第15話 「幼馴染がカノジョになっても完結にはならない」

 いつまでも中庭にいても仕方ないので、俺たちは手を繋いだまま校舎に向かって歩き始めた。


 廊下を歩いていると、すれ違う女子たちの視線が向かってくるのを感じた。ひそひそと話し声も聞こえてくる。


「みんな見てるね」


 若菜が小さく呟いた。


「気にしない」


 俺は若菜の手を軽く握り返した。

 教室に向かう途中、俺はふと立ち止まった。


「あ、そうだ。教室に戻る前に松本先輩に報告してくるわ」


「報告?」


「俺たちが付き合うことになったから、若菜に近づかないでくださいって」


 若菜が少し驚いたような顔をした。


「わたしも一緒に行く」


「別に一人でいいんだけど」


「ううん、レンにだけ任せるのは悪い」


「そうか? じゃあ」


 俺たちは三年生の教室に向かった。

 三年生の教室をのぞくと、松本先輩が窓際の席で数人の女子と話していた。


「松本先輩」


 俺が声をかけると、松本先輩が振り返った。


「よお、さっきぶりだな。どうした?」


「報告があります」


 松本先輩は席を立ち近づいてくる。興味深そうに俺たちを見た。特に、俺たちが繋いでいる手に視線を向ける。


「へえ……」


「若菜は俺のカノジョになりました」


 俺はまっすぐに松本先輩を見て言った。


 松本先輩の口元に薄い笑みが浮かんだ。


「早かったな。昼休みの話が効いたか?」


 その言葉に、若菜が困惑したような表情を見せた。


「まあ、きっかけはそうですね。とにかく、若菜はもう俺のものなんで、ちょっかいかけないでもらえますか」


「いいぜ、そういうことならな。人の女に手を出すほど腐っちゃいねえ」


 松本先輩は俺の右肩に手を置き、囁くように続けた。


「白柳を大切にしろよ、早乙女」


「はい、もちろんです」


 松本先輩は肩をすくめた。


「しゃあねえ。ほかを当たるか。この学校、女子は山ほどいるからな」


 そう言って、松本先輩は教室の奥に向かっていった。


 俺と若菜は呆然と立ち尽くしていた。


「呆気ないね」


 若菜が小さく呟いた。


「そうだな……」


 俺も拍子抜けしていた。もっと面倒なことになる可能性も考慮していたのに。


 ともあれ、松本先輩の問題は解決したので自分のクラスに戻った。


 教室に入ると、すぐにクラスメイトたちに囲まれた。


「本当に付き合ってるの?」


「いつから?」


「急すぎない?」


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。


 若菜が冷静に淡々と答えた。


「20分くらい前から」


「今さっきじゃん!」


「白柳さんずるい」


「いいなあ、幼馴染って」


 クラスの女子たちが羨ましそうに俺たちを見ている。

 俺と若菜は席に着いた。いつもなら何の変哲もない光景だが、今日は違って見える。


 午後の授業が始まっても、俺は集中できなかった。つい若菜の方を見てしまう。若菜も同じようで、時々目が合った。


 そのたびに、どちらからともなく微笑み合った。


 放課後。俺と若菜は一緒に帰ることになった。


 昇降口で靴を履き替えながら、若菜が小さく言った。


「なんだか、夢みたい」


「夢?」


「今日の朝まで、レンと付き合うと思ってなかった」


 俺も同じ気持ちだった。


「俺もだ」


 外に出ると、夕日が校舎を照らしていた。


「手、繋ぐか?」


「うん」


 若菜の返事を聞いて、俺はそっと彼女の手を握った。と、そのとき、声がした。


「……兄さん?」


 振り向くと、瑠花が立っていた。

 制服の襟を直しながら、軽い足取りで近づいてくる。


「瑠花……」


 俺は咄嗟に若菜の手を離そうとしたが、若菜が軽く握り返してきた。


 瑠花が若菜に軽く会釈する。


「瑠花ちゃんも今から帰るの?」


「はい。委員会が長引いてしまって」


 瑠花の視線が再び俺たちの手に向かう。今度は明らかに意識的だった。


「えっと……」


 俺が説明しようとすると、若菜が口を開いた。


「わたしとレン、付き合うことになった」


 若菜の言葉に、瑠花の表情が一瞬止まった。でもすぐにいつもの笑顔に戻る。


「そうなんですね」


 瑠花が小さく頷いた。


「おめでとうございます!」


 その言葉は確かに祝福の響きだった。でも、どこか機械的に聞こえる。


「若菜さん、どうか兄さんをよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 若菜が丁寧に答える。


 しばらく沈黙が流れた。夕日が三人を照らしている。


「あ、そうでしたっ」


 瑠花が突然手を叩いた。


「急用があるんでした」


「急用?」


「はい。醤油の特売があるんです。早く行かないと売り切れちゃいます」


 瑠花が慌てたような表情を見せる。


「じゃあ俺も一緒……」


「いえ大丈夫です! 兄さんは若菜さんとゆっくり帰ってきてください!」


 瑠花が手をぶんぶんと振る。


「でも」


「ほんと、大丈夫なので!」


 瑠花はそう言って、俺たちに背を向けた。


「それでは、お先に失礼します」


「わかった。気をつけて」


「はい」


 瑠花が振り返って微笑む。でも、その笑顔がいつもより少し硬く見えた。

 瑠花の後ろ姿が見えなくなったところで、若菜が小さく呟いた。


「瑠花ちゃん、急いでたね」


「そうだな」


 俺も同じことを思っていた。確かに瑠花は祝福してくれた。でも、何かがいつもと違った。


「瑠花、本当に買い物だったのかな」


 俺が呟くと、若菜が俺を見上げた。


「どういう意味?」


「いや、なんでもない」


 俺は首を振った。でも、胸の奥にもやもやとした違和感が残っていた。

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全人口の1%しか男がいない世界だからって、俺は義妹とラブコメにはならない ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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