どうやら私の誕生日は普通に祝ってもらえないらしい。

若葉エコ(エコー)

どうやら私の誕生日は普通に祝ってもらえないらしい。

 


「たしか地図だとこの辺なんだけどな……」


 誕生日なのに。私の年イチの誕生日なのに。


「うう……なんで普通に祝ってもらえないのよっ」


 街から離れた夜の田舎道を歩いていた。

 発端は、昨日届いた怪文書。


『明日夜六時、この地図の場所に一人で来られたし』


 誰のイタズラだよと思いつつも、悲しいかな誕生日の予定は現状皆無。

 友人知人に片っ端からメッセージを送ったのだけど、


「ごめん、その日は予定が」


 という、つれない返信ばかり。

 中には、


「貴殿の誕生日が楽しい日になるよう、お祈りしております」


 なんて謎のお祈りメールまで寄越された。

 そこへ来て、この怪文書だ。

 イベントやハプニングがあれば、寂しくないかも知れない。

 もしかしたら、小説のネタをゲットできるかも。


 そんな動機で怪文書に記された地図通りに向かってしまう自分に、情けなさを通り越して思わず笑う。


「目的地の緯度と経度、緊急連絡先まで書かれてるのよね」


 安全に配慮した怪文書って。

 怪文書ってもっと危険な香りがするものでしょ。

 どうやって怪しめば良いのやら。

 まあ、こんな手の込んだことをしてくるのは、あの子くらいだろう。


 最近知り合った地下アイドルの、あかりちゃん。

 あれは半年前、寒い日だった。

 あかりちゃんと出会ったのは、夜景の綺麗な超高層ビルの最上階にある、ラウンジだった。


 私はただ、カクテルを飲みながら束の間の夜景を楽しむつもりだった。

 そんなラウンジのカウンターで、奇妙な注文をしている男の娘がいたのである。


「マスターさん。カシスシリーズお任せで!」


 私は思わず声の主を見てしまった。

 その声を聞いて男子だと気づいたのだが、着ている服はフリフリのミニに、絶対領域死守! と言わんばかりの白のニーハイ。

 視線を上にずらせば、やけに丈の短いジャケット。

 そして……ツインテール?


「明日までに女の子になり切らないとダメなんです。だからマスター、ぼくにカシスを!」


 めちゃくちゃな理論だ。

 しかしマスターは厄介なお客の相手に慣れているのか、苦笑しつつもシェイカーをゆるりと振る。

 注文の順番から言って、あれは私のカシスソーダだ。

 マスターはグラスにシェイカーの中味を静かに注ぐ。


「それ、カシスソーダですか!?」

「そうです。あちらのお客様の──」


 マスターが私に視線を向けた。


「すみませんお姉さん! このカシスソーダ、ぼくに飲ませてくださいっ」


 急にミニスカニーハイツインテールの男子が、私に頭を下げた。

 思わず笑ってしまった私は、飲みな、とマスターに目配せする。


「ありがとうございます、お姉さん。ぼく、あかりって言います。よかったらライブに来てください!」


 ライブ?

 カクテルを譲って、ライブに来てください?


「キミ、変で面白いね」

「よく言われます。この前も──」


 カシスソーダを飲みながら愉快そうに話すあかりに顔だけ向けて、私はこっそりカクテルのメニューに目を落とす。

 きっと飲みながら話を聞くほうが楽しい。

 ふと、気になるカクテルの名前があった。


【スノウドロップ】


 ほほう、冬にぴったりの名前じゃないか。

 これにしよう。

 マスターに手招きし、メニューのスノウドロップを指差す。

 にっこりと微笑んだマスターは背後の棚から日本酒を……え?


「日本酒ベースのカクテルなんです」


 知らなかった。

 相変わらず陽気に喋るあかりちゃんのトークをBGMに、マスターの手元を凝視す……ええ、ヨーグルト!?

 頭の中で味を想像する。

 日本酒が甘口でも辛口でも、酸味と甘味のヨーグルトと合うのだろうか。

 少々心配になってきたけど、もう引き返せない。

 スノウドロップという列車の片道切符は、もう走り出してしまったのだ。

 違う。片道切符は走らない。

 走っているのは、私の後悔だ。


 が。


 マスターは、仕上げとばかりに白いあめをカクテルに落とした。

 ああ、これでもう想像すらできない味になった。


「飲んでみてください。騙されたと思って」


 これは本当に騙されるパターンではないのか。

 が、もう覚悟を決めるしかない。

 グラスを持ち、口をつける。


「あれ、美味しい。優しい味……」


 甘味のある、少し粘度の高いカクテル。

 その甘味を、ヨーグルトの酸味が爽やかに口内に広げていく。

 それに、この白いあめは……薄荷ハッカだ。

 これが爽やかさを増してくれているんだ。


「マスター、すごく美味しいです」

「それは良かった。ところでこちらのお客様……」


 にこやかに笑うマスターは、ふと視線をあかりちゃんに向けた。


「あらあら、いつのまに」


 あかりちゃんは、カシスソーダ一杯で酔い潰れてしまったようだ。

 私とマスターは、顔を見合わせて苦笑した。



 ──あれから半年。

 あかりちゃんが面白くて、ライブに遊びに行ったりサシ飲みしたり、時には地下アイドル仲間の酒宴にお呼ばれしたり……思えばずいぶんと仲良くなったものだ。

 週に一度は何かしら理由をつけて会っている。


 が、私の誕生日の誘いだけは、頑なに断られた。

 手に持った地図を少しだけしわくちゃにして、私は再び歩き出す。

 私の予感が正しければ、あかりちゃんは何かサプライズを用意して待っている。


「さぁて、何が待っているのかなぁ?」


 私は歩く速度を少しだけ上げた。




「──ようこそ! ライブハウス山ん中へ!」


 発電機のエンジン音とジープみたいなゴツい車のアイドリング音が、あかりちゃんの挨拶を思いっきり邪魔する。

 そこは山というか、少し開けた場所。

 何台かの車がヘッドライトで照明を当てた先には、うるさいジープの上でアイドル衣装のあかりちゃんが仁王立ちでマイクを構えていた。

 というか、なぜ山の中?


「えへへ、会場を借りるお金が無くてさ、実家の山を借りたんだ」


 つまりここは、あかりちゃんの実家が所有する山?

 春はタケノコとか取れる?


「もちろん取れるよ〜」


 なんだなんだ、付き合い半年でもう以心伝心か。


「今日は、南雲お姉さんの生誕を、みんなで祝おうと思ってね」


 あかりちゃんの声で、照明代わりの車の窓から見知った顔がたくさん見えた。


「姉さん、おめでとっす」

「ハピバ、南雲さん!」


 声をかけてくれるみんなの手には、グラスが握られている。

 そしてあかりちゃんのステージと化したジープの中から、シャンパングラスを持った女の子が走ってきた。

 あかりちゃんと同じアイドルグループの子だ。


「はい、お姉さんっ」


 シャンパングラスを渡された途端、私は照れてしまった。

 ある程度は予想していたものの、やはりいざサプライズされると嬉しい。


「じゃあ南雲姉さん、乾杯の挨拶を、どぞっ!」


 マイクを通ったあかりちゃんの声が、ジープの横から聞こえる。


「え、えーと。断られたみんなに会えるなんて思ってなくて、びっくりしてます。でも」


 大きく息を吸って、私は叫んだ。


「不意打ちなんてズルいよー、でもありがとぉおおお!」


 叫んだ拍子に、涙が出てくる。

 鼻もグジュグジュ、ちょっと嗚咽まで出ちゃう。

 あーあ、みっともない。


「あかり、私の代わりに乾杯の掛け声、お願い」

「まっかせてっ、じゃあみんな、かんぱ〜い!」


 叫んだあかりちゃんは、手に持ったシャンパングラスを……え。

 シャンパン、グラス?

 みるみる間にあかりちゃんの目がとろんとして、そのままジープの上にごろん。


「──って、秒で寝落ちかいっ」


 やはり私の誕生日は普通に祝ってもらえないようだ。

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どうやら私の誕生日は普通に祝ってもらえないらしい。 若葉エコ(エコー) @sw20fun

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