、何度も響き渡る。七右衛門の剣は、まるで生き物のように予測不能な軌道を描き、寺蔵を追い詰める。寺蔵は守りに徹しつつ、反撃の隙を窺った。七右衛門の動きは速く、力強く、そして何よりも執拗だった。
「どうした、その程度か!」
七右衛門が叫びながら、さらに攻勢を強める。
寺蔵は、七右衛門の動きの中から、わずかな綻びを見出した。一瞬、彼の重心が浮いたその隙を逃さず、寺蔵は地を蹴った。長刀が七右衛門の脇腹を狙う。七右衛門は驚愕に目を見開いたが、時すでに遅し。寺蔵の長刀は、七右衛門の脇腹を浅く切り裂いた。
七右衛門は呻き声を上げ、後方に跳んだ。鮮血が袴に滲む。
「やるな……だが、ここからが本番だ」
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