第21話 夜の演目
「提案があるんだが聞いてくれ」
「何?」
ふぅと勢いをつけるために、肺の空気を外に逃がす。
「あの大男に、久留間が殺されたんだよな?」
「………うん」
「今晩、その大男を殺しに行くつもりだ」
「……今、なんて?」
「この原因を作ったのは俺だ。その責任は誰かがとらなくてはいけない。それがルールだからな」
あの大男に敵うかは難しいところだけど、何かあった時は陽乃に任せればいい。その保険があるだけで軽い心持ちで挑んでいける。その責任は潰れるほど重たいものだが。
俺は急須に茶葉を入れようとした。だが、怪我をした手が震えてしまってティースプーンで掬った茶葉を半分以上も床に零してしまった。
「大丈夫?」
「え、ああ」
それに気付いた朝比奈は訝しかったのか、それを拾う俺を厳しい目つきで観察してくる。
どうしよう、笑えない。怖いだなんて、死んでも言えないのに。
「もしかして、怖い?」
「………別に、こんなこと何度だって乗り越えてきた」
平然でまやかそうとしたが、それが仇だった。
「やっぱり、私だってそうだよ。目標の前に死ぬのは嫌だもん」
「そんなことは言っても、このままじゃ誰も助からず死ぬ。だが俺の代わりが沢山いる、ここでいなくなっても────」
「いないよ。光の代わりはね」
「それで、朝比奈はどうする」
カチッとケトルのお湯が沸いた音がし、何事もなかったかのようにまた用意を再開した。心が乱れ、あまつさえそれが他人に露呈された。
ここで弱くなってどうするつもりだ。
俺が死ねば朝比奈も殺されるんだぞ。
「私は光があいつを倒しに行くのは反対だなぁ。だって嫌だもん、死んじゃう可能性があるのに」
「それは朝比奈だって同じだ。今に始まったことじゃない」
「強がり屋さんなんだね、私に負担を掛けさせるつもりは端からないんだ」
「ああ、だから大人しく従ってほしいけど」
「勝てるかどうかわからないのに、そんなリスク取るの?」
「リスク云々の話なら、もうする必要は無いだろ」
「そうだった。私たちは嘘つきの悪い人だもんね」
自嘲気味に笑った朝比奈へ上手くキャッチボールの出来なかった俺。
どうやら先ほどよりかはリラックスしているみたいだが、俺の方は心に鬼を作ってしまい悲観的になって今後に支障が出てきそうだ。
「え、その手どうしたの⁈」
お茶を運べば、手首を掴まれて彼女の顔の前まで連れて行かれる。せっかく渡した氷袋を投げ捨ててまで心配されているのでこちらとしても当惑してしまう。
「今更気付いたのかよ」
「痛そう……誰にやられたの?」
「自傷行為だから気にしないでくれ」
「こんな手であの男に挑もうとするなんて無茶じゃない……」
そう言ってまだちょっとの疼痛がする手を羽で撫でるように触れて口をつぐむ。
今の俺では到底勝てないと、その表情が物語っていた。
確かに、相手の力量は未知数だしこちらは怪我を負っていて右手はほとんど使えないようなものだ。
でも、朝比奈は何も分かっていない。
「まさか、俺が負けると本気で思っていたりする?」
「え、っと。何か作戦があったり?」
「いや、作戦なんかない」
「光らしくないね。意外と思慮深いところがあるのに」
「残念ながら本当にない」
大男を倒す際の計画はちっとも考えていない。
真っ向勝負の一本勝負。
誰かにサポートしてほしいとも思わない。邪魔になるだけだ。
「嘘だ、実は作戦はある。だから朝比奈は出来れば参加しないで欲しい」
「やっぱりあるじゃん。せめて内容だけでも教えて?」
「いや、これは倫にも教えていないから無理だ」
「なんでよ~?」
その嘘見抜いていました、とでも言うかのように優越感に浸らせることに成功し、少しでも機嫌を取り戻してもらう。
久留間の死を乗り越えるためには、こうやってひとつひとつの時間を、シャボン玉を膨らませる時みたいにやんわり過ごしていくほかない。どれだけの理不尽に遭っても、一人で全て終わらせる気概を持たせるのが、俺の高校三年間での目標だ。
割れないように、落ちていかないように。
しばらくしたら、朝比奈は死んだように眠ってしまった。目の下には隈もあったため、恐らく寝ていないのだろう。こっちとしても、都合が良いため決着をつけるまではここで待っていてもらおう。
久留間の遺体については大男が持っていってしまったらしい。
だがすぐに返してもらえるはずだ。
そして、夜になってしまった。
俺たちがいる場所を中心に回り舞台のように世界は回転し、知らぬ間に演者たちがこの家の周囲に集まり出している感覚がした。背景幕は真っ黒とアクセント程度の星が描かれて降りてくる。物語は終盤に差し掛かってきた。
観覧厳禁のショーには、お客様をお呼びしてはいけない。
衣装なしリハーサルなしのぶっつけ本番。
醜い姿は見せられない。
ただ、そのお話には台本がある。
予定調和のシナリオは神ですら決めることは出来ない。
最もイカれた奴がその瞬間を支配すると相場が決まっている。
俺もここでは一人の役者としてしか動けない。
「さあやろう。監督、そこで見ているのだろう。カットはしてくれるなよ?」
俺にも準備がいる。
カメレオン俳優のように引き出しがあってそれを開ける。
俺の場合は引き出しではなく、夜が運んできてくれるベールを剥いでそのなかにある本性で染める。
すると鍵をかけていたはずの玄関の扉が勝手に開いた。
「光先輩。出番です」
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