第9話 決着そして、新たな友

寺蔵の鬼気迫る気迫に、鬼の頭は僅かに目を細めた。血を流しながらもなお、その闘志は衰えを知らない。鬼の頭は、一瞬の間合いを取り、寺蔵の刀を受け止めた。


「見事。その執念、確かに見た」


その声には、先ほどの嘲りは消え、武人としての敬意が滲んでいた。

寺蔵の刃は、鬼の頭の喉元に寸止めされていた。鬼の頭はゆっくりと刀を収め、深く息を吐く。


「貴様の強さ、しかと認めよう。虚無の深淵から這い上がったその力、並々ならぬものだ」


寺蔵もまた、ゆっくりと刀を下ろした。脇腹の痛みが全身を駆け巡るが、彼の心には奇妙な安堵が広がっていた。


「貴様の名は?」


寺蔵が問うと、鬼の頭は静かに答えた。


「鬼の頭。かつてはそう呼ばれた。今は、ただの旅人。だが、貴様のように興味深い人間に出会うことも、そうはない」


夜が明け、水平線に一筋の光が差し込む。嵐は去り、清々しい空気が部屋を満たしていた。鬼の頭は、寺蔵の傷をじっと見つめた。


「その傷、放っておけば命に関わる。手当てをしよう。そして、もしよければ、この旅路を共にせぬか? 貴様のその力、無益な復讐に費やすには惜しい」


寺蔵は、鬼の頭の瞳を真っ直ぐに見つめた。そこには、もはや敵意はなかった。ただ、武人としての深い理解と、新たな旅への誘いがあった。はづきの死が残した虚無は、まだ彼の中に深く残っている。しかし、この鬼の頭との出会いが、彼の心に微かな光を灯した。

寺蔵は静かに頷いた。


「……良いだろう」


夜が明け、新たな旅が始まった。傷つきながらも、二人の男は共に歩み始めた。




杯に 

泡立つ酒の 

あわい光 

人のざわめき 

世をたゆたう




とある町の片隅にある、年季の入った酒場

"酔いどれ猫"。埃っぽい梁には煤けた提灯がぶら下がり、店中に広がる酒と魚の匂いが、なんとも言えない酩酊感を誘う。寺蔵と、今は旅の友となった鬼の頭は、カウンターの奥で向き合っていた。


「くっ……うまい」


寺蔵が、杯を傾けて、ぐっと一息に飲み干した。喉を焼くような熱い液体が、凍てついていた体と心をじんわりと温める。脇腹の傷が鈍く痛むが、酒のせいか、それとも隣に座る男の存在のせいか、不思議と心地よかった。


「ふむ、悪くない酒だ。旅路の始まりには、まずこれくらいが丁度いい」


鬼の頭は、ゆっくりと杯を口に運んだ。その所作は優雅で、先日の殺気立った姿が嘘のようだ。漆黒の装束は脱ぎ捨て、今は質素な旅人の格好をしている。顔も晒しているが、誰も気にする様子はない。そもそも、こんな薄暗い酒場では、酔っぱらいしかいないのだ。


「あんたは、本当に"鬼"なのか?」


寺蔵は問いかけた。

鬼の頭は、からりと笑った。


「はっ。さあな。今となっては、ただの呼称に過ぎん。貴様も寺蔵と名乗っているが、本名ではあるまい?」


寺蔵は苦笑した。


「まさか。今さら本名を語る気にもならん」


二人の間に、ストレンジなサイレンスが流れた。それは、互いのパストを詮索しないという、暗黙のOK牧場にも似ていた。リカーは、言葉以上に多くのことを語る。

その時、隣のテーブルから、ひときわ大きな声が聞こえてきた。


「おい聞いたかよ、ボス! あの悪名高い山賊どもが、みーんな返り討ちにされたって話!」


「なんだって!? あの「風の牙」の一味かい? あいつらは腕が立つって評判だったろうに」


「それがよぉ、なんでも、全員首から下が石になっちまってたらしいべな! 岩みてえにゴツゴツしてて、刀も通らねえって話だぜ!」


「石ィ? 気味が悪ィ話だなあ。そりゃあ、なんかの呪いか、化け物の仕業じゃねえのか?」


寺蔵と鬼の頭は、自然と顔を見合わせた。寺蔵の眉が、ピクリと動く。


「石か……」


鬼の頭が静かに呟いた。


「フム·········興味深いな。そのような術を操る者が、この辺りにいるとは。妖術師か、あるいは、より根源的な存在か」


「呪い、というよりは、術に近いものだろうな」


寺蔵は考え込んだ。


「だが、山賊とはいえ、百戦錬磨の連中だ。それを一瞬で石に変えるとは、並大抵の力じゃない」


「ああ、その通り。並々ならぬ力を感じさせる。ちょうど良い。旅の最初の寄り道になりそうだ」


鬼の頭はにやりと笑った。

寺蔵は苦笑しつつ、杯を差し出した。


「あんたは、すぐに面白そうなトラブルを見つけるな」


「トラブルと見るか、チャンスと見るか、それは貴様次第だ、寺蔵。さて、もう一杯どうだ?」


酒場の喧騒の中、二人の杯がカチンと音を立てた。外の夜はまだ深く、怪しげな噂話は、彼らの新たな旅のオープニングに過ぎなかった。石になった山賊たち。その裏には、一体何が潜んでいるのだろう?




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